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奥薬研温泉:「かっぱ湯」 |
温泉と観光
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下風呂温泉・共同浴場「大湯」 |
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洞爺湖の湖岸に出ると高層のホテル群が湖岸に面して屹立している。 「洞爺湖温泉」は、この洞爺湖湖畔に広がっていて、遊覧船の発着場でのあり、観光の中心地となっている。 開湯は比較的新しく1917年頃で、洞爺湖の湖水が熱い場所があることを知った三松、杉山、安西の3氏が、湖岸で43℃の源泉を発見したことが温泉の始まりであったという。 その後、北海道庁から温泉利用許可を取得し、「竜湖館」という旅館を開業させたのが第一号であった。 開湯当初は「床丹温泉」という名前であったが、後に湖名に因んで洞爺湖温泉となったという。 有珠山の噴火で出来た噴火口が、この温泉街の間近に存在するのである。 2000年(平成12年)3月の有珠山の火山噴火では麓に広がる温泉街を、一瞬にして灰の街へと変えた。 ただ、地域の住民の多くは前回、前々回、中にはそのさらに前の噴火を経験した人もいること。 有珠山は、比較的「噴火予知のしやすい火山」とも云われ、噴火を繰り返す周期が短く、かつ一定であるという。 住民は、「温泉などの、有珠山の火山活動による恩恵を受けて暮らしているのだから、30年に1度の噴火は当然受け入れなければいけないこと」という意識が高く、周辺市町のハザードマップの作成や、普段からの児童への教育などがもなされていると・・。 今回の噴火でも街は多大な被害を受けたが、危険地域を避けた適切な避難誘導を行ったことなどが被害が最小限で済んだ要因の一つであるといわれている。 噴火から数年、復興は進んだ・・、今日ではすっかり活気をとり戻し、観光客で賑わっている。 洞爺湖町は北海道において、もっとも気候温暖な地方といわれ、交通の便もよく観光景観に恵まれていることから、年間400万人以上もの観光客が訪れる北海道有数の観光地となっている。 湖畔の温泉街では露天風呂、温泉はもちろん足湯、手湯、果ては犬専用の足湯もあるという。 洞爺湖温泉の泉質は、ナトリウム・カルシウム・塩化物、硫酸塩、炭酸水素塩泉。 湧出温度は40℃〜70℃。 温泉の効能は神経痛・筋肉痛・動脈硬化症などとされる。 温泉街の正面に絵のような「洞爺湖」が広がる。 洞爺湖は周囲約43kmで東京の山手線とほぼ同程度といい、最大深度179m、平均深度116mの火山湖で、中央に4島からなる「中島」がある。 この湖・洞爺湖が40年ほど前には「死の湖」と呼ばれていたという。 戦前から近くにある幌別硫黄鉱山の排水がそのまま湖に流されたため、洞爺湖の水は強酸性となり殆どの生物が死んでしまったと・・。 湖水のph(ペーハー:水素イオン指数濃度のことで、中性が7、数値がこれより小さいと酸性といい、大きいとアルカリ性という)が低下し、一時はph5になり湖の生息魚類にとっては危険な状況となった。 酸性湖とは、通常は硫酸などに起因する無機酸性湖のことを指し、火山や硫黄質温泉が出る付近に多いとされる。 因みに、宮城県にある潟沼の酸性度(pH1.4)は世界最強であり、日本ではこのほかに、猪苗代湖や田沢湖、道内では屈斜路湖などが該当するという。 洞爺湖はその後の昭和52年(1977)、有珠山に大噴火があり、湖にも大量の火山灰が降った。 火山灰がアルカリ性であるために酸性の湖水と中和し水質が改善され、 現在では中性であるph7前後を維持しているとのこと。 人間の悪行が太古の湖を死滅させたが、大自然の一瞬の働きによって蘇ったのである。 現在は魚類も順調に増加し、ワカサギ、サクラマス、アメマス、ニジマス等が順調に生息しているという。 湖から帰路の途中、洞爺湖温泉街で車をユックリ後退させていたら、後ろからコツンと当てられた・・?