牡丹亭と庵の備忘録

映像業界人の某が日々のあれこれを興に乗せて語る茶席風

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九年前の9・11

その日、私は日比谷にあるTテレビの会議室で午後から夜にかけてを過ごした。
翌年の一月から始まる昼の帯ドラマ、
『母の告白』の(私の担当する週の)第一稿が出来上がり、長い打ち合わせをしていたのだ。
 
名にし負う、ドロドロ路線で知られるその時間帯の骨格がまだつかめず、
よくも悪くも上品なホンを書いてしまったために、かなりの軌道修正をしなければならなくなり、
ああしようこうしようの直しの話が、思いがけず長引いてしまったのである。
 
後に強烈キャラとして、一部好事家の話題を集めることになる“佐代子”
(山下容莉江さんが怪演)は、この時点でまだ、ちょっと意地の悪い小姑といった
キャラクターしか与えられておらず、私自身も昼帯らしい展開に持っていくには
どうしたらいいのかと、かなり悩んでいたことを記憶している。
 
で、出た結論はあざとく行こう、
エグイ展開こそこの時間帯の視聴者の望むところ、
もっとずっとテンション高く遊ぼうではないかというコンセンサス。
 
じつはその意味が理解出来て、本当に乗ったホンが書けるまでには、
まだ一カ月ほどを要することになるのだが、
ともかくも私は最終に近い新幹線で、やや自信を喪失した状態を引きずりながら帰宅してきた。
 
と、珍しく玄関まで迎えに出てきた家人が、開口一番
「ニューヨークで飛行機がビルに突っ込んだみたい」と青ざめた顔で言う。
とっさに思ったのは、個人の操縦するセスナ機か何かが、
操縦を誤ってどこかのビルに衝突したのだろうということだった。
 
で、二階に上がってきて点きっぱなしのテレビを観た途端、文字通り愕然となった。
あの貿易センタービルの一棟が、激しく炎上している。
ライブ録画で流れる画面には、
まぎれもないジャンボ機が、一直線に突っ込んでいく映像が繰り返し再現されている。
 
何なのだ、これは……と口に出した瞬間、
二機目が激突するライブ映像が飛び込んできて、ハッキリ“テロ”だと直感した。
 
いや、後になってそう思うだけで、じつは“悪意”と表現した方がより正確な、
得体のしれない巨大な意志を感じていたような気がする。
 
そこから先のテレビ映像は、まさにこの瞬間世界の終末が訪れるのではないかと震撼させる、
地獄絵そのものだった。
全米で十数機の飛行機が所在不明、国防省が炎上中、すべての空港は閉鎖。
そして、間を置かずに大崩壊していく二棟の超高層ビル──。
 
そのリアルタイムのカタストロフィの中で、
私はついに核のボタンが押されるときが来たと覚悟した。
どこにミサイルをぶち込むのかは分からないが、アメリカならやる、ブッシュならやる。
そして、その核の連鎖はやがて日本をも巻き込む。
 
そうか、オレはこんな風にして死ぬために、今日まで生きてきたのかと
暗澹とした気持ちに襲われたのだから、ずいぶんと思い詰めていたものだ。
 
その後の展開については、いまここで論評するスペースも洞察力もないが……
一週間後、私は何とシメキリ通りに、『母の告白』第五週の決定稿を書き上げていた。
 
世界が破滅するかもしれないときに、男と女が滑っただの転んだだの、
AID=非配偶者間人工授精がどうのだと、こんなお話を書いていていいのだろうか。
そんなことを思いながら仕上げたエグイ物語は、思いのほか評判がよく、
(期待したほどの数字は稼げなかったものの)いろいろなところで
思いがけない賛辞を貰うことになったのだから、考えてみれば皮肉なものだ。
 
いささか不謹慎な稿になってしまったが、それ以来毎年9月11日が訪れると、
現実の極限と虚構の極限という、アンビバレントな事象のなかで、
結局は明日の糧を得るための筆を走らせていた自分を思い出してしまうのである。

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