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千数百キロの遠距離をワープしてきた700㎏の土塊。
これを元通りの土壁に復元するのには、まだいくつもの過程を通過しなければならない。 まずは、とりあえず何でもいいからと力任せに掻いてきた土の固まりを、
パウダー状に粉砕するという作業が待っている。
700㎏の土塊を何回にも分けて、根気よく叩き潰していくのである。
ここでもまたゲンノウが活躍することになる。
他にも木槌、それ用に加工した角材などを適宜使い分けながら、 来る日も来る日もただトントンと、黄土色の固まりを粉にしていく単純作業が続く。
ある程度粉砕したところで、今度はそれを篩(ふるい)にかける。
網の上に残った藁スサを選り分け(この藁も後の壁塗りに再利用される)、
まだまだ粗い土塊をさらに細かく砕いて、また篩にかける。
さて、そんな間にも壁土を塗るための下地、竹木舞の製作が平行して進んでいく。
竹木舞(または竹小舞)とは、塗り込める壁土が重力で剥がれないように、 一定の面積で土を固定していくための土台の役割を果たすものである。
そんなところに嬉しい知らせが飛び込んでくる。
西湘随一の腕を誇ると評判の左官の親方が、修行時代に土壁塗りを体験しており、
何十年ぶりの作業になるが、面白そうだからボランティアで指導してやると請け負ってくれた。
棟梁の I さんがそんな朗報を持ってきたのだ。 ほどなくその親方Hさんが我が家を訪れ、
「これはいい土だ」と感心しながら、半日をかけて“土練り作業”をやってくれた。
ちなみに、同じ日に遊びに来たネッ友Aさんがやってくれたのが、以下の作業である。
国宝級の本格的な建物では、ここから一年間土を寝かせるのだという。
だが、なんちゃって茶室の類で、そこまで凝ってもあまり意味はない。 こうして、我が熊本本家から壁土を掻いて来て以来、
約三カ月の準備期間を経て、茶室造営というひょうきんなイベントは、
一週間後に中盤戦のハイライトである『壁塗り作業』その1の“荒塗り”を迎えることになったのだった。
以下(4)『壁塗り隊が行く』へと続く。
※写真は完成した“杜庵”の内部と、俳優の小倉一郎さんが揮毫・篆刻してくれた“扁額”。
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