牡丹亭と庵の備忘録

映像業界人の某が日々のあれこれを興に乗せて語る茶席風

過去の投稿月別表示

[ リスト | 詳細 ]

全5ページ

[1] [2] [3] [4] [5]

[ 次のページ ]

ラブ・イズ・オーバー

倭の奴の国の女より 白髪三千丈四千年の元カレへ送る歌
 
仏教伝来ありがとう 遣唐使ありがとう 漢字文化ありがとう 元寇ありがとう
文化大革命ありがとう 愛国無罪ありがとう 偽物文化ありがとう 毒入り餃子ありがとう
 
でも……
 
先日の稿『秋の彼岸の墓参り』に関する、興味深いホームページを見つけた。
 
(佐賀の歴史・文化お宝帳〜大應寺比翼塚)
 
文中に江副美子とある女性が私の母の姉、つまり伯母に当たる。
その夫江副次郎は正確には母のいとこ違い、(母の)祖母の弟の息子で、
私にとっては、伯従父(はくじゅうふ)という係累になるのかな?(間違っていたらご容赦を)
 
戦後生まれの身のこととて、もちろんこの二人に会ったことはないが、
この“比翼塚”にまつわるエピソードは、“軍国美談”としてニュース映画に編集され、
全国の映画館で流されたと子供の頃に聞いた。
(どういうわけか、そのフィルムをビデオに起こしたものを手元に所持しているが、
まさに“軍国美談”を地で行く、戦時色の濃い大詠嘆調のニュース映像である)
 
さて、この“比翼塚”の存在はもちろん知っていたが、
機会に恵まれずまだ参ったことがない。
 
家族ごと当地を離れて幾星霜、
九州に行く機会も、まして佐賀に行く機会も滅多になくなってしまったが、
今度ロケの仕事でも作って、我が先祖にきちんと手を合わせてみたいと思っている。
 
葉隠の下蔭ふみてをとめ汝(なれ)武士(もののふ)の道をゆきにけらずや
 
(遺稿集 『散りにし魂』より 題歌 佐佐木信綱)

秋の彼岸の墓参り

イメージ 2イメージ 1
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
今朝は起き抜けにまず彼岸の墓参りを済ませてきた。
 
写真はその我が母方のご先祖様たち。
二枚の写真の間には五〜六年の歳月が流れていると思われるが、
その間の I 一族がたどった運命がかいま見えて、不肖の子孫としては忸怩たるものがある。
 
左の写真はおそらく昭和10年ごろの一葉で、末っ子だった私の母親を真ん中に、
曾祖母(会ったことはないが、佐賀龍造寺藩剣術指南の家系を誇りにしていたと聞く)
祖父母(同じく佐賀蓮池藩の武士の末裔)
長女夫妻、次女、三女、
旧制の修猷館中学に通っていた長男、同じく佐賀中学に通っていた次男
の伯父伯母等、一族十人がどこか気取った様子で写っている。
 
右の写真はそれから数年後、おそらく昭和15〜16年ごろの写真になる。
 
高等女学校に進んだ母親の前に曾祖母の姿はなく、この間に世を去ったことが窺える。
そして次女の姿もない。
写真でしか顔を知らない私の伯母は、昭和13年に戦死した婚約者の後を追って
鉄道自殺を遂げたのだ。
 
そしてともに旧制の中学生だった男兄弟は
兄が江田島の海軍兵学校、弟が相武台の陸軍士官学校の生徒に変身して写っている。
その兄は海軍航空隊のパイロットとして後にトラック島で戦死、
弟は陸軍航空隊のパイロットとして特攻任務に当たるが、沖縄に不時着して帰還、
戦後家族をもうけるが訳あって蒸発、そのまま帰らぬ人となった。
 
祖父母はもちろんとうに亡く、この二葉の写真の中で生きているのは
三女だった伯母(もう卒寿だと聞く)と、末っ子の私の母親だけになってしまった。
戦死した伯父の骨、行旅死した伯父の骨はともに墓にはない。
遠く太平洋の海の藻屑と消えた(ついに会うことのなかった)伯父に向かって、
風貌がよく似ていると評される甥っこは、先祖代々の墓とは別に粛然と合掌するのみである。

全5ページ

[1] [2] [3] [4] [5]

[ 次のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!
話題の新商品が今だけもらえる!
ジュレームアミノ シュープリーム
プレゼントキャンペーン

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事