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「さまよえる泉州人」のブログ
アレも阪和線、コレも阪和線。みぃ〜んな阪和線!時々貨物・・・なブログです。どうぞお見知りおきを。

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皆さん、こんばんわ。
「猛暑」に「酷暑」・・・。どんな表現でも構いませんが、「冷房はあまり好きじゃない・・・」と普段言ってることを撤回。公休日の今日、自宅で身体を休めている「さまよえる泉州人」です。


すでに2週間以上が過ぎてしまいましたが、先般西日本各地を襲った豪雨。
岡山・広島・愛媛を始め各地に様々な災害をもたらし、200人以上もの方々が亡くなられ、また未だ行方不明の方々が多数・・・。
さらに被災された方々の置かれた状況には、言葉を失ってしまうほどのものが今なお続く現状があります。
亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。また、行方不明となられた方々が一刻も早く見つかることを、そして、被災された皆様の日常が少しでも早く戻ることを願います。

実は小生も微力ながらも少しでもお役に立つことが出来ればと、先日15・16日の連休にボランティア活動に参加してまいりました。
向かった先は、岡山県倉敷市真備町です。
以前にも何度かこのブログに書いたと思いますが、小生の母方の祖父母が倉敷市西阿知に居た関係で、倉敷とその周辺地域は何かと縁の深い場所でもあります。
親戚も玉島や茶屋町、妹尾そして笠岡などに居たため、幼少の頃からなにかと入り浸っていたのが実態でもありまして、今回の豪雨災害で甚大な水害被害に遭った真備町も、幼少の折、幾度か訪れた場所でした。
そのような経緯があったものですから、今回は真備町にてお手伝いさせて頂いたわけですが、現地に伺うと報道などで知るよりももっともっと、目を覆いたくなるようなその凄まじさに思わず息を飲み込んでしまうほど・・・。
自然の恐ろしさ、そしてちっぽけな我が身の存在に、無力さを思い知らされました。
そこで日常を取り戻すべく黙然と復旧に取り組まれる地元の皆様方、そして全国から集まられて支援に携われていらっしゃる大勢の方々、その姿に、お手伝いにと伺ったはずの小生までが力づけられた気がしております。
昨今、地震を始め豪雨・豪雪・噴火等々、列島各地にもたらされる災害が後を絶ちませんが、これからもお役に立つことが出来ればと誓い、またいつかこのような災害がもたらされなくなる日を願って現地を後にしました。


さてこんな時に、と一度は躊躇いたしましたが、今回は小生が幼少の頃親しんだ倉敷界隈をひとつ。
昨年11月に運行された「倉敷なにわ」を取り上げてみます。
11月25・26日に倉敷観光のために運行された「サロンカーなにわ」ですが、25日の往路は出かけることが出来なかったものの、翌26日の復路は当初より計画を立てて撮影に臨みました。
この時はあらかじめ撮影テーマも決めてプランニング。
そのテーマは「少年の心」。
今を遡ること数十年前、新幹線がまだ新大阪あるいは岡山までしか開通していなかった小生の、幼少の頃に慣れ親しんだ懐かしい光景を思い出させる、そんなシーンを再現してみようと試みたものです。

この「倉敷なにわ」
現在岡山駅では機回しが不可とされているため(構造的には出来ますが・・・)、岡山区を出庫した「サロンカーなにわ」倉敷から大阪方面に向かう乗客を乗せるためには、まず瀬戸へと向かい、そこで折り返して里庄へ、さらに再度折り返して倉敷に向かうという、なんとも煩雑な工程を踏まえなければならなくなっています。
これは小生のような撮影する側からすれば、瀬戸−里庄間で都合2〜3回シャッターチャンスがある!という、願ってもない展開でもありました。
ただ情報に疎い小生、この回送列車の運転時間がハッキリとは分からなかったため、当日は新幹線で岡山入り。
まだ回送列車が動いていないのを確認したのち、新幹線の岡山到着直前に見られる、山陽本線旭川橋梁へと急ぎます。
小生幼少の頃には当然ながら存在しなかった西川原駅が出来て以来、この旭川橋梁へのアプローチは各段に便利になりました。
案の定、光線状態は決して良くはないものの、曇天だったためか線路脇の堤防には三々五々、撮影者の姿が。
もっともへそ曲がりな小生、皆さんがいらっしゃる場所には目もくれず、目指すは県道96号線の岡北大橋
通常ならまともに逆光を喰らう場所でしたが、曇天を幸い、捉えたのが☟のカットです。



