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[ 北海道にまた行きたいな ]
2016/9/25(日) 午後 2:47
[ ゆうこ ]
2015/9/25(金) 午後 7:15
[ ゆうちゃん ]
2015/4/19(日) 午後 8:31
[ yot***** ]
2015/3/25(水) 午前 5:32
ありがとうございました!(+´∀`+)
コメントするのにだいぶ迷ったんですがどうしても伝えたかったので書き込ませてもらいました。
orimasa2007さんのブログ素敵だと思いました!(o゚▽゚)o
センスもあるし、目の付け所とか私にないものを沢山持っている方なんだなと。
羨ましくて少し嫉妬したりも…(笑)
でもその気持ちは本当に少しで楽しくブログ読ませてもらいました(☆▽☆)
急で戸惑わせてしまうかもしれないんですけど、私には悩んでることがあるんです。
色んなしがらみがある中で身動きが取れなくなってしまうような状態で…。助言とまではいかなくていいので、orimasa2007さんの言葉が欲しくなりました。
saki-spring@i.softbank.jp
お時間ある時にメールもらえませんか?
すごく心細くてこのままだと参ってしまいそうです。
[ xxvcocovxx@ezweb.ne.jp ]
2014/8/4(月) 午前 0:00
ブログ拝見しました!お気に入りに入れててチェックしてました。
コメントするの初めてです。
実は私自身家族のこと、子供のことや別れた旦那のことで凄くつらい思いをしてた時に、ブログを彷徨ってたら、このブログにたどり着いたんです。
いつの間にかorimasa2007さんのブログの世界観に吸い込まれて、なんだか私自身が救われた気持ちになれました。こんな風に自分が正直になれたり、凄くorimasa2007さんには感謝してます。勝手にこんなこと言われても困っちゃいますよね?
もっともっとorimasa2007さんのことが知りたくて、私の直接の連絡を入れておきました。
こんなに素敵なブログの管理してるんだから、orimasa2007さん自身にも魅力があるんじゃないかって・・・勝手に思っちゃったのが理由です。(もし迷惑だったら削除して頂いても構いませんからね。)ちょっと不安定な天気が続いちゃいますけど、風邪とか気を付けてくださいね。お身体ご自愛ください。
世界遺産と熊野地方(11) 新宮・「徐福伝説」
世界遺産;熊野地方
[ 中国韓国の原発リスク ]
2012/10/4(木) 午後 8:16
世界遺産と熊野地方(28) 「安珍・清姫伝説」
世界遺産;熊野地方
[ 高砂のPCB汚泥の盛立地浄化 ]
2012/9/11(火) 午後 9:48
熊野三山を統括する役職としての熊野別当の名称は、「熊野別当代々記」によると、前述の宗教思想上の一体化にやや先行し、9世紀に初見される。
この時期の熊野山は、依然として地方霊山の一つでしかなかったが、白河院の寛治4年(1090年)の熊野御幸後、事情は一変する。
熊野御幸から帰還した後、白河院は、先達を務めた園城寺の僧侶・増誉を熊野三山検校に補任すると同時に、熊野別当を務めていた社僧の長快を法橋に叙任した。
これにより、熊野三山の社僧達は中央の僧綱制に連なるようになった。
このとき設けられた熊野三山検校の職位は確かに熊野三山を統べるものとされたが、検校は熊野には居らず、統轄実務を担ったわけではなかった。
宗務は無論のこと、所領経営、治安維持、さらに神官・僧侶・山伏の管理にあたったのは熊野別当とそれを補佐する諸職であり、当初その財政基盤となったのは、白河院から寄進された紀伊国内2ケ郡の田畠百余町であった。
