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四季*おり*オリ*の散歩道で♪
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謎の穴。。。

この記事を書いた日に攻めた山城のひとつが犬伏城址で、それに関連する神社とは松苧神社のことでした。
それらの位置を確認するために見た、犬伏集落に設置された大きな案内地図の中に、「雪中隧道」「炭坑跡」 の文字を見つけ、山城散策のあと、素直に来た道を戻らず、さらに集落の奥へと車を走らせました。

渋海川に並走してある、国道253号線の旧道を少し進んだところで、『昭和の青の洞門』とも呼ばれる雪中隧道の入り口を見つけることが出来ました。
イメージ 1
国道の前身となった道は、中世から「松之山街道」と呼ばれた道で、上杉謙信公も通った、いわゆる「上杉軍道」と呼ばれる道だったりもします。
写真は、隧道とは全く関係なく、山城の散策繋がりで松之山街道を散策した折り、偶然に犬伏城山麓付近で見つけた供養塔です。
文化14年(1817年)12月17日(新暦では1月)他村から犬伏村へ嫁ぐ花嫁一行が到着寸前に雪崩に遭遇。
その6人のための供養塔でした。田沢・犬伏間の渋海川沿いの道路は雪崩の常習危険区域で、その後の昭和30年までに数人の道路工夫や通行人が雪崩と共に川に押し流されて命を落としているそうです。

現在は国道も新しく整備され、犬伏トンネルや田沢トンネルなどの完成が見られますが、昭和30年代以前の国道253号線は、大島村、松代町、十日町市までは急な山腹に設けられた砂利道で、危険区域は除雪をしなくなるため、車両の通行は、およそ12月上旬頃から4月半ばまでは不能となり、移動手段は徒歩のみとなります。
このような雪崩危険地区の通行人のために造られたのが、この雪中隧道というわけです。
入り口は、路盤から2mくらいのところに開いています。
雪の無い今の時期には「あれ?」と思いますが、積雪があった際、入り口が埋もれてしまわないこの高さにあるのでしょう。
昭和32年〜昭和35年には第一トンネルが、翌・昭和36年〜昭和38年には第二トンネルが完成しています。当時は、難所の通行が避けられるということで非常に喜ばれたそうです。

写真は、第一トンネルといわれるもので、全長221m。
道は一直線で、向こうの明かりが見えます。
路面は、片側が溝のようになっています。
左手の方に、何か掴んで進めそうな細い筒状のものがありましたが、照明のための配線用パイプだったかも知れません。
完成当時、内部には明かりが無く、出入り口に提灯やマッチ、ロウソクを備え付け、通行人はこれを利用したそうです。この不便さを解消するため、昭和38年に電灯を仮設したのだそうですが、当時の電球は寿命が短く、電灯の紛失などもあり、しばしば照明が切れたといいます。

入り口はしっかりとしたコンクリートですが、少し中に入ると素掘りでした。
200m歩けば向こう側に出られますが、思う以上に内部は真っ暗で道の段差も気になり、子供連れでもあることですし、今回はそのまま引き返して来ました。

昭和54年頃まで使用されていましたが、犬伏トンネルや田沢トンネルの完成により
使用されなくなったといいます。
また、同時期に造られた400メートルクラスの第二トンネルは早いうちに地図から消えてしまったため、素人では何処にあるのか謎だそうです。

この時、私たちは「炭坑跡」が、この雪中隧道の奥にあったことをまだ知らない。。。(~_~;)
以前は、トンネル入ってすぐの場所に「炭坑跡」という案内版が立て掛けてあったようなのですが、大きな震災が2度もあり、安全を保障出来ないため、看板も出していないのかも知れません。
。。。それを知らず
「炭坑跡って何処なんだろうね。。。」 と、来た道を戻りながら探していると、行きにシルバーカーが道路側に停めてあって、避けるのに苦労した場所に2つの小さな穴を見つけました。
2つとも、入り口にはドアが付いているのですが、右側の穴のドアは閉められ、左側のドアは最初から開いたままでした。


