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兵庫県宝塚市が、今年の夏に就職氷河期の世代を対象に、正規雇用の採用をするという記事を目にした。市長は「人は生まれてくる時代を選べない」と言っている。
問題は対象とする期間及び採用するその数で、1974年生まれから1984年生まれつまり大学卒で1996年から2006年に新卒となった世代となるか。これは就職氷河期にリンクしているから良いのだろうが採用職員数は宝塚市でわずか3人。これが全国に広まれば300人とかの規模になるかも知れないが30人で終わるかもしれない。きっかけを作るという意味は大きいが、あまりにも少ないというのが私の意見だ。 資金の限界や既存の職員の手前もあるからそう多くは採用できないとは思うが、あまりにも少ない。養護施設に行き、「これは問題が大きい。養親を探すのは時間がかかるからまず私が1人養子縁組する。10年後だ。」となったらどうだろう。 きっかけは大切だが10年後に1人?となるだろう。 それほどまでに自分の考えや気持ちを実行に移すのは大変なんである。 就職氷河期が出来たのは確かに時代のせいかもしれず、その時期にたまたま就職となった世代には責任がないのもわかる。でもこれは明らかに対処療法だと言う事も理解出来るだろう。 ゴミがカラスに狙われて散乱してしまうならネットを被せる。もちろんカラスが悪いとは誰も言わない。 でも本当に大切なのはゴミを出す人の気持ちである。ゴミを出す人が、カラスにつつかれてゴミが散乱してはいけないと思わなければダメなのだ。 ネットを被せる効果は認めるものの対処療法に過ぎない。 私が過去から何度も言うように、どんな時代になっても生き抜く力を養わせるのが最も大事な事なのだ。東大を目指す学力を身に付けても生き抜く力が無ければ生きぬけない。大学はおろか高校さえ行けない学力であっても生き抜く力があれば生きていける。 そこには(満足な教育には)経済力が関係してくるし個々の家庭の教育の問題だから関与できない? でもそこが最大原因である事には違いない。 だからそこにメスを入れる事も同時にやらないとそれは片手落ちと言われても仕方ない。 やらないよりは良い、というのは都合の良い言い訳である。 私がもし市長の立場なら、他の市長村に呼びかけて賛同を得、少なくとも全部で30人ほどの規模にしてから開始するだろう。 そうでなければ思いつきと非難されても反論できないと思うのだが。 この市長は、考えを行動に移した点は評価されるべきだとは思うが。 |
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