牡丹亭と庵の備忘録

映像業界人の某が日々のあれこれを興に乗せて語る茶席風

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原作とシナリオと裁判

昨日、押尾裁判でにぎわう東京地裁の某法廷で、ひそかに別の判決が言い渡された。
 
主文 1 原告らの請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告らの負担とする。以上。

たったそれだけの文言のために、一年にわたって争ってきた裁判の、
拍子抜けするしかない結末だった。
 
発端は五年前、芥川賞作家絲山秋子氏原作の『イッツ・オンリー・トーク』、
(映画化の際のタイトルは『やわらかい生活』)の脚色シナリオをめぐり、原作者が
『年鑑代表シナリオ集』(日本シナリオ作協刊)に脚本を掲載することを拒否した出来事だった。
 
要は、自分の小説をメチャメチャにしたシナリオなんか認められないと
ゴネる原作者と、原作とシナリオは別の著作物だと主張する脚本家
および日本シナリオ作家協会が、被告・原告として争った訴訟だったのだが、
原告も被告も契約当事者ではないと、門前払いの肩すかしを食らったというお粗末だ。
 
ま、契約当事者同士でないことは百も承知で、
損害賠償金も“一円”とシャレのめして争ったのは、
そもそも“脚色シナリオ”は“著作物”そのものであり、
原作の“二次的産物”ではないと認めさせることが目的だったからなのだが、
どうやら裁判官には屁の突っ張りほどにも通じなかったようで……。
 
じつは、こういうトラブルは日本映画に限った話ではない。
有名なところでは、小説界の巨匠スティーブン・キングが、
こちらは映画界の巨匠スタンリー・キューブリックと、
『シャイニング』の映像化にあたって、
決闘寸前にまで至る大喧嘩を繰り広げた派手なエピソードがある。
 
出来上がったものに関しては、私自身、原作も映画も双方大いに堪能した記憶があるが、
巨匠同士のぶつかり合いの中では、どうやらことはそう簡単には運ばなかったようだ。
そこには殆ど宿命と呼んでもいいほどの、作家同士の“業”の軋轢が含まれていたのだと思う。
 
誤解を恐れずに言えば、シナリオライターは本能的に、原作を否定するところから出発する。
この原作はかなり良い、しかし自分ならこう書く。
そして、それは恐らく出来のいいシナリオを受け取った監督にも引き継がれていく、
同じ“業”のようなものだ。
このシナリオはかなり良い、しかしオレはこの通りには撮らない。
厄介なのは作家魂だと言わざるをえない。
 
私も古くはジョージ・秋山さんから始まり、赤川次郎さん、連城三紀彦さん、
五木寛之さん、村松友視さん、浅田次郎さん、夏樹静子さん、
弘兼憲史さん、手塚治虫さん等々、硬軟とりまぜて数多くの原作者の作品を脚色してきた。
幸か不幸かまだ大きなトラブルに出会った体験はないが、
それはたまたまのことに過ぎなかったのだといつも自戒している。
 
現に連城さんから、かつて次のような言葉を送られたことがある。
当時連城作品を交互に脚色していた畏友A(今回の裁判の原告でもある)と、
私の脚色姿勢を比較して言われた一言だ。
 
Aさんは原作を無視したふりをして、原作を生かした脚色をする。
Tさんは原作を生かしたふりをして、まったく違うドラマに脚色する。
 
言われた当時はどちらに対しても好意を示した批評であると、
勝手に決めつけて悦に入っていたのだが、
今回のような事態を見聞すると、
あれはひょっとして連城さん一流の痛烈な皮肉だったのかも知れないと、
遅まきながら胸を衝かれた気がする。
 
ただ一点だけ自己弁護させてもらうなら、どんな原作に対したときも、
原作者が最も大切にしているであろう“思いの丈”については外した覚えはない。
それに乗れないケースでは、きっぱりと仕事を断っている。
(その思いが伝わるかどうかは、一に原作者の器量にかかっているし、
正直、時々は食うために意に染まない脚色を引き受けることもあるが……。
 
エゴの塊のような作家同士がもし連帯できるとすれば、そこを置いて他にない。
そしてときに出合い頭のように、原作を超えたシナリオができ、
シナリオを超えた映画ができる幸福な瞬間が訪れる。
そのめぐりあいの一刻を求めて、落伍者たちはそれでも映画を作り続ける。
 
じつはかく言う私にも、一本だけ原作者としてクレジットされた作品がある。
宇崎竜童監督の『魚からダイオキシン』──。
その初号試写に対したときの心境を正直に告白すると、
セリフも設定も確かに原作者の意図にそって演出されているのだが、
終始奇妙な違和感を拭えなかった。
 
自分の思い入れとは別の次元で、遠く手を離れてしまった恋人を見つめていると言えば、
少しは感じが分かってもらえるだろうか。
 
今回の騒動はそんなことは次元の違う、一見、論理を争っているようでありながら
そのじつ感情をぶつけ合っているだけという感が抜けないでもない。
本当は、お勉強ばかりしてきた裁判官には分からない、
深遠な問題を含んでいたはずなんだけどね。
 
というところで、訴訟にかかる費用は全部原告持ちということは、
私がシナリオ作協に供託している、著作権使用料の一部も使われるわけだ。
異議申し立てをするのか控訴をするのか、いずれにしてもこのままじゃ済まないぞ。

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