「とある」保険営業マンの一日

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「今日の一曲」

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今日気になった曲をただ単に書き留めていきます。
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前回はABBAだった。
今回は、フリートウッドマック。
このグループの全盛期はABBA同様男性と女性の混合グループで、綺麗な方のボーカル(スティービーニックス)は他のアーティストとも共演しヒットを飛ばしている
。バンドはイングランド出身で、世界的成功を夢見たのかアメリカに進出しアメリカでもかなりのヒットを飛ばした。
ステービィニックスがボーカルをとった「ドリームス」は全米チャートで一位になっているが、もう1人の女性ボーカルが歌う「オウンウエイ」の方がよりフリートウッドマックらしいかも知れない。ボーカルが2人いてどちらが歌うのかで歌の雰囲気が違うのは当時ではイーグルスのドンヘンリーとグレンフライが代表的ではないか?
フリートウッドマックはクリスティンマクビーとスティービーニックス。
前回登場したABBAも、アグネタとフリーダという2人の女性ボーカルがメインで歌うのは局調で分けていたと思う。
私はフリートウッドマックの活動初期の頃はよく知らないが、1976年くらいからヒットを立て続けに飛ばし、名グループとなった時を知るファンの1人だ。
哀愁を帯びたメロディはイギリスのバンドというイメージで、スティービーニックスはアメリカ国籍だと後で知り驚いたものだ。
グループはもともとブルースバンドだったらしいのだが、メンバー交代をしていくうちに音楽性もかわり次第にポップになっていく。
入ったメンバーで音楽性がガラリと変わると言う事はよくあり、私の中ではマイケルマクドナルドが加入した以降に発表されたホワットアフールビリーブスでグラミーを取ったドゥビーブラザーズが最たるものだ。
ドゥビーの事は長くなるのでやめとこう。
さてフリートウッドマックはどちらかといえば玄人受けするグループで、アメリカ進出は成功したのかも知れないがどこかイギリス独特の雰囲気を醸し出すグループだ。まだ解散していないから、メンバー同士は離婚を経ても仲が良いのだろう。
一時期ボブウェルチというメンバーも入っていたが彼はパリスというグループで数曲ヒットを飛ばしたのを覚えている。
とにかくフリートウッドマックのRUMOURS(日本名:噂」というアルバムはアメリカで売れ続け、年間アルバムチャート1位を獲得したが、この頃はメンバー同士の離婚があり大変な時期だったようだ。
おそらくこのヒットが無ければバンドは解散していたと思うし、アメリカという国がいかに音楽大国でもあったのかがよく分かるというものだ…。
前回、ビージーズのメロディフェアの話をした。
たまたま子供が反応したからだが、私は小学生高学年の頃から中学にかけてアメリカントップ40にハマり今に至っている。
1975年くらいのヒットが一番の想い出だが、その頃聞いていた名曲は数限りなくある。
あの当時は当然スマホもパソコンもなく、ラジオを聴くとかくらいしか無かったような気もする。
テレビの音楽番組もあったが、演歌がよくかかっていたし、まだ軍歌も良く聴こえてきた。
だから、若者はラジオで音楽を聴いていたものだ…と私は思う。
当時のラジオ少年たちは皆海外の日本語放送を探していて、その放送局に手紙を出しベリカードなるハガキを貰って集めたものだ。
そういえば切手も集めていた。あまり高い切手は手が出ず、まぁまぁの値段の切手ばかり集めていたような気がする。
音楽を聴いていくうちに洋楽にはまるようになり、ラジオオーストリアの日本語放送で流れたヒット曲には感動したものだ…。
さて、たくさんの曲の中から思いつくままに書いていきたい。
興味のない人、世代が違う人には退屈かも知れないが…。
さて本日はアバのSOS。
この曲は、まだアバが世界的グループになる前のヒット曲で、私がアバを好きになるきっかけになった曲である。以前も書いた事があるが、私は中学生くらいの時アバのファンクラブに入っていて、ファンの集い的な会合に参加するため小田急線でひとり新宿まで行った事もある。まぁ40年以上も前の事になるからかなり前の事だ。
その後アバはヒットを連発し世界的なグループになった。
だが私も年齢が上がり聴く曲も変わってきて、次第にアバからは離れた。
大学の頃にはセックスピストルズの衝撃的なデビューやスペシャルズなどのスカが流行り始め、大学生の私も例に漏れずと言うかその道に進んだ。
その道に進むと言うのは少し大げさだが、音楽の嗜好が変わってきたのだ。
今でも1970年当時のヒット曲は好きだしたまに聞くのだがいろいろ聞くと言う事だ。

