『日本周遊紀行』

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 日本周遊紀行(126)阿蘇 「阿蘇神社」  、



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写真:阿蘇神社本殿と楼門




阿蘇山が火の神の象徴で、その祭神が・・、

宮地の駅前を左折して県道11号線に入った先に、一の宮の「阿蘇神社」へ出た。
境内の一角に駐車場があり、ほぼ正面に威風堂々の門が構えていて、まずその大きさに驚く、「楼門」と言うらしい。 

大楼門は全体の造形美に加えて屋根下部の細かい彫刻もすばらしく、日本三大楼門(他に茨城県の鹿島神宮、福岡県の箱崎宮)の一つとされ、屋根は二層式で正式には「二層楼山門式」と云われる。 
くぐり通路の上には巨大な注連縄(しめなわ)が飾られ、上部には金文字の大額が「阿蘇神社」と標している。

この文字は、有栖川宮熾仁親王(ありすがわのみやたるひとしんのう:明治維新戦争時の官軍総大将・東征軍の軍歌「宮さん、宮さん、お馬の前で・・・」とは親王のことを指す)の御筆によるという。
高さ21mの2階建造り。


楼門をくぐり境内へと入ると格式、風格ある社殿が鎮座する。
先ず、本殿正面の参拝殿に額ずく。左右を見渡すと社殿の数が多い、その数なんと12神の祭神を祀ってあるという。

主神・一宮が健磐龍命(タテイワタツノミコト:阿蘇大神)、二宮が阿蘇都媛命(アソツノヒメノミコト:阿蘇大神の妃)、・・・。

日本の初代天皇である神武天皇(紀元前660年即位)の孫にあたる健磐龍命はこの阿蘇の地に新天地をつくったとされ、創立は孝霊9年(紀元前282年)と言われる。

阿蘇神社は、阿蘇開拓の祖と言われ歴史、格式とも申し分ない神社である。
健磐龍尊は現在の京都府である山城国宇治から阿蘇に来たとも伝えられ、神武天皇の勅命により阿蘇に下って鎮西鎮護の大任を果したとされる。 

健磐龍は健々しく岩が立つ状態を神格化したもので、“立つ”とは自然現象が急に出現する状態を指し、阿蘇山が噴火して火を噴き、火山弾が降ることで阿蘇山に対する霊異から「火の神」とも言われ、この地方を広く「火の国」とも称したという。
又、水神・治水の神の自然神とも見られ、国造り、農業の神として崇められている。

その昔、阿蘇の大爆発で裾野のを残して大陥没を起こした。
やがてそこに水がたまり、外輪山の中は一面湖水で覆われてしまった。
健磐龍命はこの水を流して作物の取れる豊かな国にしようと考え一蹴りされると、山は一気に崩れて大きな穴があき、水は勢いよく外へ流れ出した。
その為か、今は緑豊かな田園が広がる肥沃な地になっているという。



阿蘇神社の参道は拝殿に向かわずに、阿蘇山(高岳・・中岳)に向かって拝殿の横(西方)を真っ直ぐ南方に伸びている(阿蘇神社は全国的にも珍しい横参道という)、つまり、本来の祭神は阿蘇山であるとも言われ、又、阿蘇山−阿蘇神社の北方の延長上に「国造神社」がある。

この阿蘇山−阿蘇神社−国造神社の南北の一直線を“聖なるライン”と言われてる。
国造神社(こくぞうじんじゃ)は別名・北宮ともいい、阿蘇神社の北約4キロmの地点で外輪山の内側麓に鎮座している。
この国造神社と阿蘇神社の直線上に阿蘇五岳の中岳が位置していて、聖なるラインと言われる。 
祭神は健磐龍命の第一子・国造速瓶玉命(クニノミヤツコハヤミカタマノミコト)といわれ、社は延喜式には905年創建と書かれている。


阿蘇神社の末社は全国450社を超え、その殆どが熊本県内に存在しているが、明治に定められたの社格の制度では官幣大社(かんぺいたいしゃあ)という最上位の神社に位置していた。
社殿は総欅の白木造り、「阿蘇式」と呼ばれる他に類のない様式であるという。

