なんでメキシコ?だってメキシコ!

マヤの暦のサイクルは時を刻み続けます。次のカウントダウンの日までは西暦4772年・・・

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クリスマスディナー

 
 
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2011年のクリスマスは義理姉の家で30数人大集合のディナーでした。
それぞれクリスマスポンチ、えびスープ、バカラオ(たらの塩漬けの干物をトマトやオリーブで料理する)、七面鳥料理、クリスマスデザート菓子、と分担され、これ以上食べきれないメニューですが、何も持っていかないのも悪いので、私はサラダをつくりました。インターネット資料を参考にツリー型ポテトサラダ、その周りには生や茹で野菜を切り刻み特別ドレッシングを作りました。この写真のものをもうひとつつくったのですが、ジャガイモ8個、きゅうり大4本、にんじん10本、鞘インゲン30本、シャンピニオン40個、セロリ5本、など何時間か刻み続けました。その甲斐あり、なかなか好評でした。
24日のデイナーが始まったのは10時半ごろ終了は25日の2時ぐらいでした。
先月プエブラ日本語学校で秋祭りが行われました。大盛況!
 
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生徒たちはそのご家族友人たちで300人以上の入場客。たこやき、お好み焼き、日本のケーキ、アンパンなどの販売のほか、キャラ弁教室、書道教室、くじ引き、生徒たちよる歌や踊り、最後は生徒先生による「乾杯」合唱と盆踊り「炭坑節」で締めくくりでした!
 
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先日呼ばれた生徒の15歳の誕生会。なかなか盛大です。
メキシコでは15歳の女の子の誕生日は少女から大人になる節目のように考えられ、アステカの時代からセレモニーが行われていたといいますが、現代では、主役の女の子はドレスを着て同年代の男の子たちを従えて踊りを披露し、ウエディングケーキのごときケーキを切るパーティを行うのが一般的です。このケーキのてっぺんにのっている人形見えますか?なんと日本女性人形!日本語を勉強するだけあって日本贔屓が感じられますね。
 
ところでお父さんは大変です。会費制ではなく完全にお客様をご招待しなくてはいけません。メキシコでは結婚式も花嫁の父親がお金をだすのが習慣なので、娘をもつメキシコのお父さんはそりゃもうがんばらなきゃいけないわけです。
 
うちは男の子でほっ・・・。
 
ただ貧富の差があるメキシコではもちろん貧しい人がこのような盛大なパーティを行えるわけではありません。裕福な家庭では高級ホテルのサロン、ディスコ貸切などで派手なパーティをするかと思えば、中級家庭では今回のようなパーティ会場を借り切ってすることもあるし、貧しい家庭では家の前の道路を市に申請して少し閉鎖してもらって近所の人、親戚を呼び手作りの食事でパーティを催したりします。もちろんそんな小さなパーティもできない家庭が多いのもメキシコの実情。
 
一時期3000万人以下に貧困層が減少したといわれた時期がありましたが、最近は人口の約半分5000万人が貧困層といわれています。クリスマスが近づくこの時期、もう少し格差が減ればメキシコはもっといい国なのにと思わずにはいられません。

結婚式は野外で。

主人のいとこの娘さんの結婚式はプエブラ郊外の荘園跡ガーデンで行われました。途中の道路からはポポカぺトゥルとイシュタシワトゥルがこんなにきれいに見えます。
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母屋あとの古い建物は趣きがあります。
 
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ミサは別の場所にある教会で12時半におこなわれ、招待者たちは各自このパーティ会場にやってくるわけですが、ランチがはじまったのは4時半?!をまわっていました。その後は、老いもわかきも踊る踊る、そのうち暗くなり、夜食がだされパーティ終了は夜中だったようです・・・。ざっと計算して300人くらいの招待客だったようですから日本と似た感じでしょうか。花婿はまるで日本人のようで親しみがわきました。
 
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プエブラ市から1時間弱隣の州TLAXCALAにある遺跡、カカシュトゥラ。
カカシュトゥラという言葉はナワ語で、「商人が担ぐかご」のことを意味しているそうだ。
OLMECA−XCALANCAの首都として栄えたと考えられ,最盛期は700〜900年とされている。
要衝の地でプエブラ谷を360度見渡せるこの場所は、宗教的にも防衛面でも重要だったことが想像できる。
 
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修復作業中の人の大きさを見ればこの巨大神殿の規模がわかるだろう。十分標高が高いこの地でこの神殿を一回りすると、かなりいい運動になる。保存状態の良い壁画や漆喰の壁や床の保護のためすっぽりと天井で覆われている。
 
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ここでの見ものはなんといっても美しく非常に保存状態がいい壁画だ。
 
「鷲人間」と呼ばれる左の壁画は、人間に鷲の羽根と鷲のかぎ爪がある姿で描かれ、蛇の柱のようなものを掲げ、さらに蛇の上に立つというデザインで、色や手法はテオティワカン、マヤ文明の影響が強くみられるとされている。
右の壁画は、お腹のベルト部分に金星の印が描かれた人物。金星は戦争のシンボルとされるそうだ。
下の壁画は戦争の図で、捕らえられた人物などもはっきりとわかる。22mの幅に描かれた戦争壁画は見ごたえがある。
 
 
 
プエブラからはもちろん、メキシコシティとプエブラ移動中にも観光が手ごろな遺跡だ。
 

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