、小生急いで降りて、「御免なさい・・」というと、乗用車の中年のオバサンも「あら、私こそ御免なさい、ほんの一寸よそ見していて・・」 お互いの車には此れといったキズは無く、何となく恐縮しながら笑顔で別れた・・。 クワバラ・クワバラ・・・。 湖畔を走っていると湖の西側、緑の山の頂上付近に白亜台形の巨大な建物が見て取れる。 2008年の7月に開催される予定の、「北海道洞爺湖サミット会場」となる「ザ・ウィンザーホテル洞爺」というらしい・・。 現、安倍首相(2007年9月からは福田総理)、は、日本で開かれる主要国首脳会議(サミット)を、北海道洞爺湖町で開催することを決め、首脳陣会議の開催を同ホテルに決めた。 大都市から離れ、参加首脳の警備が容易なことに加え、洞爺湖や有珠山を望む豊かな自然環境に恵まれていることなどが決め手となったという。 このホテルは、標高約600メートルの高さにそびえ建つ地上11階地下1階のホテルであり、山上の単独のホテルでもある。 尚、メディアセンターとして、湖の北方にあるリゾート地「ルスツリゾート」が選ばれた。この地は道内のスキーリゾート地としても有名であり、我等もつい最近二家族の大勢で訪れたのが記憶に新しい。 「サミット」とは、summitのことで「頂上」を意味する。 通常G8サミットといわれ、日、米、英、仏、独、伊、加、露の8か国の首脳及びEUの委員長が参加して毎年開催される首脳会議のことであり、併せて外相会合及び財相会合など別会場で行はれる。 今回の主要テーマは、安倍総理の掲げる「美しい日本」を規範とした、地球温暖化問題に係る新提案「美しい星50」、「地球環境」などであるとか・・。
背後に有珠山が控えていた。
以上で北海道に関する『周遊紀行』は終了しました、永らくの御愛読有難うございます。引続き東北の東部沿岸を南下します、 お楽しみに・・!!。 尚、「北海道」の各地域の関係書物は、
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国道の「入江」の交差点から、道央道の虻田洞爺湖I・Cの横を通って、洞爺湖へ抜けようと思っていたが、かの、有珠山噴火で洞爺湖方面は今も通行止めであった。 しかたなく、「長和」まで戻って国道453号で昭和新山方面へ向かうことにした。 先ず、右側に白煙を出しながら、茶褐色の岩肌を露呈している「昭和新山」のグロテスクな姿が現れた。そしてまずは良く整備された駐車場で、「昭和新山」の姿をジックリ拝見した。 「昭和新山」は1943年から1945年にかけ、有珠山の噴火活動の一環として新山が形成された山として有名である。 噴火は普通の畑や林(麦畑や松林)が地割れと共に隆起し忽然として始まったという。 粘性の高いマグマが地表に押し出し、溶岩ドームを形成し、噴火が収 まった後も地盤の隆起は続き、1945年9月頃までに海抜 407mの昭和新山を造り上げた。 火山礫が吹っ飛び、溶岩が噴出するような破壊型噴火ではなく、いわゆる静的噴火に留まっていた。 これは火山学史上でも稀有なことで、全山が学術的にも大変貴重な山として、支笏洞爺国立公園特別保護地区、国の天然記念物に指定されている。 上記、案内板より 『目前にそびえる昭和新山は、私達に大自然のいとなみの不思議を物語ってくれます。 今あなたの立っているこの一帯は、かつてはのどかな麦畑でしたが、突然火山活動の舞台となりました。昭和18年12月28日に激しい地震が始まり、多い時には身体に感じるものだけでも1日200回を越え、翌19年4月頃には元の地面から50mも隆起しました。 さらに昭和19年6月23日、盛り上がった畑に噴火が始まり、7個の噴火口をつくりながら、4ヶ月も爆発を繰り返しました。その間も、田畑、民家(フカバ部落)、鉄道共々隆起が続き標高300mの台地(屋根山)をつくりました。11月になって噴火口群の中央から地中で固まった溶岩が推し上り始め、翌20年9月末に標高407mに達し、ようやくその活動を休止しました。 今なお噴気を上げるピラミット型レンガ色の部分が溶岩塔で、このタイプの火山をベロニーテ型火山といい、世界的にも珍しい形式の火山です。』 