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ユカタン半島は石灰岩の台地ではありますが、南部へ行くと内陸部かなり肥沃な土地も多く、そんなところに古代マヤ人は住み着き始めたようです。 |
メキシコの遺跡
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エジプトのピラミッドは王の墓そのものではなく、マヤ遺跡のピラミッド型神殿は王の墓という説があるが、現在発掘中のすべてのピラミッド型神殿にて墓が見つかっているわけではないようだ。 このカラクムルにも多くの統治者、位の高い人の墓が見つかっている。 そんななか、建造物3の1号墳墓にあった埋葬された人物にはヒスイの仮面がかぶせられていた。パレンケの碑銘の神殿のパカル王墓のヒスイの仮面は有名だ。 ところがこのヒスイの仮面の1989年のモンタージュ(下)と再び再修復調査された2005年のモンタージュ(上)をごらんあれ! (写真はARQUEOLOGIA MEXICANA nov−dic2007より) つまり最初のモンタージュはかなり違って(適当に?!)行われていたのだ。もちろん科学技術の発展がなせるわざであり、当時の学者を責めるつもりは毛頭ないのだが・・・
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カラクムル(CALAKMUL)の言葉の意味は、「山に隣接する都市」となる。2002年にユネスコの世界遺産に登録されている。 紀元前700年ごろから人が住み始め、紀元前322年−西暦925年には人口5万人に達したと考えられる。ベカンがこの周辺の優越都市であったが、後にカラクムルがその地位を奪ったのは想像に難くない。ティカルのライバルとして恥ずかしくない、いや十分に並べる規模の都市である。 周辺はカラクムル自然保護区となっており、グアテマラのペテン自然保護区とつながっている。これらをあわせれば、アマゾンの自然保護区に次ぐ世界第2の自然保護地域となるのだ。 大神殿からの壮大なジャングルの眺めはそれを納得させるに十分である。 巨大な石碑には文字や人物像の彫刻が残り、当時の繁栄ぶりを彷彿とさせてくれる。一番古い日付が西暦435年、新しい日付が909年だそうだ。120個の石碑が数えられている。
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ベカン(BECAN)という遺跡はシュプヒル遺跡よりものの5分の距離。やはりリオ・ベック様式。都市中心部の周囲が堀で囲まれているのが特徴。水(現在、水はないが)の堀で囲まれているマヤ遺跡は唯一かもしれない。これが意味するところは石垣だけでは安心できない防衛の必要性があった都市だったのであろう。 紀元前600年には人が住み始め、西暦600−1000年が最盛期、周囲の都市のなかでも優越都市だったと考えられている。 建造物はどっしりとしたイメージで複雑な迷路のような部屋つくりが目立つ。 正面の階段のほかサイドにはトンネルに隠れる階段がある。 建造物のトップにも隠れ部屋がある。 でこぼこの立体的チェック模様も独特。上にたつ人間と建造物の大きさを比べてみて!
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XPUJIL(シュプヒル)という遺跡は、周辺に豊富なマヤ語の植物の名前からそう呼ばれる。規模は5平方kmと小規模だが、3つの塔と呼ばれる建築はリオ・べック様式と呼ばれる建築で面白い。擬似タワーと呼ばれるもので、表面の階段は装飾であり、実際登るためのものではない。だがサイドに超急な隠し階段があり上に登れる。 |

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