イメージ 1
回9330ㇾ EF651133+「サロンカーなにわ」7車  2017.11.26 岡山−西川原
子供の頃、幾度となく訪れた岡山城・後楽園。それを遠目に眺めることの出来る場所!ということでやってきたわけですが、列車全体を映し込み、なおかつ烏城天守閣をというのはさすがに見通しが甘すぎました・・・滝汗。
写真を拡大していただいても、米粒ほどの大きさにしかならないぐらい、広角レンズで狙うのは無謀だったようです。
いつここを通っても常に穏やかな表情を見せていた旭川。新幹線博多開業前には一日あたり実に数多くの客車列車・荷物列車が往来していたこの場所も、列車本数こそ当時より増えこそすれ、短編成の115系や213系などが駆け回るようになり、このように客車列車を目の当たりにする機会はめったに訪れなくなってしまいました・・・。

ここでの撮影を済ませた後は速やかに次の目的地へと移動。
その次の目的地とは・・・?
小生が幼少の頃、数知れず通い、行き交う列車をひたすら眺めながらつくし採りなどをして親しんだ、高梁川橋梁付近です。
西阿知駅で下車、そこからひたすら西へと歩き、幼き頃とはすっかり様相の変わった祖父母が住んでいた家周辺を通り抜け(萩原のあたりで、水島へと抜ける道路が出来た時に祖父母の家宅もわずかながら移転となり、面影がほとんど残っていません・・・)
山陽本線のガードを潜ってたどり着いた高梁川の堤防。
久しぶりに訪れたその場所から眺める景色は、幼少の頃とは大きく変わらないまま、眼前に広がっていました。
そこで待つこと暫し、やがて時間となり、やってきた「サロンカーなにわ」の姿を捉えたのが☟、



イメージ 2
回9337ㇾ EF651133+「サロンカーなにわ」7車  2017.11.26 西阿知−新倉敷
堤防下に立派な邸宅や蔵は、お色直しなど装いこそ美しくなってはいましたが大きく変わることもなく、なんとも懐かしい景色に正直すこしばかり目頭が熱くなりました・・・。
人間、歳をとるとなんとも涙もろくなるものですね。
その変わらぬ景色の中を颯爽と駆け抜けていくEF65PF+「サロンカーなにわ」の姿に、当時飽きることなく目で追い続けたEF58+旧客の寝台急行群や、EF65PあるいはPF率いる『綺羅、星の如き!』ブルートレインなどの姿を重ね、眩さを感じてしまったのは、小生にとってごく自然なことでした。

ここでの撮影後、折り返してくるまで時間があったので、一旦折り返し駅の里庄へと向かいました。
ここでは多数のファンや地元の方々が、その美しい姿に飽かず眺められ撮影をされていましたが、小生は機回しを見てスナップを幾枚か撮影したのみで、再び西阿知駅にとんぼ返り。
ここで最後の撮影を試みます。
それが☟、



イメージ 3
回9332ㇾ EF651133+「サロンカーなにわ」7車 2017.11.26 西阿知
特急・急行や貨物列車がはばを利かせ我が物顔で闊歩していた時代、普通列車の方が本数も少なく?肩身の狭い思いで走っていた頃、列車到着5分くらい前までは改札が始まらずホームに入ることは出来ませんでした。
今はもう見ることが出来ませんが、立派な大理石造りの改札ラッチがあって、駅員さんが切符に入鋏あるいは回収する姿がとても厳かな儀式に見えたものです。
そうやって構内に入ってホームに通ずる地下通路を潜る前、あるいは列車から降りて通路を潜り抜けた時に、タイミングよく上り列車が通過していくのに出くわしたときの興奮は今でも忘れられません!
時に汽笛を響かせながら、轟音と共に駆け抜けていく優等列車群(電車・気動車も含めて)の、なんとも逞しいそのカッコ良い姿はは少年の心に強く刻まれました。
それを思い描いてイメージした一枚。これも通常なら逆光で撮影しがたいカットだったのですが、晩秋の早く訪れる夕暮れに浮かび上がる姿は、まさにあの頃と変わらぬ光景でした。
少年時代に戻ったかのような錯覚を憶えた一日、帰りの新幹線車中は興奮冷めやらぬ自分と抜け殻になったかのような自分とが交錯して、口にしたビールの味はいつもより一層ほろ苦く感じたものです。