楼門を出て横へ行くと、確かに門前横丁と言われる「横参道」(聖なるライン)商店が並び、中には昔の面影を残す粋な建物も並んでいる。

次回は、阿蘇・「大観峰




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 日本周遊紀行(126)阿蘇 「中岳」   、





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写真:阿蘇中岳火口、エマラルドグリーンの火口池が望まれるはずだが・・?。


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本日は中岳火口の有毒噴煙が激しく、見物人に突如退去命令が出る。



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河口付近は果てしなく続く「砂千里」の砂漠



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登山道路付近の牧草地で、放牧牛がのんびり草を食む




阿蘇の噴火は大明神の怒り、神霊の祟りとして畏れられた・・、

中岳の火口へ向かう。 
途中、火山灰の台地の草原にピンクの色彩が鮮やかになってきた、「ミヤマキリシマ」であった。
この花木は5月下旬〜6月上旬が開花時期で、この付近から阿蘇山周辺は30万本のミヤマキリシマの大群生があるという。 
特に、ここから反対側斜面の「仙酔峡」のミヤマキリシマが有名らしい。 

ここには多くのトレッキングコースも沢山あり、満開の中を散策できるという。
阿蘇山公園道路(有料)のゲートを抜け火口に向かう。 

公園道路に入ってからはそれまでの景色とは一変して、植物が育たぬ荒涼とした大地に変わる。 
あまりの風景の変わりように驚きながら進むと、もうもうと噴煙を上げる中岳噴火口にほど近い広大な駐車場に着いた。

車を降り噴火口に歩いていくとそこには想像できなかったスケールの景色が広がっていた、 まさに地獄の絶景とでも言おうか・・?。 

活発な噴火活動を続ける中岳、白い煙をあげる火口周辺は、溶岩の露出したダイナミックな山肌を望む荒涼とした風景が広がっている。
火山灰質砂と噴石からなる砂漠を思わせる地帯には、克っての火口であろうか溶岩や火山灰の重なりが、火山噴火のすさまじさを思わせる。 
ここは確かに阿蘇のクレーターであり、月面を歩いている気分になる。この一帯を草千里ヶ浜に対して「砂千里ヶ浜」と称しているのが面白い。


管理棟のスピーカーから、火口見物時の注意項目を大声で流している、有毒の火山性の硫化水素ガスの発生状況のことであろう。

大駐車場から中岳の大火口へ向かう、木の柵からから眺める火口は地獄そのもので、その地獄の各所から濛々と白煙が噴出している。
これが有毒ガスを含む火山噴煙であろう。
風向きによって右へ左えと吹き流されている。この噴煙の流れが手前側に吹き込んでくるようになると見物策からは撤退させられ、駐車場の安全地帯まで下がらなければならないそうだ。 
阿蘇山の火口は新旧、大小取り混ぜてはっきりした数が判らないほど有るらしく、無論阿蘇山系で現在、未だに活動を続けているのはこちらの中岳の火口だけである。
火口の直径は約600m、深さ約130m程あり、吹き上がる溶岩の温度は1000度〜1200度に達するという。

火口には池もあって、青緑色とでも云おうか鮮やかな色合いを呈している。
これは強酸性の池に金属(鉄、銅その他)が溶け込んでいるからだろう・・?、それにしても噴煙上げる活性の火口に、これだけ神秘的な火口湖があるのも珍しいのでは・・?。 

中岳火口にはカメラや地震計が設置され,24時間体制で観測が続けられている
次に、火口より左手の高台に展望台があり、そちらへも立寄ってみた。荒涼とした砂千里から遠くは草千里の緑まで、そして正面には烏帽子岳の勇姿が裾野を延ばしていた。
周囲も素晴らしい絶景である。