次に、昭和新山の正面に悠然と聳えるのが「有珠山」(732m・ウスザン)である。 洞爺湖の南面には、眼前に迫る巨大な火山が二つあるのです。 周知の如く2000年(平成12年)3月31日、北海道洞爺湖の南側に位置する「有珠山」が23年ぶりに 噴火したのである。 その時、噴煙は約3000m以上の高さ に達し、その後、洞爺湖温泉町のすぐ南にある金比羅山付近からも噴火が起こり、水蒸気爆発や小規模なマグマ水蒸気爆発を繰り返し、凡そ、1年後にマグマの活動(噴火)は終息したという。 この噴火で、周辺四市町村の住宅、道路、ライフラインの被害は230億円に達したという。 特に、2度目の噴火(洞爺湖温泉南)は国道230号線の本線上が噴火口になったため完全に破壊され、現在でも道央道の虻田洞爺湖I ・Cと湖畔間は、国道は破壊され消滅しているのである。 有珠山大噴火で、特に西山付近の噴火の跡が、現在では遊歩道が整備されて一般に公開されている。 まさに天地がひっくり返ったような驚天動地、大地の咆吼,地底の息吹がこの遊歩道から確認する事ができる。 完全に破壊された民家や幼稚園舎、メチャメチャに破壊された道路、道路のアスファルトや水道管が巨大な力で数mも押し上げられている現状・・。 人家のすぐ横に、膨大な量の土砂が吹き飛ばされて出来た噴火口や遊歩道の一番奥には、今でも盛んに蒸気を吹き上げている巨大な火口がある。 これら地点は、先刻の国道37の入江の交差点から、道央道の虻田洞爺湖I・Cの横を通って、洞爺湖へ抜けようとした道で、この西山噴火のため通行が遮断されている所であった。 写真上より・・、 虻田町「消防署」、 “止まれ”の標識は何を意味するか・・? 道路が階段・・??、断層です。 惨状・・!!、手前が噴火口・・!!。 (以上、提供者に感謝します) しかし、噴火活動が温泉街、人家の近くの山麓で発生したわりには、人的被害は一人も出さなかったという、これは奇跡ともいわれる。 噴火の数日前から群発性の火山性地震が発生し、第1号の臨時火山情報を出し、噴火の2日前には緊急火山情報を出して住民を避難させ、噴火が発生した頃は17000人という住民全員が避難を完了していたという。 これには、前回(1977年)の噴火後に、地元に住まいを移して研究を続けてきた北大教授・火山研究者の岡田弘氏を中心とした研究員、行政、地域住民の結束によるところが大きいという。 岡田氏はいわば「有珠山のホームドクター」と言われ、平成13年、安全防災に顕著であったとして、総理大臣官邸で平成13年度防災功労者内閣総理大臣表彰を受賞している。 次回は、 北海道最終回・・「洞爺湖温泉・・・」
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国道36(室蘭国道)より室蘭へ、そして「地球岬」へ向かう。
室蘭市街地の一角から、右折方向の国道は37号線になる、伊達方面である。我は直進で室蘭半島へ向う・・、案内板に従って進むとこれが結構な上り坂なのである。 通称「地球岬観光道路」と云うらしいが、別に普通の生活道路と変わらない、それが証拠に周辺は住宅が密集しているのである。 これだけの傾斜地では雪の季節は大変だろうなと・・、余計な心配をしながら、登りきった処が園地のようになっていて、ここが地球岬の展望公園らしい・・。 観光客、見物人は誰ーれもいないが、園地整備のおじさん、おばさん達が草刈機でガーガーとやっていて、些か騒音で雰囲気を壊しているのは残念である・・。 先端に展望台が在った、本日も好天で快晴の大洋は蒼く澄んでいる。 東の方は陽光が反射して眩しいくらいである・・、さすがに「地球岬」の名だけあって大洋の展望は雄大である。 ただ、地球岬の語源はアイヌ語のチケップ(断崖)からきたと言う、チケップ→チケフ→チキウ→チキュウそして地球になったとか・・その名のとおり視野一杯に広がる水平線は丸みを帯びて「地球が丸い」ことを実感させられる・・?? ところで、「地球が丸く見える」 とは巷間よく耳にする言葉であり、海に面した展望台ではみんなそう思うし、感じているようである・・。 