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お出かけの記録です.今年はどこに行けるかな?
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ベルリン観光!

さてベルリンです.

はっきり言って時間がありません.予定外に電車が遅れ,予定していた午後の観光が大幅に夕方にずれ込みました.実質,滞在時間が1日半しかありません.幸い今の時期は日が長く,午後8時半すぎまで明るいので,夕方も観光の時間が取れます.

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ブランデンブルク門です.元々は1788-91年にプロイセン王国の凱旋門として作られたものですが,どちらかと言えばベルリンの壁(こちらは1961年に建造開始)の象徴みないなイメージが強いですよね.実際この門の目の前に,1989年まで壁があったわけです.観光客としては信じられない話ですが.

壁はどこかに残っているのかと言えば,答えは No.

壁は完全に取り壊され,跡形もありません.どこに壁があったかも,地図がなければわからないくらい,完全になくなっています.

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カイザー・ウィルヘルム教会です.第二次大戦で爆撃を受けたそのままの形を保存しています.塔の先端と,教会の側壁がそぎ落とされたままです.生々しいですね.

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ドイツの連邦議事堂,いわゆる国会議事堂です.立派の一言.建物の丈夫にはガラスのドームがあり,一般公開されています.

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これがそのドーム.しかもこのドーム,内側が螺旋状のスロープになっていて,登っていけるのです.建物に入る前には長蛇の列が・・30分待ちました.しかし入場は無料,しかも夜10時まで入場できます.結構太っ腹ですよね.入り口では入念なセキュリティーチェック.というか空港のセキュリティーチェックよりキビシイです.

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ドームの内部です.中心部からは,議場のイスが見えます.一般の人にも見える,『開かれた議会』の象徴だそうです.

ちなみにこの時点で既に午後8時前.明るいですよね.

この日はもっといろいろ回ったのですが,既に暗くなってきていたので外観の写真は撮れませんでした・・.

『ベルリンの壁博物館』にも行きました.この車のどこに人が隠れて壁を突破したでしょうか?なんていう展示もあります.当の本人達は命がけだったのですから,冗談にも『面白い』なんて言えませんが・・.基本的には壁の突破に成功した人と失敗した人のストーリー,突破請負人の話で一杯の博物館でした.今で言う,脱北エージェントみたいなものですね.

さて,この日の観光はこれにて終了.翌日は電車で30分ほどのある場所に行きました.

つづく

ベルリンへ

プラハでの学会を終え,電車でベルリンに向かいました.

プラハからベルリンまではユーロシティ(EC)で約5時間.距離にして400kmですから,それほど距離があるわけではありません.それでも5時間座りっぱなしはちょっとキツイですから,奮発してファーストクラスを取りました.日本的に言うグリーン車ですね.

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これがチケットです.往復で約20000円.まあ往復10時間グリーン車に乗ってこの金額ならありかなと.チケット売り場で目的の電車の日付と時間をきっちり書いたメモを見せると,『ハイハイ』といった感じですぐに発券されました.チケットを見ると,電車の便名や座席どころか,日付すら入っていません.焦りました.というのもヨーロッパを鉄道旅行した方には常識なのかも知れませんが,こちらはどの電車に乗ろうと,途中下車しようと勝手だそうです.勿論逆戻りは出来ませんが・・.

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これはファーストクラスのコンパートメント.6人掛けになっていて,入り口にはガラスの引き戸があって部屋になっています.といってもこのコンパートメントには私一人.ファーストクラスはガラガラなのです.ちょっと優越感!向かい側の座席もリクライニングを引出し,足を伸ばして悠々の鉄道旅行です.こりゃいい!

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と思ったら,いきなりの大トラブル!ドレスデンの駅を過ぎた辺りで,突然列車が急停止しました.この写真はその時の様子.何故か草ぼうぼうの,もう使われていない駅に降ろされています.ヘンですよね.

鉄道の車掌に理由を尋ねると『本当は内緒だけど』と言って急停止の理由を教えてくれました.私が乗った列車が通過する際,列車の通過を知らされていない保線員が線路上で作業をしていたそうです.保線員達は間一髪難を逃れたそうですが,線路上に置いてあったオイル缶を持ち出す間もなく,機関車がその大きなオイル缶を跳ね飛ばしたのだそうです.そのため機関車が故障して航続不能になったとか・・.それって,一歩間違えば大事故じゃん!脱線・炎上してたら,私の身にもかなりの危険があったわけです.結局乗客には公式なアナウンスはなく,ただ次の電車に乗り換えて頂きますとしか言われませんでした.結構いい加減だなぁ・・.

結局遅れること2時間,ようやく次の電車に乗り込めました.

しばらくすると,ドイツとの国境の駅.そこで入国審査官が入って来ました.これは私には初の体験.チェコの入管そのまんまの,笑顔一つない審査官が私のパスポートをしげしげと眺め,『OK』とだけ呟いてハンコを押してくれました.続いてドイツの審査官.これまた素っ気なくハンコを押して終了.すごく素っ気ないのですが,『ああ,国境を越えたんだな』という実感が湧きました.

そして2時間ほどでベルリンに到着.朝の7時半に電車に乗ったのに,もう午後3時前.やはりトラブルはでかかった・・

さて,次回はベルリン観光です.

つづく

プラハ観光(つづき)

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写真は,プラハ城の衛兵交代式です.毎日正午にプラハ城全体の衛兵が一同に集まり,交代式を行います.映像をお見せできないのが残念ですが,なかなか壮観です.