行きにこの穴を見落としたワケは、開いている方のドアの前に、そのシルバーカーで移動して来たお婆さんが立って塞いでいたので、見えなかったんです。
穴は、身長160cm足らずの私がかがんで入れるくらいの高さで、横幅も、ちょっと大きめの人だと通れないくらいの狭いものです。
暗くてよく分からないのですが、道というか、部屋というか。。。幾つかに分かれているようにも見えました。そして、かなり奥まで続いているようにも。。。

雪中隧道は、いくらでも関連記事があって調べられるのですが、ここの穴の存在は、どうしても分からなかったんです。

最初にお婆さんを見たのは、犬伏城から下山して来て、駐車場で靴の泥を落としている時でした。犬伏集落から菅刈方向に向かってシルバーカーで移動するお婆さんが、私たちの横を通過して行ったのです。
程なく出発した私たちは、この前で再びお婆さんを目撃することになります。

そして、さらに数分先にある雪中隧道で20分ほど費やし、この場に戻った時にはお婆さんの姿は無かったのですが、確かにお婆さんは、この穴周辺でシルバーカーから降りて何かをしていた。。。得体の知れない穴の存在と、おばあさんの行動が気になります。

ネットの力は大きいです!
ご存知の方、コメント欄にてお知らせ下さい。



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    こんな昔の隧道が今も行き来出来る程に残ってるんですね。
    地図から消えたもうひとつの様に、ここも危険だったら入口は閉鎖されてる筈ですものね。昔の技術は大したものだったんでしょうね。
    霊的な恐さは大丈夫な私ですが、閉所暗所恐怖症の私はとてもじゃないけど入って行けません(^_^;)パニックを起こしちゃいます〜。
    謎のお婆さんはその開いていた扉の方の奥で何か作業していた?
    その穴は野菜を貯蔵のためのムロだったりして??
    本当の事が分かったら教えてくださいね。

    オセロまま

    2012/11/1(木) 午前 8:19

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    素晴らしい散策を致しましたね〜
    犬伏城址の山城散策で上杉謙信公も通った上杉軍道良く調べました
    雪崩の犠牲になった供養塔寂しげです・
    田沢トンネルで便利になりましたね〜
    炭鉱跡良く見つけました。

    ナイス

    [ とし ]

    2012/11/1(木) 午前 8:24

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  • 実は、こういう穴とか、トンネル(使われていない)、とか、、苦手だったりします。写真を見ているだけで、どきどきします。だって。。。。。なんか出てきそうなんだもん。怖いの苦手なコロままでした。

    コロまま

    2012/11/1(木) 午前 8:27

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  • 昔は大変だったのですねえ。こうしたトンネルも、人々の命を救うためだったのですね。

    遊太郎

    2012/11/1(木) 午後 4:09

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    危険な場所を通らなくても良いように雪中隧道を作ったのでしょうね。

    KAWA

    2012/11/1(木) 午後 5:03

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    雪中隧道、真っ暗でさすがに怖いですね。
    それにしても、この付近は、昔は交通の難所でしたね。40年ほど前の冬に訪れたことがありますが、その時は狭い曲がりくねった山道をバスが通り、その崖下に車が落ちている光景がありました。

    ところで、ドア付きの穴蔵は、この地域の越冬用農作物や農機具を入れる貯蔵庫ないし保管庫ではないかしら?ドアの開いている方はもう使われていないのかな?