以上、いかがだったでしょうか?
この一ヶ月余り、鉄活もごくごく限られたものしか行わず、また、先述の災害に心を痛め、僅かばかりの行動に出たわけですが、ブログを書く気にもなかなか成れない中、ふと思い立ったのがこのテーマでした。
小生の第二の故郷といっても過言ではない倉敷。
倉敷といってもとても広いですが、そんな故郷を思い浮かべるとき、そしてまた輝かしい故郷の姿が甦ることを願う時、小生はきっと幾度となくこの光景を思い起こすでしょう。
こころ穏やかにまたこの地を訪れることが出来る日が、一日でも早く訪れることを願いつつ・・・。
今回はこんなところで。
ではまた。


皆さん、こんばんわ。
先週そして今日、と貴重な日曜休みにもかかわらず、疲れが取れないまま一日を無為に過ごしている?「さまよえる泉州人」です・・・。

先日、そう6月18日の朝、大阪府北部を震源とし近畿一円を襲ったあの地震。
このブログを御覧になられていらっしゃる皆様、そしてご家族や御身内あるいはご友人の方々はご無事だったでしょうか?
家屋の損壊あるいは日常生活用インフラの断絶など、被災された方々のご心労さらにはフィジカルな面におかれましてもご苦労はいかばかりかとお察しいたします。
そしてなによりもあの地震でお亡くなりになられた方々、ご冥福をお祈りいたします。
またケガをされた皆様、そして被災された皆様方。ここにあらためてお見舞い申し上げます。



今日は少し寂しい話題をひとつ。
阪和線から既に103系達が引退して久しいですが、運用離脱後すぐに廃車回送となったわけではないのは、皆さんもご存じのとおり。
また吹田に廃車回送となった編成もあれば、一旦宮原に疎開留置されその後吹田に。
さらには日根野から鳳や新在家に疎開され、新在家留置編成は一旦日根野に入庫ののち、吹田に。あるいは鳳から直接吹田に回送されてしまうケースなど、実に様々なパターンがありました。
阪和線に強い愛着を持つ小生。幾度も重ねられた彼らの阪和線からの別れの旅立ち。
ただ、小生、そのすべてを追ったわけでもなく、また正直なところ小生の思い入れの深浅や勤務事情によって、撮影に出かけた編成・撮影を断念した編成というように、対応が分かれたのも事実です。
そのあたりは何卒ご容赦を。

そのような前置きのうえで、小生が撮影した『お別れショット』を幾枚かピックアップしてみました。
また以前取り上げたHK610&604(その際の記事はコチラ)からも、現像手直しの上で各一枚ずつ再掲しましたので、併せてご覧ください。

それから、今回は小生の駄文もなるべく控えたつもりです。
ただただ写真を眺めていただければ。そこから小生の思いを少しでも感じ取って頂ければ、また、皆さんのそれぞれの思いを呼び起こして頂ければ幸いです。




イメージ 1
 回9836M HK604
 2016.12.12
 三国ヶ丘−堺市

 ブログ書庫でもわざわざ
 一章を創ったほどに愛着
 ある、阪和生抜き103系
 両翼の一つ、HK604
 HK610復活を喜んでい
 た矢先の、また12月24
 日のダイヤ訂補を待たず
 しての宮原疎開回送だっ
 ただけに、小生にとって
 その衝撃はとても大きな
 一撃でした・・・。
 
 












イメージ 6
 回9832M HK607
 2017.10.12
 天王寺

 103系6連が運用離脱す
 る最後の時まで頑張って
 いた”三本の矢”のうちの
 一本であるHK607
 彼だけは7月29日のダイ
 ヤ訂補を待たずに一足早
 く26日を最後に離脱。
 その最後を見届けてあげ
 ることが出来なかったの
 で、せめての罪滅ぼしに
 とお見送りに。 














イメージ 2
回9832M HK607
2017.10.12
西九条−梅田(信)[野田]

この時は西明石送りだっ
たため、巷で噂されてい
た、和田岬線での復活を
願っていたんですが・・・。 






















イメージ 7
回9856M HK610  2017.11.6 上野芝
そしてHK604と並んで、小生に一番のショックをもたらしたのが、このHK610の吹田回送!
何が何でも、もう一度阪和線を疾走する姿を脳裏に刻み付けることを誓って向かった、暗闇の上野芝駅下りホーム
画質こそお恥ずかしい一枚ですが、小生渾身の一枚です。