周囲の展望を楽しんでいる時、突如として警報が鳴り出した。
係員が河口付近にいる観光客、見物人を慌てて非難させているのである。

気が付くと確かに噴煙の風向きが見物エリア、駐車場の方向へ向かってきているのである。
小生達も取り敢えず駐車場の所まで避難させられた・・。


阿蘇山中岳火口からは主に二酸化硫黄が発生している。
あの咽る(むせる)ような強烈な悪臭を放つガスである。

二酸化硫黄は亜硫酸ガスとも呼ばれ、不快で強い刺激臭を与え、呼吸困難を引き起こし、長引けば呼吸停止による死に至ることもあるとも言われる。

阿蘇火口の防災では、ガスの濃度と風向きによって五つのゾーン区分による立入規制を行なっているようで、規制が行なわれた際は監視員の指示に従わねばならない。 
特に喘息、気管支系疾患、心臓疾患の方は、低濃度でもこの症状が起るので、このような人達は火口見物は遠慮したほうがよい。
観光をしている最中にもガスの発生などにより、退避命令が出ることもある。 

丁度、今がその時であった・・!!



阿蘇山は複式活火山と呼ばれ高岳、中岳、根子岳、烏帽子岳、杵島岳のいわゆる「阿蘇五岳」の総称で中岳に山系に唯一つの大噴火口があり、現在も活発な活動を続けている。 

昔はこの中岳を霊山としても仰ぎ、火口を神霊池又は御池とよんでいた。
そして、激しい噴火や爆発があると神の怒り、大明神の怒り、神霊のたたりとして畏れおののいたという。 

ごく近年では1958年6月(昭和33年年)、第一火口が突然爆発、噴石は火口西12kmに達し、山腹一帯に多量の降灰砂、死者12名、負傷者28名、建物にも被害が出たようである。

五岳はそれぞれの個性も豊かで季節、場所によって同じ山でも表情が異なる。 最高峰の高岳は標高1592mである。 地球の胎動、世界のカルデラを満喫して、山を下りることにしよう。



一路、北へ向かって防中へ下りる、阿蘇登山道路の防中線である。 
途中、杵島岳、往生岳の豪快な姿を右に見ながら相変わらずの大草原を行く。 

放牧中の牛、馬がのんびり草を食む。 
近年、肥後の赤牛が放牧されるようになったという、阿蘇の象徴である原野に放牧された赤牛の数が、最近でやや少なくなってきているといわれる。 
因みに、お隣の大分県では「肥後の赤牛・豊後の黒牛」といって、阿蘇の外輪山を超えるととたんに何故か毛色が黒くなるという・・?。 
何れも、スキヤキ、ステーキには最高だとか・・?チョット現実的になったかな。


やがて、防中へ下りた。 
真正面がJR豊肥本線の阿蘇駅であった。 

昭和中期までは「坊中駅」と名乗っていたそうだが、いわゆる「昭和の大合併」でできた「阿蘇町」が誕生したことからこの名が付いたという。 

昔は、この地が坊:お寺の領地だったこともあり、坊中は古くから山岳信仰の阿蘇山への登山口として栄えた。 尤も、今も昔も阿蘇山への玄関口である所に変わりないが。
阿蘇町」は、本年(2005年)2月の「平成の大合併」により、一の宮町、波野村が合併し「阿蘇市」が発足したばかりである。

次回は、阿蘇一宮・「阿蘇神社



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 日本周遊紀行(126)阿蘇 「草千里」 


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写真:阿蘇・草千里草原帯と烏帽子岳




「草千里」は、阿蘇・烏帽子岳の中腹に広がる湿原地帯・
・、

さて、先ずは外輪山の内側へ向かって車は下りてゆく。 
この道は県道23号線で、逆方向は阿蘇の内輪から外輪山系の峠、ミルクロードを横断して外輪の外側の菊池市へ到っている。 
菊池市は上流部の菊池水源とも呼ばれ阿蘇外輪山系の北西にあり、その伏流水が流れる渓谷は鬱蒼として天然性広葉樹で覆われ、すばらしい自然の景観を呈している。
夏の水温は13度と避暑地としても親しまれているようで、全国名水百選「菊池渓谷」として有名である。

大きく曲がりくねった急勾配のロードを下りきったところが阿蘇赤水温泉である。 
阿蘇温泉郷の一つで古くから開けた温泉地であるが、一見普通の小さな町と特に変わらないようである。 
昨夜泊まった宿の温泉は、ここから引き湯しているという。