    アノニマ

    2012/11/1(木) 午後 8:15

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    オセロままさん♪
    第一トンネルは無事ですが、第二トンネルは崩壊しているようです。
    この辺も震災では大きな被害があったでしょう。
    ちびが中に入りたがって困りました。(~_~;)
    私のほうが怖がりだって、この時実感しましたよ。
    下のコメントでも、貯蔵庫説があります。
    おばあちゃん、何かを片付けていたのかも知れません。

    ちぇるしー

    2012/11/1(木) 午後 9:14

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    びんせんさん♪
    上杉軍道は、旧街道なので現在の道路と交わりながら点々と残されています。
    雪の多い土地柄、各地で雪崩や土砂崩れの話を聞きますが、実際に供養塔を見ると心が痛みます。
    トンネルは、道をショートカット出来て画期的だったことでしょう。
    ナイスありがとうございます。

    ちぇるしー

    2012/11/1(木) 午後 9:16

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    コロままさん♪
    私もこういう場所は苦手です。
    ちびが入りたがっていましたが、私だけ車で待っていようかと。。。(~_~;)
    次回は電灯持って!って言ってはみたけど、出来れば入りたくないです。

    ちぇるしー

    2012/11/1(木) 午後 9:17

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    遊太郎さん♪
    雪に閉ざされ、不便だったことと思います。
    トンネルで道がショートカット出来ただけで、人だけでなく、ライフラインの運搬も出来たそうです。

    ちぇるしー

    2012/11/1(木) 午後 9:18

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    KAWAさん♪
    トンネル内部は雪も無いですから、距離も短縮出来て有り難い存在だったと思います。
    今は車ですいすいなので、少し前の時代なのに信じられないようです。

    ちぇるしー

    2012/11/1(木) 午後 9:20

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    アノニマさん♪
    実際に見ると真っ暗なんですよ。
    山裾の曲がりくねった道ですし、渋海川との段差もかなりあります。
    少し雪で道が悪くなれば、転落しても可笑しくないですね。
    実際に見たら怖いです。
    貴重な意見をありがとうございます。
    農機具を入れるには幅がないし高さもないですが、人がかがんで入れば野菜の貯蔵くらいは出来そうです。
    お婆さんは何かを取りに来たのかな?

    ちぇるしー

    2012/11/1(木) 午後 9:22

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    ちぇるしーさん、おはようございます。

    山に開く穴。本当に真っ暗で、ドキドキしますね。
    ですが、当時の人たちにとっては便利な近道であったりするんですよね。

    ですが、最後のおばあさんの行方と何していたのか。
    私まで気になっています〜の『ナイス!』(*^ω^)ノ☆ 凸 ポチッです。
    暗いトンネルの前だけに、ものすごく。

    Stitch将軍

    2012/11/2(金) 午前 7:52

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    わくわくしますね!インディージョーンズちぇるしーさん、ッて感じ。そのおばあさんも・・・ほんとうにおばあさん??おばあさんがなんどもちぇるしーさんたちの前に出現するのもあやしい・・・きっとこの穴からしろいフクロウが飛び出してきて、なにやら列車にに乗って、魔法の学校に入って(?)・・・大冒険がはじまるッ!そんな気がするッ!!!

    バニまま

    2012/11/2(金) 午前 11:51

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    Stitchさん こんばんは♪
    今はただのトンネルも、一昔前の人には有り難いものだったようです。
    時代は変わり、これが必要なくなった事もまた幸せな世の中なのかも。
    足のあまり良くないお婆さん。。。ここまで何をしに来たのかが謎です。
    いつもポチありがとうございます。

    ちぇるしー

    2012/11/2(金) 午後 8:55

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    バニままさん♪
    不思議なことがあるからこそ、普通の1日もドキドキの日になるんですよね。
    フクロウが飛び出してきたら、手なずけて肩に乗せて歩きたいです。
    私の場合、魔法学校行く前に、英会話学校通わないと。。。(≧m≦)プッ!!

    ちぇるしー

    2012/11/2(金) 午後 8:57

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    愛知県では昨年、山城を攻めるスタンプラリーをやってましたー

    タク

    2012/11/2(金) 午後 11:41

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    タクさん♪
    そういうイベントがあったら楽しいです。
    こちらは何百という山城があるのに。。。

    ちぇるしー

    2012/11/3(土) 午前 6:52

    返信する

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