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「さまよえる泉州人」のブログ
アレも阪和線、コレも阪和線。みぃ〜んな阪和線!時々貨物・・・なブログです。どうぞお見知りおきを。

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真夏の夜の夢

皆さん、こんばんわ。
13連勤2連休10連勤休み2連勤2連休」(もちろん残業付)はさすがに心身共に応えるわぁ〜、な歳になったんだと身に染みる「さまよえる泉州人」です。(嘆)
鉄活はおろかブログ更新なぞする気も起きないほど。なんかほったらかしのまんま、前回8月20日の更新から早や一ヶ月が経とうとしております・・・。
実はこの記事も8月24日から作り始めたものの、その後まったく手つかずのまんまだったのを今朝方から手を入れ始めた始末。「今日こそは!」とたった今まで掛りきりでした。

昨夜は台風18号の直撃を受けて夜半は大荒れのお天気模様だったわけですが、幸い何事もなく無事。今朝は見事な秋晴れとなっています。
ただ全国的には風雨水害によって大変な状況になっているところも多数見受けられ、被害にあわれた方々のご無事を祈り、謹んでお見舞い申し上げます。

さてさて今回も前回の続きでして、阪和線(本線系統)103系終焉・見届け記を綴ってまいります。
前回はダイヤ訂補前日7月28日、正式運用上のラストデイを取り上げたわけですが、おさらいするとこの日。A21運用HK609が、A23運用HK603がそれぞれ充当されていたわけです。
A21運用は日根野帰着運用だから良いとして、問題はA23運用に入っていたHK603の動向です。
A23運用は3695Hで和歌山到着後、新在家に入庫。翌29日は土曜日でしたから、A24の流れだと夜半3700Hまで新在家でお昼寝のパターン。
噂ではこの29日が日根野区103系ラストランとは耳にしていましたが、一方、新在家で昼寝しているぐらいだったら225系6連に差し替えるのでは?という疑念も正直拭いきれませんでした。
半信半疑のまま29日は仕事。幸いこの日は仕事量も思ったほど多くなかったので、定時で退社させてもらい、一旦帰宅。そそくさと夕食を済ませ、カメラを用意してとりあえずは和歌山駅に向かいます。
和泉砂川20:52発・和歌山21:11着の2181Hに乗ったわけですが、車中、カメラや三脚を持った鉄らしい人たちを数人見かけ、「やっぱり走るんだ・・・」と。
そして和歌山に到着する際に見たのは、1番線ホームで待ち構える幾人もの撮影者!
ようやく確信に変わりました。
2・3番線ホームの表示も「普通 〇1〜6 21:48 天王寺」間違いありません。
到着後小生もそそくさと1番線に移動。先着の方達に交じって暫しの待ち。やがて3700H出発時間20分前となった時、天王寺方から見慣れた光芒が現れました。

いまや阪和線の車輌は腰ビーム2灯の車輌ばかりとなりましたが、前面ガラス上方に輝く遠目には1条にも見える灯りは間違いなく、長年にわたり見慣れた103系の灯すヘッドライトでした!

以下、順を追って当日の3700H〜719Hの写真をアップしてまいります。

 ※よろしければ拡大してご覧ください。どうも以前にも増して、圧縮画像の色が綺
  麗にでないのと、鮮明さに欠けるような気が・・・



イメージ 1
入3700H便 A64 HK603  和歌山
闇に浮かぶ灯りが少しずつ近づいてきて、やがてハッキリと姿が判るように・・・。
HK603が最後のお勤めを果たすべくやってきたのでした!
運用表示は「A64」。つまりダイヤ訂補後の225系6連・日区64運用なのでした。
この日は「代走」という扱いでラストランを務めるという事ですね。

イメージ 2
3700H A64 HK603  和歌山
和歌山駅2番線に身を滑らせ、最後の務めを果たすべく、静かに出発の時を待ち構えるHK603

イメージ 3
3700H A64 HK603  和歌山
せっかくなので駅名標と時計を組み合わせて一枚!と思ったんですが、思った以上に露光差が・・・。

イメージ 4
3700H A64 HK603
和歌山

切り取り方を変えて、もう
一枚。
和歌山駅でこの光景を見る
事が出来るのもこれが最後
なのかと思うと、感無量で
すね。




















イメージ 5
3700H A64 HK603  和歌山
体改30車Tc797側ばかりだとアレなんで、体改40車側のTc804側からも一枚。
編成サイドに映り込む出発信号の「赤」が眩ゆく輝きます。やがてそれが「青」に変わるとき・・・。