JRの豊肥本線を跨いで国道57へ、更に、阿蘇登山道路の赤水線から阿蘇内輪の主峰へとむかう。 
熊本から阿蘇山へは国道57から、この阿蘇登山道路赤水線を通るのが最短で普通であるが、シーズン週末などは混雑渋滞するらしい。 
沿道にはゴルフ場、牧場など観光客向けの建物がぱらぱらとあり、阿蘇でも最も人気のある観光道路らしい。

ふもとから順々に阿蘇ファームランド、米塚、草千里、火山博物館などなど名所が存在する。「阿蘇ファームランド」とは農場らしくきこえるが、メインの売りは火山温泉といって広い草原状の庭園に露天風呂をはじめ、各種の浴槽が点在するという。



次に大草原の中、内輪主峰へ向ってグングン高度を上げる。 
正面に平原にお椀を伏せたような端正で特徴的な小山が近ずく「米塚」という。 
阿蘇登山道路(赤水線)の脇にある山頂が窪んだ小山で、小さな火口の跡がポッコリへ込んで可愛いらしい。 
標高は954mながら山の麓からは80m程しかなく、思わずチョット登ってみたくなるような、西阿蘇の象徴的な山でもある。

小さいけど阿蘇山の中で最も印象に残る山であろうか。
米塚の名前の由来は阿蘇の神が恵まれない人のために、米の塚から一掴み分施したことから来ているという、なんとも微笑ましい名称である。

正面の主阿蘇山系が迫力をもって迫ってくる。 
振り返ると外輪山の山並みと鍋底と云われる通りのカルデラがパノラマの様に広がっている。 

この阿蘇登山道路全域は元々有料道路であったが、2000年4月から通行料が無料になったというのも嬉しい。 
正面には火山流の跡が幾筋も残る杵島岳(きしまだけ・1326m)が迫る。向うように登っていくと、T字路で阿蘇登山道路の坊中線に接続する。 
阿蘇山から北へ降りて「坊中」へ行く道で、県道111号・ 阿蘇吉田線の一部である。

右折してしばらく行くと阿蘇の人気スポットである、草原と池が大きく広がる「草千里ヶ浜」へ到った。
道路脇に駐車スペースが在り、草千里ヶ原が一望に見渡せる。
カーブの先には草千里展望駐車場がある。草千里からは反対方面は、小生が今朝出立した西方向の外輪の眺めが圧巻である。



草千里ヶ浜は阿蘇五岳の一つ、烏帽子の中腹に広がる直径1キロの火口跡で、新緑の草原に大きな池が横たわり、その周りには放牧された牛や馬が草を食べたり水を飲んだりしている。
その奥に烏帽子岳本峰がドッシリと据わって、なかなか素晴らしい景色である。



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写真;小生の阿蘇登山記念(草千里にて・・、後方は白煙あげる阿蘇・中岳)


この見晴らし道路の一角に小さな出店があって、この地区の手工芸、特産品を販売していた。店番の人はお人好しのようで、商売ソッチノケで観光客に周辺の説明や写真の撮影などを引き受けていた。 

然も、観光客の為用意宜しく看板も準備されていて、「草千里・世界一の阿蘇・大阿蘇登山記念・平成17年6月3日」と大業な文字で記されている。
小生も写真撮影を頼んだが喜々として撮ってくれた。 

天気もよし、景色も良し、人も良しで気分満開である。




日本一と日本二の長い駅名・・?、

途中、阿蘇登山道路の吉田線が南へ向かって下りている。
この吉田線の下りきったところがその名の吉田地区で豊肥本線の立野駅から南阿蘇鉄道が連絡され、阿蘇山の南麓を走り、吉田地区から高森まで延びている。 

吉田、高森地区は熊本市街を悠然と流れる「白川」の水源地帯(白川水源)で、阿蘇の冷水(夏季)が大量に湧出している地域である。
付近には温泉も有り、湧水、高原と合わせて「南郷谷」と呼ばれている阿蘇の観光名所の一つである。 