イメージ 8

イメージ 9
回9856M HJ407改  2018.2.23 大正(上下共)
一時期相次いだHL101&102の不具合のため、T車を抜き取り鳳で予備車の”予備車”として常駐することが次第に増えていったHJ407
その後、T371を除く3車は全検を施工され、正式に?羽衣線予備編成となったHJ407改
しかし、全検前に一度羽衣運用に就いたきり(その時の記事はコチラ)、検査後は小生が知る限り一度も運用に就かぬまま、阪和線103系最後の日を待たずして、吹田に送られました。


イメージ 10

イメージ 11
回9852M HL101  2018.5.2 大正(上下共)
阪和線103系最後の時を迎えた今年の3月17日ダイヤ改正
HL102が花道を飾ったのに対し、こちらはなんともあっけない最後をひっそりと迎えました。
その後、HL102が日根野に戻ったのに対し、鳳留置のままだったHL101の去就が気がかりでしたが、GW真っ最中の5月2日早暁にやはり吹田送りに。
ちなみにいつもは賑わう早朝の大正駅内回りホーム。この日に限って小生以外、誰一人いませんでした。


イメージ 3
 配6952H HK603
 2018.5.17
 日根野

 阪和線本線スジ103系
 運用・有終の美を飾った
 HK603
 その後いっとき、新在家
 に疎開留置されていまし
 たが、この前日、16日に
 配6882Hで日根野帰区。
 そして今回の一連のお別
 れでは珍しい森ノ宮経由
 の夜間回送に。
 こればかりはどうしよう
 も無く、自宅から近い日
 根野駅進入のみでお見送
 りを済ませてしまいまし
 た。











イメージ 4
回9852M HK609  2018.6.15 上野芝
そしてつい先日、6連組で最後まで残ったHK609が、疎開先の鳳からそのまま吹田に。
季節は夏至直前、時刻はほぼAM5:00。明るさを期待して待ち望んでいたのですが、意に反して当日は小雨ぱらつくお天気に・・・。
時刻となり、やがて眼前に姿を現したHK609
あの懐かしく馴染み深かったMT55の音と共に、別れの雄叫びをまだ目覚めには早い街に響かせて駆け抜けていきました。


イメージ 5
回9852M HK609  2018.6.15 芦原橋
かつてUSJラッピング「パワー オブ ハリウッド」の衣装をまとって走り続けた大阪環状線。
1973年(S48)7月森ノ宮区新製配置された彼らは、今、当時とは違うブルーに身を包み、雨に煙る大阪環状線を駆け抜けていきます。
もう2度と走ることの無い思い出の場所。
いったい彼らはどんな思いでこの日を迎えたのでしょうか?
降りしきる雨は、きっと彼らの涙だったに違いありません・・・。

以上、いかがだったでしょうか。
今回の写真に小生の思いを推し量って頂ければ、そして皆さんそれぞれの思いを託していただければ、とても嬉しいです。
日根野区には現在まだHJ408HL102が残存していますが、この先、待つ運命は先に旅立った彼らと変わりないものと思われます。
その運命の日が何時なのかは、小生は知る由もありませんが、その時がいつ訪れても惑うことなく彼らを見送れればと願っています。
今回はこんなところで。
ではまた。


皆さん、こんにちわ。
束の間の?梅雨晴れ!にもかかわらず、朝パンダ捕獲にも出動しないで自宅ゴロゴロの「さまよえる泉州人」ですっ!(ナニ胸張って言ってんだか・・・)
季節は日照時間が一年で一番長い時期となりましたが、皆さんは朝練に勤しんでおられますか?
エヘン!ア〇ポ△タ□な小生はこの一週間、なんと3回も日の出前からごそごそと徘徊しておりまして、もう毎日が眠とうて眠とうて・・・(滝汗)
んなことしとるから、未だに偏頭痛も肩こりも治らんのですな。

さてさて、その朝練。内容は?と言いますと、

 1.6/13 和歌山−紀和で南海8300系甲種回送(5:13)
 2.6/15 上野芝で最後の103系6連・HK609の吹田送り込み回送(4:56)
 3.6/16 上野芝で凸凸ロンチキの返却回送(4:33)
                      ※ ()内は撮影データによる時刻

てな具合でして、「お前、ホンマに仕事しとんのか?」と疑われそうなぐらい激早な時間帯だらけでした。
で、今回はその内の凸凸ロンチキを。
6/13から6/14にかけての深夜に、阪和線内を紀勢ロンチキが送り込みされたとの情報を、さるエージェントから受け取り、「きっとこの日(6/16)返却されるであろう!」
と推測を立て、マイカーをすっ飛ばして向かったのは2日連続の上野芝駅
初電前なので、まず入場券を買い求め、自動改札が稼働するのをコンコース(?)で待っていた小生の眼前にひょっこり現れたのは、毎度おなじみNRS氏でした。
やがてホームに入れるようになって定番の下りホームへ。
反対側上りホームで初電を待つ人達の怪訝そうな視線を浴びながら待つこと暫し。
やがて場内信号が青に変わり、踏切が日の出前のまだ静かな町に鳴り響く中、やってきたのが☟、