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これはプラハ観光では外せないと言われているカレル橋です.橋の両側に合計30体近くの聖像が等間隔で並んでいます.それぞれに趣があります.この橋,観光客が多いことと,もう一つスリが多いことで有名です.無防備な観光客が多いんでしょうね.前にそのことを聞いていたので,とりわけ注意してわたりました.ちなみに川から等間隔で突き出た木製の『オブジェ(?)』は洪水時に橋を守るためのものだそうです.ここプラハは2002年に大洪水に遭い,壊滅的な被害を被りました.その名残ですね.

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この写真はシナゴーグ.ユダヤ教の教会のようなものです.入り口の文字はヘブライ語です.私にとって,実はここが今回のプラハ観光で一番インパクトのある場所でした.写真には撮っていないのですが,この建物に入ると,その白い壁全面にわたり,細かい文字で人名と生年月日,そして没年月日が,それはもう無数に書かれています.そして没年はなぜか1942年から1944年に集中しているのです.そう,第二次大戦中にドイツ軍の迫害を受けたユダヤ人達の名前です.

チェコには当時12万人ほどのユダヤ人がいたそうですが,そのうち少なくとも8万人がドイツ軍のホロコーストに遭ったそうです.壁面一杯に書かれた名前のなかには4歳,そして生後3か月の子供までが・・.人間の恐ろしさと愚かさをこれほどまでに感じたことはありません.

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写真を撮るのをちょっとためらったのですが,これはそこに隣接する墓地です.狭い敷地には12000の墓石があったそうです.埋葬場所が足りず,遺体が12層になって埋葬されているとか.もはや言葉も出ません.ユダヤ人と思われる女子高生達が,墓園にある慰霊碑を取り囲んでユダヤ教の教典(ヘブライ語)を片手にお祈りをしていました.

東欧を旅行していると,第二次大戦の爪痕を必ず目にすることになります.このあとベルリンにも行ったのですが,その様子は後ほど書くことにします.

つづく

プラハ城

お決まりコースのプラハ城に行きました.

プラハ城には,ドイツのノイシュバンシュタイン城のような,いわゆる天守閣みないなものはありません.城壁で囲まれた区画の中に大聖堂その他が集まった,いわば小さな城塞都市のようなお城です.

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この写真はプラハ城の中で最も高い建物,大聖堂です.中にはそれは美しいステンドグラスの数々が・・MUCHA(ミュシャ)というデザイナー(19世紀?)の作品だそうです.また大聖堂の一番高い塔に登ることが出来ます.287段の螺旋階段をひたすら上って・・.ビルにすれば15階くらいでしょうから,階段で上れば結構いい運動です.

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この写真はそこからの眺め.絶景です.ヴルタヴァ川(モルダウ)にかかっている橋は,これまた有名なカレル橋.橋の両サイドに等間隔で,30体位(?)の聖像が並んでいるのがこの写真でもわかります.それにしても建物が素晴らしいですよね.

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その建物と妙にミスマッチな建物が遠くの丘の上に密集しているのが面白くて撮った写真.おそらく共産党時代に建てられた住宅でしょう.無味乾燥な外観のアパート群が密集しています.

私は政治的なものには疎い方なのですが,旧東側に来たのが初めてでしたので,『Museum of Communism(共産主義博物館)』なる,ちょっと変わった所を見てきました.博物館になっている時点で,それがこの国では過去のものとなったことを象徴しています.

中でも目を引いたのが,1989年のビロード革命に至るまでの経過をまとめたビデオです.今では観光客でいつも賑わっている広場(ヴァーツラフ広場)が,民主化を求めるデモの民衆で埋め尽くされ,それに向かって警察が放水車で威嚇し,武装警官が本気で警棒を振り回している修羅場だったのです.しかもたったの17年前・・というと私が中学生くらいの時までここではそんなことが起こっていたわけで.ある意味平和な国にどっぷりつかっていた私にはカルチャーショックでしたね.

そんな街が今では外国人に人気の観光スポット.街もチェコ語の看板等がわからない以外は英語で通してもそれほど困らないし,観光客には比較的フレンドリーな街という印象を受けました.夜も結構出歩いたけど,怖いという印象はなかったですし.

つづく

チェコの日常

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チェコのお金です.通貨単位は『コルナ』.聞き慣れないですよね.

1コルナ=約5円.街中で売っている一番安いホットドッグが15コルナ(75円),同じくビールが25コルナ(約125円).

日本人的感覚からすると十分安いのですが,それでもチェコ人にしてみればビール1杯100円以上するなんて異常らしい.そのくせ,宿代はかなり割高です.大した装備品もない宿に泊まったのですが,一泊9000円位しました.1989年の民主化以降,ここ数年特にプラハの物価が急騰しているそうです.

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地下鉄のプラットホームに続くエスカレーター.とにかく長い!東北新幹線の上野駅に匹敵する長さ.そして『速い』!通常のエスカレーターの1.5倍速くらいで回してます.それくらい速くないと,ホームまで何分もかかりそう.不思議なもので,そのあと普通の早さのエスカレーターに乗ると妙に遅く感じました.速いのも悪くないかも.

A,B,C線の3つの線があるのですが,そのうちB線が一番深いところを走っています.エスカレーターを駆け下りたら,一番下に着くまでに100段以上降りてました.ということは実際はもっと段数があるっていうこと・・長いです.

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スプライトだってチェコ語.当たり前ですね.1本9コルナ(45円).

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ちょっと変わったアイス.球形してます.

『vanilky a kakaa』ってチェコ語で書いてあって,おそらくバニラ&チョコって言う意味かと(食べてみてわかった;笑).

その通り外側はバニラ,その内側がチョコレートアイスになっていて,最核部にはハチミツ状のコアがありました.

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