尚、立野駅は豊肥本線と南阿蘇鉄道がスイッチバックでつながる珍しい終始駅であり、列車は上りでも下りでも同じ方向から駅へと入ってくという。 


序ながら、南阿蘇鉄道は高森町など沿線自治体が出資する第三セクター方式の鉄道会社であるが、この鉄道には日本一なるものがある。 
鉄道の駅名で日本一短い駅名は、ご存知三重県は「津」であろうが、日本一長い駅名がここ南阿蘇鉄道にある。 
この鉄道のほぼ中間に位置する「南阿蘇水の生まれる里白水高原駅」(みなみあそみずのうまれるさとしらみずこうげんえき)がそれである。

おまけに、隣駅は「阿蘇下田城ふれあい温泉駅」(あそしもだじょうふれあいおんせんえき)で、こちらは駅名としては2番目に長いという。

故意に命名したか否かは定かでなが、南阿蘇鉄道は僅か18kmにも満たない極めて短距離鉄道ながら、日本で1位、2位の長い駅名を持つ鉄道だったのである。



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写真(上下):日本一長い駅名の駅舎とホームの駅札・「南阿蘇水の生まれる里白水高原駅」



次回は、「阿蘇・中岳」.




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日本周遊紀行(126)阿蘇 「阿蘇のカルデラ」   、



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阿蘇カルデラ内集落と阿蘇山




阿蘇のカルデラには、12町村・約七万人の人々が生活しているという・・、

振り返ると後背部より北方に向かっては、朝日に輝いて濃い緑の山並みが畝(うね)っている、阿蘇の外輪山系である。 

昨夜世話になった「NTT外輪山荘」も阿蘇外輪の西部地域に位置し、外輪内側の中腹に位置しているのが判る。 
通ってきた「ミルクロード」と言われる道を更に直進するコースが大草原のコースといわれる道で、今、眺めている山系である。 

ミルクロードと呼ばれる先は、的場原野や かぶと岩展望所、そして大観峰に到る阿蘇外輪山系の山稜コースで、遮るものの無い大展望が味わえる、昔の豊後街道である。
そして、道路に沿って所々、大牧場が点在している所謂、ミルクロードと言われる所以である。


この阿蘇の外輪山系を「カルデラ」と称している。(日本では火口に伴う凹地形のうち、直径が2km以上のものをカルデラと定義しているようである)

カルデラとは、火山活動で陥没し大きなくぼみのある地形で、語源はポルトガル語の「大鍋」に由来するという。
その成因は一度に大量のマグマ(溶けた岩の事)が出たときに、マグマのあった部分が空洞となり地盤沈下して出来たもので、阿蘇の外輪山・内部がこれにあたるという。
カルデラを取り囲む外輪山も阿蘇火山群に含まれ、東西約18km・南北約25kmに及ぶ世界最大級の大カルデラと言われる。

外輪山麓を含めると阿蘇郡・12町村の内、陥没で出来たカルデラの内側だけで七町村が存在している。(平成大合併の以前) 
その内側には鉄道、道路、田園も在り、約七万人の人々の生活が普通に営まれている。 
カルデラの中に住んでいる」というのは阿蘇山を知らない人達にとっては驚きかもしれない。 



阿蘇山の位置は九州のほぼ真ん中に位置し、人で言えば「」に当る。
では、この臍の爆発は何時頃、どの位の規模だったのであろうか・・?

阿蘇火山と言われるのが30万年以上前に噴火活動が開始されたとされ、9万年前くらいに大規模な噴火が4回程度あり、この時、地下から大量の火砕流や火山灰を放出したため、現在の巨大な窪地(カルデラ)が形成されたといわれる。 

その中でも4回目の噴火が最も大きく、火砕流は九州中央部を覆い一部は海を越え山口県にまで達し、有明海を越えて島原半島に渡ったともいわれる。
火山灰の噴煙は30km上空まで吹き上がり、さらに西風にのって飛び、日本列島の殆どを覆ってしまい、他に朝鮮半島でも確認されているという。 
また火山灰は何と北海道まで運ばれているという、北海道東部には厚さ10cm程の阿蘇カルデラから飛んで来た火山灰が今でも残っているという。

