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チナ・ポブラーナとは、直訳すると、プエブラのアジア人女性という意味だが、一般的に下の写真のような衣装のことをいう。メキシコ女性を代表する衣装だがもとはメキシコの中央・南東部のものだ。
いくつかの説と疑問が残る女性の話だが、話の源はこんな感じだ。
17世紀、メキシコはスペイン支配下の時代、当時のメキシコの王(新スペイン副国王)のためにフィリピンから貿易商人によって高貴な家の娘Mirraという少女が連れてこられるところだった。その前に彼女は、ポルトガルの海賊に拉致され、インドに連れて行かれ、再びフィリピンに戻った際に聖職につきCatarina de San Juanという洗礼名を与えられていた。ところがメキシコのアカプルコに上陸したとき、貿易商人は副国王よりもいい値を出すというプエブラの商人にこの少女を奴隷として売ってしまったのだ。そして彼女はプエブラでアジア人の女性としてプエブラの人と結婚し人生を全うし、プエブラのCOMPAÑIA DE JESUS教会に1688年葬られた。その後19世紀末になってからこの「china poblana」がメキシコ女性の象徴として登場し、メキシコ男性のスポーツCHARROS(乗馬)とミックスされたりして、スペインとの融合による新しいメキシコの文化の象徴となったようだ。
ただなぜアジア人?、なぜプエブラの衣装?(実際は他の地域でも使われる)、がメキシコを代表するようになったかいろいろな議論があるらしい。
余談だが、プエブラのチームがアトランテ(CANCUNのチーム)と対戦した際、私はプエブラのチームのユニフォームを着ていた。ある人が言って大うけしたのは「これこそ、China poblana!」と私のことを言ったことだった。現代サッカー編、チナ・ポブラーナだったというわけだ。
上の写真はある雑誌より。下の写真はチナ・ポブラーナの銅像がある彼女が埋葬されている教会。
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2010年06月16日
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