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日本周遊紀行(28)常滑 「焼物とセントレア」
焼き物の町「常滑」に巨大施設が出現 国道247は常滑市へ向かう。 三河湾の蒲郡を起点としたR247は湾岸沿いから知多半島をグルッと一周して、ここ常滑の原松町が終点となる。 常滑は、古来「常滑焼」で知られるが、ここは「陶郷町」というから、その名のとおりで、常滑焼のふるさとである。 常滑市陶磁器会館、登窯広場・展示工房館、INAX窯のある広場・資料館、INAX世界のタイル博物館、常滑市立陶芸研究所、常滑市民俗資料館、常滑焼・卸団地(セラミック・モール)等々の観光展示資料施設が集中している。 焼き物散歩道の象徴ともいえる「土管坂」 今も高くそびえる十本煙突や楝瓦の登り窯やなど見所も多く、陶磁器会館をスタートする「焼き物散歩道」の途中には、土管や焼酎瓶の瓶などを土留めとして埋め込まれた坂道が在り、「土管坂」と称して名所の一つにもなっている。 常滑焼は、日本の六古窯(常滑・瀬戸・信楽・丹波・越前・備前)の一つといわれ、平安時代には常滑を中心にして知多半島の丘陵地のほぼ全域に窯が築かれ、当時の六古窯の中では最大級の生産地であったという。 室町時代に入ると、窯は常滑地区に集まり、生産品も大型化する、その大型化したカメや壷は交通の要衝である知多半島の各港から船で日本全国に運ばれた。 現在では製品も、花器・茶器・招き猫等の置物・ガーデニングなどに使われる園芸鉢・茶碗等の和食器・フリーカップ等の洋食器等、多種多様の焼き物が生産されている。 今も小生宅で使用している赤褐色の急須は、朱泥焼(中国江蘇省宜興窯に産する赤褐色で無釉締焼の陶器のこと。土質緻密、セツキ質になるまで焼いたもので多くは茶用の急須にする)の技法といって常滑焼の代表的な製品になっているとか。 常滑市は最近、もう一つ巨大な施設が御目見えした。 原松町の信号を左折して陶磁器会館の前から海岸に近ずくと、新装なった高速路に出る。 高速にのってそのまま海上方向に行くと、海峡大橋から海に浮かぶ巨大な地域が目に入ってきた。 空港島「セントレア」である。 セントレア・・?? 実は、この海峡大橋もセントレア大橋という・・!!。 中部国際空港(ちゅうぶこくさいくうこう、Chubu Centrair International Airport)で、愛知県常滑市沖の伊勢湾海上にある第一種空港である。 セントレア(Centrair)は中部(Central Japan)と空港(Airport)を組み合わせた造語の愛称で、同空港管制の無線呼出名称(コールサイン)であるとか。 因みに、第一種空港とは、東京,大阪等我が国の航空輸送ネットワークにおける基幹空港・国際空港のことで、第二種は主な地方空港、第三種は一般地方・島部空港等である。 中部国際空港の開港は、2005年名古屋における日本国際博覧会と並ぶ名古屋圏の二大事業として話題を集めており、開港と同時に開業初日である2月17日には10万人が押し寄せたという。 そのため利用客や見学客で商業施設、その他が大変混雑し、飛行機利用者の中から不満の声も挙がったという。 混雑の理由に、空港以外の機能も充実していることや、「 飛行機を利用しない方も大歓迎します 」という空港側の宣伝効果も挙げられたという。 空港の立地形態は大阪湾に浮かぶ「関西国際空港」と類似しているようだ。 そして、「南セントレア市」という行政地域名・・?、 ところで、「平成の大合併」のことは、この項で何遍も記したが、最近、話題をにぎわしたのは幻の「南セントレア市」騒動であろう。 「南セントレア市」は美浜町と南知多町の合併後に予定された新市名であった。 この名称は合併協議会が、無論、中部国際空港の愛称「セントレア」にちなんで決めたものであろう。 ところが、この新市名が発表されると、「外国の地名のようだ」、「こんな田舎にはふさわしくない」、「恥ずかしい」など、町民からは当惑や抗議の声が上がり、協議会も再検討せざるを得なくなった。 そして、協議会が合併の賛否を問う住民投票と新市名についてのアンケートを実施したところ、住民の反応は合併も地名も「ノー」であったという。 ところで、地名にはその地域の歴史や文化が染みついている。 その地にふさわしい常態を表す「日本語」による漢字が、やはり適切で妥当だと思われる。 小生の実家・田舎は「いわき市」と称し、ひらがな文字をつかっている。 これも余り好きでは無く、感心しない呼称ではある。 ともあれ、美浜町と南知多町は新市名について混乱が生じた為に合併まで影響を被り、名前のために合併そのものが頓挫してしまった形となったようである。 次回は、名古屋 「名古屋城とイベント」
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