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大阪府庁職員ブログ

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こんにちは!大阪府国際博覧会大阪誘致検討チームです。
私たちは、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに続く国家的イベントして、大阪で半世紀ぶりの国際博覧会を開催できないか、検討しています。
「国際博覧会の検討は、大阪の将来を考えることにつながる」という視点を大切に、このブログから、みなさんに、国際博覧会の基礎知識や最新情報、私たちの検討状況などをどんどんご紹介し、府民や企業のみなさんのご意見をお聴きしながら、可能性を検討していきたいと考えています。どうぞ、よろしくお願いします。
 
今回は、国際博覧会の生い立ちから現在の姿までの歴史を通して「国際博覧会が、社会の変化に応じて、どう姿を変えてきたのか」を、ご紹介したいと思います。
 
■国際博覧会の生い立ち
国際博覧会の歴史は1851年の第1回ロンドン博から始まります。この博覧会は、産業革命の成果をイギリス国内のみならず広く世界が認識するきっかけとなったといわれています。その後、欧米先進国等が、「国威」を競うように開催しました。
 
豆知識>
オリンピックが「国威発揚」の舞台装置としてよく知られていますが、オリンピックは、国際博覧会の一部門を独立させたものとも言われています。オリンピックの金、銀、銅メダルは、国際博覧会の褒賞制度のなごりだそうです。
 
■曲がり角に立った20世紀終盤の「国際博覧会」
日本で最初に開催された国際博覧会は1970年の大阪万博です。みなさんの中には、“万博”という言葉から、大阪万博をイメージされる方も多いのではないでしょうか。世界の人々や文化、最先端の技術に触れ合う国際博覧会という機会は、多くの人々の関心を引き、6400万人が183日間の会期中に来場しました。
しかし、20世紀終盤に入ると、技術の急速な進展に伴い人、モノ、情報が地球規模で大移動する時代となり、「一定の時期、一定の場所に人を集めるイベントという手法は時代遅れ」などの声が高まり、「国際博覧会の意義」も問われ始めました。
 
■「21世紀の新しい国際博覧会」へと大きく転換
こうした社会の変化の中で、BIE(博覧会国際事務局)は、今後の国際博覧会のあるべき方向について検討を重ねました。
その結果、1994年の第115回BIE総会での決議により、21世紀の国際博覧会は、従来の新製品や新技術を陳列する人類の営みの「到達点」をみせるものから、広く地球規模の課題に関し、世界に共通意識を普及させ、連帯してその解決に向かう「出発点」になることをめざすこととなりました。これは、国際博覧会の性格を大きく変えるものとなりました。
 
21世紀の国際博覧会は、かつての「国威発揚型」、「開発型」の博覧会ではなく、「人類共通の課題の解決策を提示する理念提唱型」の博覧会として、地球規模の課題をテーマとして提示し、世界中の国々から知恵が集まり、その解決の方向を示す場として、国際的なスーパーイベントであるともいわれています。

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●国際博覧会から生まれたものは?
国際博覧会は、「社会実験の場」ともいわれており、時代を画する多くの新しい技術やシステム、芸術などが、国際博覧会を契機として生まれてきました
次回は、「国際博覧会から生まれたもの」をご紹介し、国際博覧会の歴史をたどっていきたいと思います。
引き続き、よろしくお願いします。
 

大阪府ホームページ「国際博覧会大阪誘致の検討」
http://www.pref.osaka.lg.jp/kikaku/kokusaihakurankai/index.html
 
国際博覧会大阪誘致検討チーム報告ブログ

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