イメージ 1

イメージ 2
工?ㇾ DD511191+1192+チキ10車  2018.6.16 上野芝
いやいや、前回のパンダ追い越しもそうでしたが、これもずーーーっとやってみたかったんだぁ。
不定期ながらも年に数回は走る阪和紀勢凸凸ロンチキ。いまや不定期とは言っても原色凸重連が走るのは、この阪和紀勢ロンチキのみとなってしまい、熱い視線を浴びる事間違いなし!ですね。
ただ日中走行も見られる紀勢線はまだしも阪和線内は営業運転時間外に走る為、撮影がきわめて困難なのは皆さんもよくご承知のことでしょう。
なので、送り込みはともかくとして、せめて未明の返却ぐらいはと「けいか〜くをネリネリ♪」企んでいたのですが、なかなかそうは問屋が卸さない!
如何せん、天王寺着ですら早朝5時頃。当然の如く薄暗いないし真っ暗な時間帯なわけでして・・・。
じゃ、せめて1年の内一番日の出が早い夏至の頃に走れば撮れるのではないか?
ところが、そううまくロンチキが設定されるわけじゃないですよね。こうしてチャンスを数年来狙っていたんですが、この16日。ついにチャンスが巡ってきました。
ちなみに日の出時刻が一番早いのは必ずしも夏至というわけではなくて、暦によりますと今年は、前日15日とこの日16日日の出が4:44(大阪市)で一番早い日です。
前日15日は小雨ぱらつくあいにくのお天気でしたが、翌16日のこの日は前日の雨から一転、お天気も徐々に回復するとの予報。これは期待できます!
上野芝ロンチキ通過は4時半過ぎですからまだ日の出前ではありましたが、実際には4時にはもう空が白んできて、また駅構内の照明にも助けられ、小生の高感度非対応?デジカメでもなんとか撮影出来る明るさに。
おかげさまでにアップしたとおり、なんとか無事に撮影出来ました!(ホッ!)
よかったら、数週間前にで偶然捉えた凸凸ロンチキ(コチラから)も比べてみてくださいな。

このスジ、国鉄時代の夜行鈍行「はやたま」の残像なんですよね。
以前、大和川橋梁を駆け抜けるゴハチ牽引「はやたま」の写真を見かけたことがありましたが、モノクロ増感で撮影されたと思しきその一枚。
先達の努力には本当に頭が下がります。確かEF5866牽引旧客編成だったその姿は、とても感動ものでした。

以上いかがでしたか?
ロングレールこそ既に前日取り卸されていて少々寂しい気がしなくもないですが、それでもいまや阪和線内で一番「ながーい」列車となった凸凸ロンチキ
それが上野芝通過線を身をよじらせながら駆け抜けていく姿を、一年で日照時間が一番「ながーい」季節に捉えることが出来たのは感無量です。
連日の早朝からの出撃、NRSさんお疲れ様でした。
今回はこんなところで。
ではまた。


その日、6月某日。それは私立探偵・泉州人(仮名)がある案件の解決を、さる大物T.Aから依頼を受け、内偵していた時に起こった。
事件のあらましは以下のようなものである。

・その日、朝の通勤時間帯に運行されている「くろしお6号」の車内で事件は起きた。
・犯人はその「くろしお6号」の車内で、スパイ行為を働いていた。
・そのスパイ行為とは企業秘密にかかわる案件につき、ここには一つ一つ具体的に記
 せないのだが、「あんなこと」や「こんなこと」さらには「あゝ、そんなことまで・・・」
 あとは皆さんのご想像におまかせする。