イメージ 15
 3700H A64 HK603
 和歌山

 3700Hに乗車すべく移動
 する際に、跨線橋からも
 一枚。























イメージ 6
3700H A64 HK603  和歌山
この青い電車もこの日で見納め。でも一般の方々は左の青い電車が明日からシルバーに変わろうとも、何も気づかぬまま毎日を繰り返し、やがて記憶の片隅からも消えていくのでしょうね・・・。

ここからは3700HのHK603に乗車して北上開始、向かう先は日根野。
和歌山ではおよそ30名にも満たない人たちが名残を惜しみ、そのうち幾人かが小生と同じように3700Hの車中の人となりました。
日根野までの車中、103系のコイルバネの感触を感じ、MT55のサウンドに耳にしながら揺られ揺られて・・・。
やがて紀伊を過ぎ雄ノ山に差し掛かるころ、一段と唸りを上げるMT55。トンネル内に響き渡るMT55の咆哮を味わえるのも(営業列車としては、です)これが最後です。

やがてHK603は日根野に滑り込み、小生はここで下車。後続の関空快速で鳳に先回り!するためなんですが、その理由は?


イメージ 11
3700H A64 HK603  鳳
和歌山駅入線の一枚、あまりにも暗すぎ。「追っかけしながら、駅停以外も撮りたいなぁ〜」と思ったら、やっぱ此処しか無いっしょ!って言っても、此処も思ったより結構暗いのね・・・(嘆)
というわけで、鳳下りホームからも一枚狙ってみました。
このあと振り返って駅停も撮りましたが、それは前回記事とあまり変わり映えしないので、載せてません・・・。

ここで待避の快速で今度は天王寺に再度先回り!車内では偶然?(必然!だったかも・・・笑)以前からお知り合いのある方に、バッタリお会いしました。
彼の方達(お連れ様とご一緒されてました)も、この後天王寺→日根野と向かわれるとの事で、「あぁ、考えることは同じですね!」とお互い顔を見あって、思わず笑ってしまいました(笑)
移動の車中に聴いた話によると、鳳駅ホーム上で話していた女性運転士さんとそのお友達(?)の会話中、「今日で”マルサン”も終わりだからね」の言葉が有ったとのこと。
恐らく夜中に(小生も含めて)、カメラを持った輩が多数ウロウロしていたのを見て、お友達の方が訪ねていたんだろうと推測されますが。
”マルサン”も終わり」というフレーズに、「あゝ、やっぱり今日で本当に終わりなんだ・・・」との思いをあらためて実感します。

そんな思いを胸に先回りした天王寺駅の8・9番線ホーム。此処でもやはり待ち構える人・人・人。
そんな人たちを見ながら、小生、決めていたお出迎えアングルの場所にへそそくさと。誰もいない頭端で待ち構えていると、他の方達も三々五々集まってきました。
やがてアナウンスと共に彼方の方から、見慣れた前照灯の灯りを煌々と灯して・・・、


イメージ 7
 3700H A64 HK603
 天王寺8・9番ホーム

 天王寺8・9番ホームに滑
 り込んできたHK603
 小生が待ち構えている頭
 端こそ幾人もの撮影者が
 集まっていましたが、そ
 れ以外は思いのほかの静
 けさ。
 乗車列車を待ち受ける人
 達の姿もまばらでした。

















イメージ 8
 719H A64 HK603
 天王寺

 これで本当に最後となる
 営業列車の準備を整える
 HK603
 なのに行先種別表示幕は
 なぜか「区間快速 日根野」
 に。
 他編成と比較して誤幕が
 多かったHK603編成。
 せめて有終の美を飾る為
 にも、ガンバレ!
















イメージ 9
719H A64 HK603
天王寺

こんな深夜でも人波の途切
れることの無い平日と違って、土曜の夜はいたって平
穏。
帰宅の途に就く人々も思い
思いの車輌に吸い込まれて
いきます。



















イメージ 10
 719H A64 HK603
 天王寺

 振り返ってもう一枚。
 こんな深夜にも関わらず
 女性客が多いのは、百貨
 店やショップ勤めの人達
 が多いからでしょうか?
 深夜までご苦労様、お疲
 れ様でした・・・。



















イメージ 13
719H A64 HK603
天王寺

ここでも駅名標と案内表示
と組み合わせて一枚。
とよくよく見たら、HK603
の行先幕、今度は「新快速
和歌山」になってる・・・。

阪和電鉄時代の面影を色濃
く残す阪和線ホームでのこ
の光景も、これが本当に最
後かと思うと胸にグッと迫
るものがありますね。















ここからはまたHK603車中の人となり、鳳まで乗車。
終点まで揺られて名残を惜しむという知人とは鳳で一旦別れて、後続の快速で日根野に先回り。
途中東貝塚に差し掛かったころ、ふと外を見ると雨が。予期もしなかった雨は別れを惜しむ「涙雨」だったのでしょうか・・・。
やがて日根野に到着。しかしここで後を追いかけてくるHK603を待ち受けるのは、小生とあともうお一人様のみ。