実際にそんな風に見える気がするし、いや、はっきりとそう見えるのである、やはり地球は丸いのだ・・・・・と。 だが、どうやらそれは間違いらしい・・、超巨大な地球の丸さが展望台くらいの高さでは見えるはずがないのである・・。 例えば、島影や障害物が全くない「大洋のド真ん中」に居るとしよう、高いマストのテッペンから見渡すと全周囲の水平線はどのように見えるであろうか・・? ギザギザの多角形に見えるか・・?ナメラカな円形に見えるか・・? 言語で既に「周囲」と言っているように当然、円形に見えてるはずである・・。 もっと具体的にゆうと、マストに立っている点は円形の「中心」であり、視界までの距離はその「半径」に相当するのである。 岬の先端で水平線を見るとき、丸味がかって見えるのは、円形の部分(円弧)をみているのであって、尚且つ視野(視角)が大きければ、円弧はハッキリ見えるはずである。 つまり、視野、視界が丸みを帯びて見えているのであって、「地球の丸さ」とは全く関係はないわけである・・。 因みに、展望台には大抵の場合、手摺がある、左右にまっすぐ伸びている手すりを目の高さを加減して、水平線と手すりが重なるようにして見てみると、今まで大きく彎曲していた水平線が手すりの直線とぴったり重なるという。手すりの替わりに長い紐を両手でピンと張って代用してもよい。 「地上や船の上で、地球の丸さが見える」というのはどうやら錯覚らしい・・。 計算上では「地球が丸く見える展望台」というのは、気球や飛行機程度の高さでは駄目で、人工衛星程度まで上がらないとだめらしい、地球はそれ程大きいということである・・。 最近では、人工衛星からTVカメラで、地球の外観を撮影してその映像が送られてくる、この時はさすがに地球の丸さを実感できるのである・・。 チキウ岬は、内浦湾(噴火湾)の湾口東端に位置していて、地図上では「チキウ」となっていっるが、地球岬とも表記されている。 この辺りの太平洋側は、海抜100m前後の断崖が延長13kmに渡って連なっており、特に、地球岬展望台(海抜147m)の西側にある海食崖の「馬ノ背」といいいれる箇所は、断崖絶壁が続く風光明媚な景勝地である。 この地域は、渡り鳥のルート上にあり、渡り鳥を狙ったハヤブサの営巣地としても知られるという・・。 「地球岬」は、朝日新聞社主催の北海道の自然100選の得票では第1位となり、一躍全国区の知名度となった名所で、毎年の元旦には多くの人達が初日の出を見拝にやってくるという。 「北海道の自然100選」及び「北海道景勝地」でそれぞれ首位を獲得した景勝地でもある。 岬の先端に立つ白亜八角形の灯台があり、こちらも「日本の灯台50選」にも選ばれている。 灯塔高15m、標高131mで、光度 は59万カンデラ、光達距離24海里(約44km) で、残念ながら、一般公開されていなが、毎年1〜2回、特別に内部が公開されることがある。 帰路、近くの展望台から見える「蓬莱門」という海から突き出た岩峰が見事である、これぞ元祖「チケップ岬」であろう・・。 国道右に旧時代と思われる重厚な駅舎が見えた・・と思ったがこれは旧駅舎であった。 明治後期の建物で、北海道内の駅舎の中では「最古の木造建築物」であり、建築様式も珍しく重要文化財に指定されているとか・・。 今は市の観光施設として使用されていて、 近隣にモダンな新駅舎が開業している・・。 「室蘭」はご存知・・、室蘭港、鉄工業を中心として発展してきた北海道を代表する重化学工業都市である。 中心に新日鉄・室蘭をはじめ、日鋼、日石といった、いわゆる製鉄、製鋼、造船などが湾を囲むように隣接している。 暫くすると大きく美しい橋が現れた、その名も「白鳥大橋」という。 「白鳥大橋」は半島先端から本陸の国道36、国道37と道央自動車道を結ぶ橋梁であり、室蘭港の港口部に架かる橋長1380mの吊橋で、関東以北では最大であるとか。 因みに、我が神奈川の横浜港口に架かる横浜ベイブリッジとは構造的には異なるが、その優美さにおいてはトントンであろう・・。 次回は、 「昭和新山と有珠山」
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