取り敢えず本日はアバのSOSという事で…。
土曜は私の好きな1970年代の洋楽を。
まずはこの曲、ビージーズのメロディフェア。
小さな恋のメロディというイギリス映画の主題歌となった曲である。
マークレスターとトレーシーハイド。懐かしい。
1971年の公開らしいが、多分私は映画を観ていない。まだ小学生の少年に、映画を観に行くほどの財力は無いし、そもそも1人では映画館に入れないはずだが親が一緒に行ってくれるような家庭環境でも無い。
だがこの映画は世界的にヒットし、誰もがそのスチール映像を目にした。
私は既に音楽少年の入り口に立っていたから、ビージーズのこの美しいメロディには感動していて、この曲を憶える条件は揃っていた。
そして先日ユーチューブから昔の曲をセレクトしているうちにこの曲に当たり、息子の塾に向かう途中の車中でこの曲をかけたら、何と息子が、「この曲、給食の歌だ!」と騒いだ。
名古屋の公立小なのだが、給食の時に必ずかかるという。
憶えていた息子は口ずさむ。
私は驚いたが、おそらく私くらいの世代の人がこの曲を選んだのか。
最近は運動会でも懐かしい曲が選ばれたり、世代間の結び付きを考えての事だとは思うが、努力しているようだ。
そして、世代を超えて同じ音楽を楽しめることの素晴らしさを感じた。
自分が懐かしいと思う曲を子供が知っていたら感動すると思う。
と、いう事で本日はこの曲を。
歌っているビージーズというグループは男三兄弟を中心にしたグループで、曲のタイプに合わせボーカルをチェンジしながら永らく生き延びた凄いグループだ。
しかし、兄弟の中で若い弟から死んでいくという悲劇もあったりして、一家としては決して順風満帆な人生ではないのかも知れない。
今生き残っているのは一番上の兄であるバリーギブで、彼は2018年6月に母国イギリスでチャールズ皇太子からナイトの爵位を与えられている。

しかし、ビージーズの全盛期を知る人間にとっては彼らは凄まじい勢いでヒット曲を連発していたスーパーグループであるという事には違いない。
もしビージーズの事をあまり知らなかったのなら、この機会に是非触れてほしいものだと思う。

イメージ 1

癒されると言う表現がある。


皆さんも癒されるという言葉や音楽などがあるのでは無いか?

人間の心というものは本来優しいもので、いたわりの気持ちに溢れている。

だが、生きていく上でそれだけでは生きていけないのでいろいろな鎧を纏うのだ。 優しい心は容易く壊れてしまうから。

さて、ある時自分が素直で無いと思える時が無いだろうか?

本当は謝りたいのに素直に謝れない。 
本当は頼りたいのに素直に頼れない。  

そんな時は、心に優しい音楽を聴けばいい。
一昨日、永六輔さんが死んでいた事が報道された。
また昭和の星が1つ消えた。

永六輔さんの書いた詩に坂本九さんの名曲、「見上げてごらん夜の星を」という曲がある。
いい曲だ。
最近はYouTubeという便利なものがあるので直ぐ聴ける。
坂本九の後に夏川りみの曲も聴いた。
心が安らいでくるというか、素直になる。
この時に謝ればいい。
素直な気持ちになっているから、謝りやすい。
こちらが素直に謝れば、相手もそうそういきり立つこともない。
話がまとまるのだ。

音楽というものは不思議なものだ。

気分を高揚させる事も出来るし、素直な気持ちにさせる事も出来る。

実はさっき、この曲を聴いて素直になった所で謝りの電話を入れた。謝りといっても仕事ではなくプライベートの事。

前から電話しなきゃ、と思いつつなかなかその気になれなかったのだが、出来た。間違いなくこの曲のおかげだ。

さて電話をしてスッキリした所でまた夏川りみを聴いた。今度は「花〜すべての人の心に花を〜」という、喜納昌吉の代表的な曲だ。
夏川りみの澄んだ声でこの曲を聴くと泣けてきそうだ。

たまには歩みを止めてゆっくりと音楽に癒されるのもイイ…。



私は14歳くらいから18歳くらいまでの5年間くらい、洋楽好きな音楽少年だった。
そのあとからも今でも音楽は好きだが、この頃の音楽は私の中ではまさに青春時代と言える時期だった。
もし同じ頃に私と同様の体験をしている方がいるなら、是非個人的にも語り合いたいと本気で思っている。

具体的には、1974年くらいからのアメリカンヒットポップスである。

この頃の音楽は、日本国内はフォークからニューミュージックへの過渡期。
荒井由実のデビューが1973年の飛行機雲だったみたいだが、姉が好きで私も聴いたものだ。
テレビの音楽番組もあまりなく、両親が見ているテレビから聞こえるのは演歌や軍歌。
由紀さおりとかいしだあゆみとか女性歌謡曲は何とか憶えている程度。
ちゃんと調べていないので時代考証は勘弁して欲しい。

で、私が毎週欠かさず聴いていたのが土日のラジオ。不二家歌謡ベストテンと、何とかのポップスベストテン。
歌謡ベストテンはロイジェームスが司会。ポップスベストテンは糸井五郎が司会。
今でも憶えている。
ルベッツのシュガーベイビーラブ。
カーペンターズのプリーズミスターポストマン。
スティービーワンダーのスーパースティション(邦題:悪夢)。
多少時期が異なるかも知れないが私の中ではこれらの曲は今でも輝き続ける曲である。
そして。
知っている人は知っているが、フランキーヴァリ。
フォーシーズンズでヒットさせた曲を1976年くらいにもう一回ヒットさせているはずで、とにかく私はケーシーケイスンのアメリカントップ40(FENの米兵向けのラジオ放送)を英語で聞きながら感動したものだ(米兵向けという時点で古すぎるが)。その頃私は神奈川県にいた。

長くなったが、クリントイーストウッドが「ジャージーボーイズ」というフォーシーズンズのミュージカルをもとに映画を作っていて、わたしはたまたま観たのだが泣けてきてしまった。フランキーバリが娘を若い頃に失っている事など知らなかったし、フォーシーズンズがこんなに大変だったなどとも。

まあとにかく、私の趣味である1970年後半の音楽は不定期に書き下ろしていきたい。通常のブログとは違いあくまでオマケ的に。
だから、通常のブログ記事を書き下ろした後にアップしていきたい。

1970年代後半の音楽好きな筆者



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