だんだん激しくなってくる雨音を聞きながら、最後の瞬間を待ちました。


イメージ 12
 719H A64 HK603
 日根野駅構内跨線橋

 「溢れ出る涙を隠す為?」
 と思えるほどの激しい雨
 のなか、49年に亘る様々
 な思いを抱いて、その歴
 史の終着駅にたどり着い
 た阪和線の103系
 とてもその輝かしい、そ
 して誇りある活劇の幕が
 降りる瞬間とは思えない
 程淡々としていたあっけ
 ない幕切れに、かえって
 いかに日常に溶け込んで
 いたかが伺えました。
 お出迎えも結局小生と、
 あともう御一方のみ。
 そして天王寺から乗り通
 してきた知人のみ。
 あの喧騒がウソのようで
 す・・・。







イメージ 14
入3700H便 A64
HK603
日根野駅2番線

余韻に浸る間も無く、直ち
に庫へと向かうHK603
つい先ほどの激しい雨もい
つの間にか小降りに。
そして(恐らく)二度と見る
ことの出来ない光景を、テ
ールサインが彼方に見えな
くなるまでお見送り。
こうして阪和線における歴
史の一ページがまた一つ、
幕を閉じました。


 













以上、いかがだったでしょうか?
この日のHK603が務めを果たした3700H〜719Hをもって、ヨンサントオ改正に合わせて新製投入された103系6連×4本によって、1968年(昭和43年)10月1日ダイヤ改正からスタートした阪和線における103系の歴史は第一ラウンドが終了したわけです。
途中配属区が鳳から日根野にこそ変わりましたが、49年弱もの長きにわたって第一線で活躍し続け、しかも特筆すべきは民鉄ならいざ知らず国鉄→JRの大量輸送通勤路線ではまずありえない、新製から一貫して49年間もの間走り続けた車輛がいまだ現存しているという事実が、阪和線という路線に一層特別感を与え続けていることです。

おさらいとして新製投入された103系を。

 ←天王寺   Tc103+M103+M'102+M103+M'102+Tc103  和歌山→
         115 ・ 190 ・ 345  ・ 191 ・ 346 ・ 116
         117 ・ 192 ・ 347  ・ 193 ・ 348 ・ 118
         119 ・ 194 ・ 349  ・ 195 ・ 350 ・ 120
         121 ・ 196 ・ 351  ・ 197 ・ 352 ・ 122

 (製造は全て近畿車輌、落成はS43.8.22・8.31・9.9の3回に分けて。落成順は
  必ずしも編成通りでは無い)

このうち、Tc103-115&116が現在もHK610編成に組み込まれているのは皆さんもご存じのとおり。この2輌はS43.8.22落成ですから、このブログを書いている段階で既に満49歳なわけです。
ちなみに小生、昭和42年生まれの現在満50歳。そしてこの阪和線沿線に移り住んできたのが、昭和43年4月。ほぼ同世代といっても過言ではないでしょう。
これで小生が特にこの2輌に思い入れを深く抱いているかが、また103系に愛着を持っているかが少しでもお判りいただけるかと思います。

一方、このラストランを務めたのがHK603編成だったというのも、ある意味もっとも阪和線らしかったかもしれませんね。
遠く阪和電鉄買収国電に国鉄制式の形式番号モハ20系を与え、戦前型省電いわゆる旧国と混成。
また戦後型であるモハ70系スカ色戦前型朱色凸凹コンビを組んで走っていたりと、なにかにつけスマートではない珍妙な編成が、ここ阪和線では当たり前のように走っていました。
その系譜は現在にも引き継がれ(?)、なんと223系というJR世代の車輌が同形式とは言え、0・100番台2500番台が入り乱れて組成されたその姿は、まさに凸凹コンビ!同一編成中での凸凹は他所でもそうそう見られるものではありませんね。(なぜか特急車輌によく見かける気がするんですが・・・)
その姿を体現したHK603編成によるラストラン。これもひょっとすると日根野区の方々の粋な計らいだったのかもしれません・・・。
なにはともあれ、阪和線における103系の第1章はこうして幕を閉じました。
残すところは、羽衣線で活躍が続くHL101&102ならびに予備車の予備車となっているHJ407改の動向ですね。
こちらも鳳・東羽衣両駅の4輌編成対応工事は終わっていて、時間の問題となっています。
運用離脱後のHK編成の動向と合せて、じっくり見守ってまいります。

というわけで、今回はこんなところで。
ではまた。


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