で、その犯人と思しき人物が実は、どうも探偵・泉州人(仮名)が追っていた人物と同一
らしい・・・。
その泉州人(仮名)がもともと携わっていた案件というのは、

・最近どうも不審な人物を、JR西日本白浜アドベンチャーワールドがタイアップ
 して実現したラッピングトレイン、通称?「パンダくろしお」が登場して以来、その
 車内で頻繁に見かけるようになった。
・その不審人物を観察してわかったことは、だいたい和泉砂川駅で乗降を繰り返して
 おり、ごくたまに日根野での乗降も認められた。
・その不審人物の癖として、反対方向のすれ違い列車が見れるように、常に朝は山側
 の、また夜は海側の窓側シートに席を確保。但しケチな性分なのか、決まって自由
 席である。
・車内では、朝は朝食用におにぎりを決まって3個持ち込み、それを頬張りながら、
 天王寺駅に到着するまでひたすら手帳になにやら書き込んでいる。
・さらに聞き込みで得られた情報によると、同一人物と思われる挙動不審な人物が、
 「パンダくろしお」が通過する時間に限って、頻繁に阪和線沿線の各所で目撃されて
 いるとのこと。

これらの情報を握りしめて、いよいよ「くろしお6号」パンダが充当される日がやってきた!まさにその日に事件が起きたわけである。
車掌や乗客の話によると、その犯人は、

和歌山駅で2号車に乗り込んできたらしい。
・車内ではカメラをいじくりまわしていたかと思えば、持参のものと思われるおにぎ
 りをほおばりながら、やたらと手帳を広げてはゴソゴソしているようで、落ち着か
 ない様子に見えた。
・挙動不審なそぶりはまださほど混んでいない日根野ぐらいまでで、そのあとは手帳
 になにやら書き込んではいるものの、ただひたすら外を眺めているようだった。
和泉府中からその犯人と思しき人物の横に座った女性の話によると、天王寺到着前
 鶴ヶ丘あたりで席を発ったまま、再び戻ってくることはなかった。
・その犯人と思しき人物が天王寺で下車したところは、複数の目撃証言が得られてい
 る。

「奴だ!しかしその日はナゼ奴は和歌山から乗車したんだろうか?」
その後泉州人(仮名)は、その目撃情報・証言から一人の人物を割り出した。
その人物は泉南市在住の五十歳ぐらいとみられる中年の男で、此花区の北港地区のとある自動車整備工場で働いている、Aという人物だった。
泉州人(仮名)はその男が帰宅の途に就くところを見計らって、直接話しかけてみた。
Aは「なんや、こいつ」と思ったであろうが、眠そうな目を擦りながら、「西九条駅の”麵家”で一杯おごってくれんやったら、なんでも話しまっせ」
(セコイ野郎だ・・・)
泉州人(仮名)は一瞬思ったが、まあ領収書をもらって経費としてT.Aに請求すればいいか、と心の中で呟きながら「えゝ、なんでもご自由にどうぞ」と返した。
”鳥天五割そば”をすすりながら、「で、ワシに聞きたい事ってなんやねん?」
泉州人(仮名)は単刀直入に切り出した。「あなたは6月某日の朝、くろしお6号に乗ってませんでしたか?」
「いやその日やったら、くろしお6号は乗るどころか、仕事前に野田の駅で写真撮っとったで。パンダやったやろ?」
「よくご存じで」
「なんなら証拠もあるで、ほら」☟


イメージ 1 2056M 「くろしお6号」
 2018.6.8
 西九条−梅田(信)[野田]


























「そんなん乗っとったら、こんなトコで写真撮ってられへんやん」
(うわっ、これは一体どうしたもんだ!)
泉州人(仮名)は内心焦った。これは強力なアリバイとなるではないか。
普通列車ならいざ知らず、仮にも”特急”と名の付く列車に乗りつつ、その列車を撮影するなんてこと出来るはずがないではないか・・・。
(この男の自信はコレだったのか・・・)

「ワシ、この日はこれも撮っとるねん」☟


イメージ 2
回2056M  2018.6.8 長滝−新家

「ワシ、不眠症でなぁ。朝めっちゃ早よ目ぇ覚めるんや。今の時期、日の出が早いやろ?仕事行く行きがけの駄賃みたいなもんや。」
「残念ながら雲がようさん居って、ギラリゆうわけにはいかへんかった」
「ただホンマ直前に雲の隙間からお日さんが覗きよって、ほんのチョンボやったけどギラッてくれたんは儲けモンやったわ」
(もうエエっちゅうねん!)
あとは男がPerfumeファンクラブ会員限定TシャツLSG17を着ていたことから、自身もファンであったPerfumeの話などでお茶を濁して、その日はほうほうの体で引き揚げた泉州人(仮名)であった。

