『日本周遊紀行』

「goo」で、「yahoo」な国柄・・、日本万歳・・!! http://www.geocities.jp/orimasa2001

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[ 高砂のPCB汚泥の盛立地浄化 ]

2015/1/16(金) 午前 6:52

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来年5月の水俣病公式確認60年に向け、水俣市立水俣病資料館のリニューアル計画が固まった。子どもたちに分かりやすくするよう、写真や映像を多用したり、体験を新たに採り入れたりする展示が特徴だ。

水俣市によると、資料館の展示内容を大幅に変えるのは1993年の開館以来、初めて。来場者は年間2万人を想定していたが、現在は5万人ほどが訪れ、そのうち3万人を高校生以下の児童や生徒が占める。県内の小学5年生が水俣病を学ぶために訪れる「肥後っ子教室」は1万7千人にのぼる。

[ xxvcocovxx@ezweb.ne.jp ]

2014/8/2(土) 午前 4:09

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ブログ拝見しました!お気に入りに入れててチェックしてました。
コメントするの初めてです。
実は私自身家族のこと、子供のことや別れた旦那のことで凄くつらい思いをしてた時に、ブログを彷徨ってたら、このブログにたどり着いたんです。
いつの間にかorimasaさんのブログの世界観に吸い込まれて、なんだか私自身が救われた気持ちになれました。こんな風に自分が正直になれたり、凄くorimasaさんには感謝してます。勝手にこんなこと言われても困っちゃいますよね?
もっともっとorimasaさんのことが知りたくて、私の直接の連絡を入れておきました。
こんなに素敵なブログの管理してるんだから、orimasaさん自身にも魅力があるんじゃないかって・・・勝手に思っちゃったのが理由です。(もし迷惑だったら削除して頂いても構いませんからね。)ちょっと不安定な天気が続いちゃいますけど、風邪とか気を付けてくださいね。お身体ご自愛ください。

[ 新しい行政 ]

2013/3/13(水) 午後 8:14

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鹿児島県肝属郡東串良町柏原には、もちろん神武東征の伝承が残る。今、そこには「神武天皇御発航伝説地」と言う巨大な石碑も建っている。脇には戸柱神社が鎮座。鳥居の横にある案内には次のように記されている。

戸柱神社
祭神 素戔嗚尊 八街比古神 八街比売神
創建 年代不詳。一説によれば、神武天皇御遷の準備がなされた田畑[入府・皇神山・降神山ともい
う]に航海安全を祈って創建されたものを、約千年前に当地に遷座されたと言う。
祭日 三月十日

○戸柱神社は、山川・秋目・垂水・阿久根など、南九州各所に存在するようである。素戔嗚尊を祀る神社と言うことは、熊野系の神社であろうか。神社の案内にもあるように、もとは、別のところにあったものを、当地に遷座したものらしい。

[ 悪徳企業と保身公務員の被害防止 ]

2012/6/16(土) 午後 10:30

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通産省は、昭和30(1955)年、「石油化学工業育成対策」を作成し、日本の経済自立と国際競争力強化をはかった。

一方、水俣病の発生、拡大の防止に関し、
食品衛生法、漁業法、水産資源保護法、
(旧)公共用水域の水質の保全に関する法律、
(旧)工場排水等の規制に関する法律等を根拠にして、

例えば、食品衛生法第4条第2号に基づく水俣湾及びその周辺海域の魚介類全部の採取及び販売を禁止する告示義務、あるいは(旧)工場排水等の規制に関する法律に基づくチッソ水俣工場に対して水銀又はその化合物を含有する排水を工場外に排出させないよう規制すべき義務等を有する行政庁が、適切かつ時宜を得た立入調査や規制権限の行使等をすべきであったとし、それを怠ったことによる法的責任がある。

水俣病の責任は国の責任であることが裁判ではっきりしました。

水俣に今ものこる環境汚染も国の責任です。国が浄化をしなければなりません。

[ 環境歴史観光防災カメラマン ]

2012/4/15(日) 午後 4:55

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先日は熊本県庁で水俣の水・土壌汚染や廃棄物埋立に関する情報を教えてもらいに行きました。

そのあと、鹿児島の西郷隆盛、薩摩半島の金峰でコノハナサクヤ姫や鑑真の像を拝見に歴史資料館に行きました。

薩摩の歴史資料館はとても充実していますね。特に、弥生時代までの火山灰による年代考証は立派です。

日本人のルーツの場所ですね。

さらに、頴娃町雪丸の伝真田幸村の墓に、大阪市真田山の三光神社からのお守りをお供えしておきました。
合掌

[ 環境歴史観光防災カメラマン ]

2012/4/15(日) 午後 4:50

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先日は熊本県庁で水俣の水・土壌汚染や廃棄物埋立に関する情報を教えてもらいに行きました。

そのあと、鹿児島の西郷隆盛、薩摩半島の金峰でコノハナサクヤ姫や鑑真の像を拝見に歴史資料館に行きました。

薩摩の歴史資料館はとても充実していますね。特に、弥生時代までの火山灰による年代考証は立派です。

日本人のルーツの場所ですね。

みんなのガイドブック UTRAVELNOTE

2012/3/14(水) 午後 4:27

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こんにちは。ユートラベルノートと申します。
ブログ楽しく拝見させていただきました。

ユートラベルノートは、いろいろなブログや現地の旅行情報を集めたサイトで、たくさんの方がクチコミを共有したり、意見を交換できる場所です。
今後ワールドトラベルノートとして、世界中の情報を集めていく予定です。
是非この貴重な情報が詰まったブログをユートラベルノートに登録していただき、情報を必要とされているたくさんの方に広めていただけませんか?
よろしければ是非一度ユートラベルノートに遊びに来てください!!

↓ご質問などは…
contents@utravelnote.com
↓イベントも進行中です!!
http://www.utravelnote.com/member/gather/blogPermitForm.html

みぃにゃん

2012/2/10(金) 午前 1:55

引揚者の実話、有難う御座います。

[ ON/OFF 70ki ]

2011/11/27(日) 午前 11:34

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松江城・・船最高!!

[ 高砂のPCB汚泥の盛立地浄化 ]

2011/11/16(水) 午後 8:03

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熊本市から南下し、芦北・水俣地域に入ると、薩摩街道は不知火海に沿って進みます。
江戸期には参勤交代の道として、またさらに時代をさかのぼると、豊臣秀吉が九州平定のため訪れた道としても知られています。
そんな芦北・水俣地域の街道には、3つの難所があります。それが三太郎峠です。その峠は、八代方面から薩摩方面に向け、順番に赤松太郎、佐敷太郎、そして津奈木太郎の名前で呼ばれています。現在もいずれの峠を散策することは可能ですが、場所によっては道なき道。
江戸期の往来の大変さを痛感させられることもあります。

しかし、峠越えの途中、時折眼下に望む不知火海の風景は格別。中でも、街道の石畳が残る赤松峠付近からは、ミカン畑の間から美しい海岸一帯が見渡せます。

さて、薩摩街道の散策で楽しめるのが宿場巡り。特に街道の面影が色濃く残る佐敷宿は立ち寄りスポットとしてもおすすめです。街中を歩くと、明治〜昭和初期の商家が点在。まるでタイムスリップしたかのような気分になれます。
例年11月には、歴史を越えたウォークイベント「薩摩街道歴史ふれあいウォーク」も開催されます。

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