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24才から25才にかけて、私は東京の青山に住んでいた。
正確な地名は渋谷区神宮前5丁目。
宮益坂を上って青学(青山学院大学)に向かう少し手前、
国道246号線に面して、いまは“子供の城”に建て変わった、元住宅供給公社のメゾネットタイプアパートだった。
スポーツニッポン新聞で請け負っていた、
“キャンバスNOW”というコラムの事務所を兼ねていたその部屋には、
じつにさまざまな人種が出入りしていた。
上の写真は、その中の一人・音楽プロデューサーの寺本幸司さんが製作したLP、
野坂昭如氏の伝説のレコードジャケットである。
『躁と鬱』とタイトルされたこのレコードは、三千枚プレスの限定版として発表され、
我が愛蔵盤には“3000分の1386枚目”という刻印とともに、
野坂さんのサインと印鑑が捺されている。
さて、当然のことながら、レコードを聴くときには
ターンテーブルの真ん中にある突起に、盤の穴を通さなければいけない。
ところが、“VIRGIN・RECORD”と名乗る怪しげな会社から出されたこのLPには、その盤の中心の穴に薄い和紙が貼ってあった。
この和紙を突き破って、ターンテーブルの突起に通さない限り、
レコードを聴くことは出来ない。
つまり、“VIRGIN・RECORD”とはまさにその名の通り、先ずは処女を破ってからという、いささかシャレのきつい仕掛けが施されていたのだ。
下の写真にその処女膜を破った痕跡が残っている。
以下、収録されているナンバーを列記してみる。
表面:
(1)某女子大学園祭での講演 (2)嗚呼天女不還(マリリン・モンロー・ノーリターン):能吉利人詩、桜井順曲 (3)梵坊の子守歌(松浦地方の子守歌):桜井順編 (4)バージン・ブルース:能吉利人詩、桜井順曲 (5)大脱走:能吉利人詩、桜井順曲 裏面:
(1)花ざかりの森:能吉利人詩、桜井順曲、山本幸三郎編 (2)幸福のどん底:能吉利人詩、桜井順曲、山本幸三郎編 (3)バイバイベイビー:吉岡オサム詩、桜井順曲 (4)唐紅のブルース:金井美恵子詩、桜井順曲 (5)おりん巡礼歌(当世覗きからくり):吉岡オサム詩、桜井順採譜 (6)黒の舟歌:能吉利人詩、桜井順曲、山本幸三郎編 (7)黒の子守歌:杉山登志・能吉利人詩、桜井順曲 で、話は突然“クレイジーケンバンド”に変わる。
『青山246深夜族の夜』と題されたCDアルバムのなかに、
ほかならぬその野坂氏がゲストとして招かれ、往年の歌を熱唱しているのだ。
『マリリン・モンロー・ノーリターン』、『バージン・ブルース』、『黒の舟歌』、
そしてもう一枚の私の愛聴レコード、
“分裂歌草紙”に収められている、『終末のタンゴ』──。
むろん、野坂さんが倒れる前の録音に違いないが、
いずれも名曲中の名曲で、かねてから何故こんな傑作がカラオケに入っていないのだと、飽きることなく抗議し続けてきた粒揃いである。
寡聞にして、CKBと野坂さんがどんな経緯で結びついたのかは知らない。
だが、時代の趨勢に押し流されて、
てっきり忘れ去られてしまったと思い込んでいた貴重な遺産が、
こんな形で後続の世代に受け継がれていることを知っただけでも、
世の中捨てたもんじゃないんだなと、独りで悦に入っている昨日今日なのである。
あ、余談だが、同じアルバムに収められた、
平山三紀のカバー『真夜中のエンジェル・ベイビー』がこれまた良い。
そんなこととっくに知っているよ、
それどころか最近ではヒップホップの若者たちも、
野坂氏をリスペクトしたカバーを発表していると、うんちくを述べる方は久しぶりに、
へえ初めて知ったという方はさっそくCDを手に入れて、
是非とも聴いてほしい逸品です。
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