今、書いてますよ
今日は従兄弟と呑んで意識朦朧なのであした書くよ
・・・そして、「あした」になりました。
昨日の日記を翌日書くという悪癖が続いてますね。
以後、気をつけます。
さて、取材の件ですが、載ってしまいました。
岐阜新聞の朝刊です。
実は、今回の取材は中学校時代の恩師、山田正延先生(写真左)の御力添えがあって実現したことです。
山田先生は現代国語の教師でした。現在は退職され、地域に密着した活動を積極的にされてます。
先生の授業は独特でした。
ほとんど、教科書を使用しません。
御自身が「これだ!」と決めた作品(もちろん教育者としての責任を持って)を1学期間に渡りみっちりと分析しつつ、行間の中に作者の訴えたかったことを漏らさず捕らえていくというものです。
当時はその独自性に気づく術は持ち得なかったのですが、大人になり周りを見ると分かります。
近年は「ゆとり教育」の影響で授業の形は普通にせざるを得なかったそうです。
・・・うーん。
先生に影響を受けた生徒は多いです。僕もその一人です。
文章を読み取る力はもちろんですが、世の中の動きを読み取る洞察力が自然に鋭くなっています。
「銀色の髪のアギト」を2回、3回御覧になった方が「3回目に初めて気付いた」と言われることがあります。つまり、「アギト」も「行間を読む」ことを前提にした構造を持っている部分があるのです。
映画を御覧になった人から「説明不足」と言われることが多いですが、その答えは「行間」にあるのです。
「何回も観ないと分からない映画はいかがなものか」と言われる方も多いと思いますが、僕は答えます。「これも映画です」と。
なんかくだくだ書いちゃいましたが「アギト」はとりあえず気楽に観てくださいね。
さて、当日の話に戻りますが、岐阜新聞社にてサプライズがありました。
まったく偶然だったのですが、取材を担当された記者、宮本覚さん(写真右)が山田先生の教え子だったのです。先生、恐るべし。恐るべし、地域密着度。
そんなこんなで、「新聞記事」を中心に僕の周りではちょっとした祭り状態でした。
あとの写真。
この前、撮れなかった地元では誰もが知っていて、外の人は誰もが知らない岐阜市の原風景。
街の中心にそびえる金華山。その頂を陣取る岐阜城。中心を流れる長良川です。
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