その夜、なんとも納得いかない泉州人(仮名)は時刻表とひたすらにらめっこしていた。
(どうして奴は野田で写真を撮ることが出来たんだ?なにか裏技があるに違いない。)
実際に乗ってみればなにか掴めるかもしれないのだが、生憎翌日は土曜日。
平日と土休日でダイヤが違うことぐらいは、泉州人(仮名)でも知っていた。
アレコレ悩みながら、いたずらに過ぎていく時間と共に憔悴しきっていた泉州人(仮名)だったが、明け方近くになって
「これだっ!」
泉州人(仮名)は何かヒントを掴んだのだろうか?
「きっと奴はコレを知ってて、アリバイ作りに利用したに違いない!」

くろしお6号は平日天王寺に7時23分、18番線に着く。発車は25分。一方、向かいの17番線には大和路線快速・難波行が22分に到着、23分に発車。」
「恐らく、くろしお6号からコレに乗り換えられるに違いない」
「さらに新今宮に到着の25分。同時に外回り電車が入ってきて共に26分発。きっとここでも乗り換えれば、天王寺が25分発のくろしお6号の前に出ることが出来るはず。」

             天王寺    新今宮     西九条     野田 
2056Mくろしお6号   7:23/7:25     →       (7:39/7:41)    (7:42)
2311K  快速難波行  7:22/7:23  7:25/7:26    ・・・      ・・・
1366電   外回り        7:22/7:23  7:25/7:26  7:37/7:38   7:39/7:40

「あと、長滝周辺で撮影したとしても、通過時間は5時過ぎだから、そのあと例えば日根野5時32分発の3503Hに飛び乗れば、和歌山到着が6時3分なので、和歌山6時26分発のくろしお6号に乗車するのは容易だ!」

翌日、泉州人(仮名)は再び北港にを訪ねた。
「なんや、またアンタかいな。」
「残念ながら貴方のアリバイはもろくも崩されたよ」
「かくかくしかじか・・・。こうすれば貴方は長滝野田パンダを撮りつつ、和歌山からパンダに乗ることも可能ってわけだ」
はガックリうなだれた。「アンタの言う通りや。」
「エエもん、見せたる」☟


イメージ 3
 2056M 「くろしお6号」
 2018.6.8
 和歌山
     

























「確かにワシは長滝で昨日アンタに見せた一枚を撮った後、クルマを日根野に置き、和歌山へ向かった。」
「ほんで跨線橋から一枚、ホームに入ってきよるとこをまた撮って、そのまま6号に乗ったんや。」
「で、あとはアンタの推理通り、天王寺新今宮で乗り換えや!大体くろしお6号は時刻表より気持ち早よ着きよんねん」
「せやから向かいの快速に乗り換えるんも、そない難しあらへんし、新今宮はなおさらや。これでくろしお6号の前に出れんねん。」
「ほんで、くろしお6号西九条でも止まりよるんや。理由は下りの1号が通り過ぎよるんを待ちよんねん。」
「ちなみにな、西九条までやったら4号でも似たようなこと出来よんで。今年のダイヤ改正からやけどな」
べらべらしゃべるを遮り、泉州人(仮名)は訊ねた。
「で、なんであんなことしたんだ?」

「ワシはな、泉南市民や。アンタも知っとるかもしれんが、泉南市には『泉南熊寺郎』っちゅう奴がおんねん。ところが知名度が全然あれへん。」
「一方、同じ『熊』でもくまモン『熊猫=パンダ』は、あないやってようさん宣伝もしてもろうて、知名度は抜群や。」
「せやから熊寺郎に頼まれて、ワシも一肌脱いだろ!って思てな、色々しとったわけや」
「ただこないな騒ぎになるとは思わなんだ・・・」
は肩をすくめながら寂しげに笑った。
                            以下、省略・・・



皆さん、こんばんわ。
ついに!梅雨入りしましたね。一番日照時間の長い季節だというのに、じめじめ鬱陶しい日々の続くこの季節。
毎年の事ではありますが、「もうちょっとナントカならんのかい!」とついつい愚痴ってしまう「さまよえる泉州人」です・・・(汗)
皆さんはこの季節、やはり朝練に勤しまれていらっしゃられるのでしょうか?
朝練と言っても、やはり早朝4時半からせいぜい6時が関の山。6時を回ると、もう強烈な線影が被写体である列車に襲いかかり?ますから、「んな早朝に徘徊しとんのは朝の早い”年寄”かオンドㇾだけや!」
いやいや、そう声を荒げんといてくださいまし・・・。
故事にも言うではありませんか。『早起きは三文の得』ってね!