熊野別当を世襲した熊野別当家は、後に新宮に本拠を置く新宮別当家と本宮と田辺を拠点とする田辺別当家に分裂しつつ、別当職を務めた。
世界遺産と熊野地方(1) 「世界遺産について」
世界遺産;熊野地方
[ 高砂のPCB汚泥の盛立地浄化 ]
2012/6/22(金) 午前 6:43
紀伊山地の中央構造線付近に分布する丹生神の信仰は、朱(水銀)の産出と関係するとされますが、奈良時代以降、実際に水銀が産出していたのは、伊勢国です。
伊勢国産出の水銀は、国内の他の地域産出の水銀とともに、中国などへ輸出されていました。
また、熊野三山付近や紀州も平安時代から鉱山が栄えていました。
清姫と熊野三山との関係については”「清弘」は、真砂庄司の元祖(第一代)として本宮大社の禰宜職となりました。
以後、二代目を「清治」が継ぎ、三代目「清重」の時、田辺の中辺路の真砂(磨那期・まなご)の地に荘園主として移り住んみました。
清姫は、真砂の庄司清重の子として、延喜年間(914)の頃に生まれた。
清姫は本宮大社に仕えていた人のお孫さんだったんですね。だから鉱山と関係が濃いですね。
熊野詣、熊野三山信仰、熊野三山信仰そして安珍清姫伝説の深層と鉱山から産出される金銀財宝は関係が濃いようです。
安珍が盗んだ鉱床秘図を取返しに鉱山棟梁の清姫は道成寺まで乗込みました。
歴史の深層と鉱山の富を考えながら”お伊勢さん〜熊野三山〜西国三十三ヵ所”を巡るのも良いですね
世界遺産と熊野地方(29) 「道成寺」
世界遺産;熊野地方
[ 高砂のPCB汚泥の盛立地浄化 ]
2012/6/22(金) 午前 6:38
紀伊山地の中央構造線付近に分布する丹生神の信仰は、朱(水銀)の産出と関係するとされますが、奈良時代以降、実際に水銀が産出していたのは、伊勢国です。
伊勢国産出の水銀は、国内の他の地域産出の水銀とともに、中国などへ輸出されていました。
また、熊野三山付近や紀州も平安時代から鉱山が栄えていました。
清姫と熊野三山との関係については”「清弘」は、真砂庄司の元祖(第一代)として本宮大社の禰宜職となりました。
以後、二代目を「清治」が継ぎ、三代目「清重」の時、田辺の中辺路の真砂(磨那期・まなご)の地に荘園主として移り住んみました。
清姫は、真砂の庄司清重の子として、延喜年間(914)の頃に生まれた。
清姫は本宮大社に仕えていた人のお孫さんだったんですね。だから鉱山と関係が濃いですね。
熊野詣、熊野三山信仰、熊野三山信仰そして安珍清姫伝説の深層と鉱山から産出される金銀財宝は関係が濃いようです。
安珍が盗んだ鉱床秘図を取返しに鉱山棟梁の清姫は道成寺まで乗込みました。
歴史の深層と鉱山の富を考えながら”お伊勢さん〜熊野三山〜西国三十三ヵ所”を巡るのも良いですね
世界遺産と熊野地方(28) 「安珍・清姫伝説」
世界遺産;熊野地方
[ 環境歴史観光防災カメラマン ]
2012/6/10(日) 午後 3:00
古より熊野は日本一のパワースポットとされ、人々の篤い信仰を集めてきました。熊野は神様のお墓をはじめ、3つの月や3本足のカラスなど不思議な伝説にあふれています。
平安時代末期、京の上皇たちは毎年のように華やかな熊野詣を行いました。この熊野詣にお供することは宮廷の女性にとって最高のステータス。上皇様の熊野詣にご一緒するのは誰?!鳥羽上皇のふたりの妃の壮絶なお供争いの物語。
明治時代、熊野の森に危機が訪れます。明治政府の方針で神社の統廃合が進み、熊野の鎮守の森では樹木が次々と切り倒されていたのです。それに立ち上がったのが熊野在住の学者・南方熊楠(みなかたくまぐす)と妻の松枝。熊野の森を守ろうとしたふたり。



