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神奈川県のへき地に隠遁して数年、
中央の騒々しさとは無縁の生活を送る身に、
茶室を造らないかという話が持ち上がったのは何年前のことだったか……。
きっかけは当地の市民会館で催されたイベントに、
知り合いの棟梁 I さんが廃材で造った茶室を出品したことだった。
(そのときの画像が上の写真)
I さんは木に対するこだわりを強く持ち続けている大工さんで、
古い民家を解体するたびに、
処分するには忍びない廃材を持ち帰って倉庫に保管していた。
見てのとおり、この茶室はその廃材を利用して造られたものである。
その展示室でお茶の接待が行われ、
一応宗匠の資格を持つ家人が、お客に一服差し上げる役を務めたのだが、
イベントも終了していざ解体という段になり、
誰からともなく勿体ないからどこかに再建出来ないかという話になった。
そこで白羽の矢が立ったのが、我が家の庭だったというわけだ。
何せ辺境の地のことゆえ、貧乏暮らしの割りに敷地だけは広さを誇る。
隣家との境で雑草の巣になっている元野菜畑が、
すぐさまその候補地として選定された。
いわば、只で茶室を移築しようというおいしい話である。
茶道の素養などまるでない私も、面白そうだなと手もなく計画に乗った。
とはいえ、展示された茶室は、会館の屋内ロビーに設営された簡易的な建物である。
まず水屋を増設しなければ、実用的な茶室としての体をなさないし、
屋根もきちんと雨をよけられる本格的な造りにしなければならない。
で、水屋は I さんが所有する他の廃材を足して(一畳分)建て増しすること、
屋根は拙宅の親戚のYさんに、格安で銅葺きの作業をお願いするという線で解決した。
(茅葺きも考えたが、これは費用の面からもメンテの面からも無理という結論になった)
問題は壁である。
写真でもお分かりのように、展示茶室にはほとんど壁がなく、
わずかに二面を覆う壁も、じつはベニヤに布を貼り付けただけの仮のものである。
建物の性格上、ここはどうしても土壁でということになるのだが、
これがなかなかに難題なのだ。
まずこの辺りには土壁に向くいい土がなく、
常識的には京都辺りから取り寄せることになるのだが、
その目を剥くような値段もともかく、
今どき土壁塗りを請け負う左官屋さんがいない。
どうしたものかと頭を抱える私と家人に、I さんがふと漏らした一言が、
その後の思いもかけない楽しくも苦しい作業の発端になった。
土壁というのは唯一リサイクルが効く建材で、
昔は家を建て替えるときには、前の家の壁を砕いて再利用したらしいんです。
そうした方が、新しい土を使うよりずっと馴染んで効率もいいと言うんですから、
日本人の知恵は大したものだというか……。
「待てよ」、頭の片隅にピンと響くものがあった。
死んだ親父の実家が九州の熊本にあって、
もう三十年ほど廃屋の状態で放置されている、
その古民家の壁が確か土壁だった記憶がある。
子供の頃、夏休みになるとその田舎の家に預けられて、
暗く湿った農家のたたずまいに何やら嫌気が差したものだが、
そうか、そんな使い方があったのか。
これはいけるかもしれない。
さっそくその廃屋を管理する従姉に連絡を取って、わけを話してみたところ、
そりゃあご先祖様も大喜びだ。
そろそろあの家も解体しなければと思ってたところだし、
いくらでも持って行ってくれ。
ついでに解体費用も負担して、材木も全部持って行ったらどうだという返事。
やや虫の良い申し出は丁重にお断りして(笑)、
とりあえず近い内に、壁をいただきに参上しますからと電話を切った。
塗りの作業はプロの手を借りる間もなく、自分たちでやればいい。
別に国宝“待庵”や“如庵”のような本格ものを造るわけじゃなし、
デコボコ壁でもその方が自分たちらしくて面白い。
有志を募れば何とかなるだろう。
こうして、遠く九州の片田舎から、千数百キロを隔てた神奈川の地に、
我が本家の壁を移動するという
前代未聞のプロジェクトが始まったのだが……。
涼しくなったら新しく知り合った仲間との茶会を催すべく、その詳細は明日の回に。
(過去ログより再録)
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