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メキシコ考古学雑誌、2010年5―6月号のテーマはマヤの予言、2012年についてだった。権威ある考古学者や人類学者がマヤ人の予言、彼らの時へのこだわり、暦のサイクルについて記事を書いている。
いくつかの記事の一部が以下のようなものだ。(訳はortizなので勝手に引用して恥をかいても知りません!)
NIKOLAI GRUBE 「まず最初に重要なことを確認しよう、マヤの古文書に、2012年のこの世の終末についての予言は全くない、ということだ。3つのマヤの古文書のなかに碑銘学者たちはある特定された日の終末予言の痕跡を全く見つけていない。秘教的な意見をもつ人々が、マヤの古文書に終末予言の証拠を発見しようとすれば、皆がっかりしてしまうだろう。」
「ここで明らかなのは過去の出来事が予言に使われていたことだ。古代マヤ人にとって予言とは過去の歴史のテオリーだったのだ。マヤの知識階級層や神官たちは、未来について知るために、過去を調べなければならなかった。カトゥン(20年周期)の予言だけが、過去の歴史の分析として神官に行われたのではなく、暦のその他の期間、例えば、トゥンという360日周期、金星の584日周期のような天文的なサイクルの期間も、未来を予言するための自然のシステムの要因と考えていた。予言とは、歴史が未来についての安全を確保するための手段になるためのものだったのだ。」
MERCEDS DE LA GARZA 「古代マヤ人たちは時を宇宙自体の活力のように捉えていた。それは、彼らの宇宙観の軸であり、人間が存在する場所においても軸であった聖なるものの動き、すなわち太陽(KIN、日、時を表す)だった。」
「植民地時代のマヤ人はこれらの出来事の日付を正確に記録しなかったが、LINDA SCHELEやDAVID FREIDEL、そして「POPOL VUH」の解読で、キンタナ・ロー州のコバー遺跡の3つのテキストに世界の始まり、あるいは現世は創生された日付が13.0.0.0.0、4ahau、8cumkuの日、すなわち紀元前3114年8月13日で」あることが解読された。そしてこの日付はグアテマラのキリグア遺跡の石碑C、チアパス州のパレンケの十字の神殿、その他の場所にも見つかっている。これらのテキストから、マヤ人の宇宙進化論の記録は古典期(西暦200―900年)からあったことがわかる。」
GUILLERMO BERNAL ROMERO 「パレンケの碑銘の神殿の13節は、未来のヴィジョンへと移っていく。しかし、今度は最近の歴史的出来事と遠い昔の神話的な出来事がミックスされている。短い正確な暦の書き込みのあと、現在の暦の西暦4772年10月14日!!(マヤ歴1.0.0.0.0.0、10ajaw、13yaxkin)に起こる最初のPIKTUNの終わりについて書かれている。」
「現在秘境的な作家たちが、マヤの暦では2012年12月23日に終わるといっているが、13バクトゥンが終わるという意味からマヤ人が世界終末を予言したと推論しているに過ぎない。それは、マヤの記録から数学的に全くの偽りなのだ。13バクトゥンが終われば14、そして15が、そして20バクトゥンまで続くのだ。そしてそれがPIKTUNであり、またさらに20バクトゥンの次のサイクルがおとづれるのだ。」
ANTHONY F. AVENI 「世界創生の最後のサイクルについてのマヤの記録は何を意味するのか?長期計算法の暦の始まりは紀元前3114年8月11日とされる。13バクトゥンが経つとまた次のサイクルの始まりが来る。これが2012年12月21日である。それでは次に8月11日という日を考えるとこれは、マヤ文化圏の位置では一年に太陽が2回一番高いところにくるが、そのひとつの日に当たる。(マヤ文化圏は北回帰線より南で赤道より北なので、日本のように夏至が一番太陽が高くなるのではなく、太陽が北回帰線に行くとき、また帰るときに一番太陽が高い地点に来るということだとortizは思う)マヤ人にとって太陽が一番高い位置に来ることは重要だった。また12月21日のほうは、冬至の日にあたり(冬至という言葉はスペイン語では「太陽が止まる」という意味)、太陽が一番南に来る日である。つまり理論的に考察すると、長期計算法の暦は故意的に一年の太陽のサイクルを意識してはじき出された日だと思われる。」
ERIK VELASQUEZ GARCIA 「先スペイン期、植民地時代のマヤ人たちにとって、未来は過去に記録されたものであった。それゆえ、不確実な未来に向かい合うため、彼らは過去の出来事に注意を向けたのだ。実際過去に起こったことは知られておりわかっているので「前」のこと、ところがこれから訪れる未来は見ることができない、それはつまり「後ろ」のことだった。運命に立ち向かう方法は、時と空間のサイクルというコンセプトに基づいていた。」
以上、いくつかの学者の意見を抜粋してみた。驚くのは2012年どころか、4772年のことを書いているマヤ人のなんというか、計算好きさだ。また時と空間はサイクルであり、過去は未来に繰り返されるというった考え方もなんとなく、う〜むと考えさせられるフィロソフィー・・・。
マヤ人の時をサイクルとして捉えた考え方は、 雑誌の中の図解を見るとわかりやすいかも。赤の矢印は暦の始まり、緑の矢印が2012年12月21日、青の矢印まで暦は続き、20バクトゥンは終わるが、その後ピクトゥンという周期がやってくる・・・・。
さあこれで皆さん、2012年を迎える元気が湧いてきたであろうか?!天文学的に2012年に何が起こるかはわからないが、少なくとも古代マヤ人はこの世の終わりを予言しているのではないようだ。 |
マヤ文明
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こんにちは。
ご無沙汰しております。
最近の2012年の騒ぎはちょっと加熱ぎみですよね。
天文学のスペシャリストだったマヤ人は、
未来を知るために過去を調べたんですね。
本当に優れた人たちだったと思います。
2010/5/22(土) 午後 8:22
ことらさん、1999年ノストラダムスのときも結構!でしたよね。いつも大衆は終末思想をさがしているようですね。
2010/5/23(日) 午前 1:10 [ ortizsakai ]