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その出自は不詳だが、越後長岡藩の下級武士で、 http://osan6.cocolog-nifty.com/palpunte/images/2008/11/12/031_2.jpg 落栗(おちぐり)の 座を定めるや 窪溜(くぼだまり) この句は、思うところあって藩を捨て、信濃の国伊那谷に流れ着いた井月が、 写真は伊那市にある、そんな井月を顕彰する句碑。
http://osan6.cocolog-nifty.com/palpunte/images/2008/11/12/032_4.jpgその井月を限りなく尊敬したのが、後の漂泊の俳人山頭火。 写真は、そんな山頭火が念願叶って、井月の墓を訪れたときに詠んだ四句を記した句碑で、伊那市の外れ“六道原”という場所で、 上の句碑と寄り添うようにひっそりと建っている。
お墓撫でさすりつつ はるばるまゐりました 駒ヶ根をまへにいつもひとりでしたね 供えるものとては 野の木瓜の二枝三枝 http://osan6.cocolog-nifty.com/palpunte/images/2008/11/12/034_2.jpg左の写真は、時代を隔てたその二つの句碑が並ぶ、 松よりも 杉に影ある 冬の月 降るとまで 人には見せて 花ぐもり 旅人の 我も数なり 花ざかり 何処やらに 鶴(たづ)の声きく 霞かな |
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2010年08月29日
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