今回の記事、ご覧になっていかがでしたか?
いやぁ、コレ。随分前から一辺やってみたかったんだなぁ〜(笑)
改正前の4号の時から平日ダイヤだと出来ることは知っていたんですが、以前は287系だとちょっとなぁって思っていたところ、昨夏パンダが登場!
これは楽しみが出来た!と構想をネリネリしつつ、日の出の早い季節を待ち続け、ようやく実現させました。
もっともコレやると、桜島からはタクシーすっ飛ばして会社ギリギリなんで、度胸はいるんですが・・・(滝汗)

あとはせっかくのネタなので、ちょっとばかし駄文をつらつらと綴って遊んでみたんですが、如何せん、小生には物語を紡ぎ出す才能は皆無なので、実にしょうもないもんが出来上がって赤面モンです・・・(ハズいっ!)
やっぱりここは、どっかの鉄道ミステリー屋さんに売り込んだ方が良かったかも・・・。
ちなみにこの日は夕方の大阪市内は結構な雷雨。会社も早々に店じまい(工場が1/3ほど屋根のない開放状態なんで・・・)
なんと帰宅時にも27号パンダがやってきて(運用上当たり前なんですが・・・汗)、当然の如く?日根野まで乗って帰りましたとさ。☟


イメージ 4 77M 「くろしお27号」
 2018.6.8
 日根野


























あゝ、結局一本しかアップ出来ひんかった・・・。
また今度にしよ〜っと!
てなわけで、今回はこんなところで。
ではまた。


輝く摩天楼

皆さん、こんばんわ。
今年も早や6月に突入!徐々に暑さも本格的に、さらには今週には梅雨入りとなる模様・・・。
ややもすると憂鬱になりがちなこの季節を、今年はどうやって乗り越えるかを瞑想にふけりながら思案中の・・・、んなはずがない!「さまよえる泉州人」です(汗)

さてさて、先週、5月24日の撮影記のうち中編そして前編と書き綴ったところで寝落ちしてしまいましたので、今日はまずその続編、残る後編から。
早朝思惑が外れたものの、阪和凸凸ロンチキをゲット!ここで一旦帰宅の後、あらためて通院のために再出動。日根野に向かいました。
えっ?なんで日根野なのかって?
いやなに日根野の方が駐車場代が安い場所があり、しかも列車の便は断然コチラの方が便利に決まってるからじゃないですか!
いえいえ、この日はそれだけではなく、もう一つの目的が。それが☟、



イメージ 3
2301H A67 HF601  2018.5.24 日根野−長滝
平日休みの日のルーティンワーク?2301H区間快速の捕獲。
場所は羊踏切。前回(コチラ)撮影分からの仕切り直しとして、この日も此処にやってきました。
生憎の?晴模様でしたが、まあ朝8時過ぎ、半逆光なのはお目こぼしを・・・。
あっ!傾いているように見えますが、傾いているのは架線柱とビームのほうですからねっ!

これを撮影後、大阪市内に。受診までには時間はまだあるので、本屋さんで少し時間を潰したあと、大阪ステーションシティはノースゲートビル西側のデッキに。
なんで此処にやってきたかというと・・・、



イメージ 1
2059M「くろしお9号」
2018.5.24
梅田(信)

梅田スカイビル×パンダ
コラボ!
スカイビルの足元を駆け
抜ける「パンダくろしお」
がお目当てなのでした。
梅田貨物駅跡地は再開発
の真っ最中。
以前にくらべ、駆け抜け
る列車も随分狙いにくく
なってしまいました。
その名に相応しく、雲一
つ無い青空に向かって聳
え立つスカイビルパン
パンダの方がやや圧倒さ
れ気味?









で、無事受診終了後、阪和線は浅香で117系集約臨を迎え撃ったのは、前々回の記事のとおり。
そのあと素直に帰宅すればいいものを、またまた逆戻り。この日の最後のお目当てはというと・・・、



イメージ 2
2078M「くろしお28号」  2018.5.24 新今宮−今宮
先のスカイビルとのコラボに続いて、今度はあべのハルカスとのコラボ!
日没時刻がすっかり遅くなったこの季節。しかも夕刻になっても雲がほとんど見当たらない空模様に感謝感謝!
夕陽を浴びて燦然と輝くハルカスのおひざ元を、長駆、白浜から駆け戻ってきたパンダが終着駅に向かってラストスパートをかけます。
ちょっと誤算?だったのは、スーパー「玉出」、目立ちすぎ!

以上、いかがだったでしょうか?
都会を行くパンダとランドマークとのコラボ。まだまだ色々と検討中なんですが、それはまた今後のお楽しみとして・・・。
今回はこんなところで。
ではまた。


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