巨大カルデラ噴火による噴出物は、ほぼ富士山の山体全部の大きさか、それ以上に達したとも云われる。 
阿蘇のカルデラが出来た直後の九州全土は荒涼とした荒地が広がり、特に厚く堆積した地域では火砕流台地となって残っている。 
この台地は九州中央部に広く分布し、緩やかに波打つ平原を形作っている。
宮崎県の高千穂や大分県の竹田市などもその中に入るという。 


夏目漱石の著作に『二百十日』という題名の短編作品がある。
あまり知られていないし、本人は失敗作と自笑しているようだが、漱石が、二百十日の日に阿蘇に山登りをしての感想であるが、こんなくだりがある・・、
「・・それより早く阿蘇へ登って、噴火口から赤い岩が飛び出す所でも、見るさ。―しかし。飛び込んじゃ困るぜ。何だか少し心配だな・・ 」
「・・噴火口は実際、猛烈なものだろうな。何でも、沢庵(たくあん)石のようなものが、真赤になって、空の中へ吹き出すそうだぜ。それが三四町四方一面に吹き出すのだから、さかんに違いない・・」、


漱石は若い頃、旧制の第五高等学校(現在の熊本大学)の教授をしていたことがあり、明治32年9月初め、友人の山川伸次郎と阿蘇山に登った経験をもとに、この短編は書かれたらしい。

阿蘇山の巨大な爆発時は、九州一帯を焼きつくした火山として、今では九州一の観光名所でもあるが、阿蘇山は漱石の時代も現在も時々爆発をおこす活火山であり、昔も今も盛んに蒸気を上げているのである。 

その阿蘇山へ向かう。

次回は、「阿蘇・草千里





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 日本周遊紀行(126)阿蘇 「外輪山」   ,



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阿蘇外輪山・「二重の峠」付近から「阿蘇山本峰五岳」



火の国の象徴・阿蘇はさすがに雄大であった・・! 、

歴史溢れる大都市・熊本を後にする。
本来ならこのまま南下して八代、水俣から鹿児島方面へ向かうのであるが、3〜4日温泉保養のため別府へ向かう。 
その為道中は内陸の阿蘇を目指します。

国道3号線から右方向、緑豊かな熊本大学の敷地内を横断するように通過する。 
阿蘇からやってくると思われる「白川」の流れが清清(すがすが)しい。 

九州自動車道の下を通過する頃には辺りも開けてきて、田畑の風景も見られるようになってきた。 
豊肥本線がすぐ横を並行している。 本線は雄大な阿蘇外輪山を貫き、熊本〜大分を結ぶ九州中部横断鉄道でもある。 

原水」を過ぎ比較的大きな十字路を過ぎると大津町であり、間もなく「道の駅・大津」へ来た。 
阿蘇の玄関口である大津町の国道57号線沿いにあり、ここで一息入れる。 
阿蘇外輪の麓に当たり、阿蘇見物往来の車で結構賑わっているよである。 物産館内、蜂蜜の入ったジュースコーナーのジュースがいい味出していた。


さて、今日の宿舎「NTT外輪山荘」へ急ぐ。 
道の駅からすぐ左へ折れるとミルクロードという案内がある。
実は県道339号であり清正公道、豊後街道と色々な呼び方があるようだ。 

ミルクロードとはこの先、阿蘇内輪外輪山周辺は大草原がひろがり大牧場が各所に広がっている。 故に、この道は乳品目を配送する輸送車が多いことから名付けられたという。 
又、この道は肥後・熊本と豊後・大分を結ぶ旧街道(豊後街道)で、戦国末期の頃は加藤清正も大阪詣でで通った道から“清正公道路”とも云い、清正に因んでこの名が付されているようである。 

元々、緑豊かな山懐の道であるり、間もなく良く整備された公園があった。 
阿蘇へと続くミルクロードに平行して整備された細長い公園で清正公道公園ともいい、参勤交代に使われた清正公道(旧街道)の休泊所跡を利用しているらしい。 
時節になると桜並木が良さそうである。 道路の反対側はハイテク・・?と思しき「阿蘇中核工業団地」というモダンな企業群が緑の中に在った。


