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「さまよえる泉州人」のブログ
アレも阪和線、コレも阪和線。みぃ〜んな阪和線!時々貨物・・・なブログです。どうぞお見知りおきを。

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阪神淡路大震災

皆様、こんばんわ。
皆様もすでにご存じのとおり、明日は阪神淡路大震災からちょうど20年を迎えます。
当時私は島根県は松江市在住でガソリンスタンドで働いておりました。
あの朝、私が住む松江でもかなり大きな揺れが起こり(たしか震度3)、その揺れ方は大きな横揺れで長時間続きました。
その時点では寝ぼけ眼だったこともあり「エライ大きな地震だったな」ぐらいにしか思いませんでしたが、十数分後だったでしょうか、当時森ノ宮に住んでいた上の妹から電話が。
まず安否確認だったんですが、なんで山陰地方の地震で電話をかけてきたんだろうと思いながら、「別になんてことないけど、なんかあったんか?」の問いかけに、「こっち凄いことになってんねん!TV見てみ!」との返事。
TV無しの生活をしていた私の手元には京浜のポケットTVがあったんですが、受信状態が悪く、早朝でしたがすぐ近くの勤務先に出向いてTVをつけてみました。
画面に映るのは大きく揺れる映像と多少の被害でした。
ところが時間が経つにつれ飛び込んでくる映像には、つぎつぎに凄まじい光景が繰り広げられていました。
幸い私の家族や縁戚、知り合いなどはさほどの被害もなく無事でした。が、数多くのかたが亡くなられ無数の悲劇と被害が起こったのは、皆様も周知のことと思います。
 
正直申しますと、私は今まで取り立てて震災地にボランティア等として直接支援に入ることもなく、この20年を過ごしてきました。
メディアや書籍などで色々な事を知識として知っても、その先は?と言われると何もない状態。
今も「では遅まきながら、これからどうすれば?」と思う事もありながら、その日暮らしを続けています。
自問自答しながらも流されていく自分を、なんとか変えて行かなければとは思ってはいるのですが・・・。
 
とりとめもないことを書き出しまして申し訳ございません。
ただココしばらく震災関連の番組や書籍、情報などに多数接して、なにかこのモヤモヤをふと書き綴ってみたくなりました。
 
明日20年を迎え、まだなにも変わらない変われない私ではありますが、この場を借りて、阪神淡路大震災そしてそれ以降も起こった数多くの災害で亡くなられた方々に哀悼の意をささげるとともに、被災され今も苦しまれ闘い続けられる方や、その後新たな人生を切り開かれ育て上げていかれた方たちの御多幸をお祈り申し上げます。
 
                                  敬具
 
 
 

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