道はいよいよ外輪山系の上りにかかる、くねくねと阿蘇へと誘うようである。 
山系の上部に達した頃はカヤトの大草原が広がってきて、やがて峠に差し掛かる頃十字路に出た。
目的地へのナビは右方向を指していて、間もなく「二重の峠」という標識が在った。清正公道と県道23号線との交差点付近にはに休憩展望用の駐車場もあり、ここから「歴史の道 豊後街道・二重峠石畳」が始まっている。 

この道は藩政時代、肥後と豊後鶴崎を結ぶ重要な街道として利用されたようで、豊臣秀吉が天下を統一し加藤清正が肥後に入国すると熊本から鶴崎までこの道を使い、鶴崎からは船で大阪を往復したという。 
江戸期になると参勤交代制度が確立するがこの時期、細川藩も江戸往復にこの街道を利用したという。 街道沿いには熊本城の西大門(新町一丁目)を起点として一里ごとの目印となる里数木(里数の目安となる木、主に榎が植えられている)が植えられ、休憩する所には御茶屋が設けられていたらしい。 

石畳には流出を防ぐ水切りなども昔のままに残り、往時をを偲ぶことができる。 周囲は大展望で束の間の休息所でもあり、晴れていれば阿蘇五岳(後ほど・・)を一望することができる。

NTT外輪山荘」は、この二重の峠のほぼ真下にあった。



ところで、NTTの社員保養所であるが・・、
縁あって出来るだけ使用するようにしているが、昨今は官営・公営の宿屋が民化の煽りでドンドン潰されてゆくようである。 
NTTは民営化する依然は関連宿舎含めて全国に150〜160箇所程度あったのだが、民営化の煽りで30前後に減ってしまったようである。 

郵政の「かんぽ」、厚生の「国民宿舎」や「休暇村」然りで、官・公営の宿もドンドン減らされていくようである。 
訳わかるけど、どうにかなんないの・・、我々一般大衆の旅人にとってはマッタク、サミシイ限りであるっす・・!。 現在、九州地区のNTT保養所は、この「NTT外輪山荘」一箇所のみと相成ってしまったようだ。 因みに四国も一箇所のみで、過日世話になった道後の「拓泉荘」がそうであった。


ともあれ、此方に草鞋(わらじ)を脱いだ。
NTTの保養所は決して突出した派手さは無いが、中流旅館のサービスにも負けない位の気配りで旅人をもてなしてくれる。
何時もながら有難いことである。 

夕餉の時間まで若干の時間があるので、先ずは一風呂浴びて今日一日の行程記録をまとめる。その後、地元の銘酒を戴きながら料理を味わうのである。
何時もの事ながら今日の無事を感謝し、明日えの旅立ちを祈りながらクッションの効いた布団で夢路を辿る。



目覚めて窓を開く、朝の冷気が部屋に入り込み思わず深呼吸する。 
しかし、昨夕までほんのりと見えていた「阿蘇五岳」はガスモヤの中であった。 
周囲は晴れ渡っているのが先ずは何よりで、本日は主として阿蘇の連山を目指すからである。

さて、朝湯である・・、
こちらは阿蘇温泉の一つである直下の赤水温泉から引湯しているらしい。 
鉄分を多く含んだ泉質が特徴で無色透明単純温泉泉、含石膏苦味硝泉、芒硝泉で神経痛、りウマチ、婦人病、皮膚炎、創傷等に効くと謳い文句にある。 

こざっぱりした浴室で湯船に大窓が設えて有り、湯に浸かりながら外部の展望が存分に出来る。 
湯質はサラサラと肌にやさしい。湯で眠気を洗った後は、冷気を存分に吸いながら宿の回りを少々散策する。 
山荘はその名のとおり阿蘇五岳を望むすばらしいロケーションが自慢らしく、周囲は阿蘇の山々と眼下に長閑な田園風景が広がる。
阿蘇の情報を若干伺って、宿を後にした。

次回は、「阿蘇山



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