ドイツでの楽しい生活を送るには

すべての事に興味を持つことだと思うな。

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母の最期の教え

母が他界した。
 
今日でちょうど1ヶ月がたった。
 
余命1年と宣言されてから必死になって治療法を探し、試行錯誤を重ね、夫婦でがんばったが
ガンには勝てなかった。
最後の2週間、流動食しか食べられず、毎日やせ細る母の足をマッサージし続けたが、ダメだった。
神にもお願いし、すべてにすがる思いだったがダメだった。
 
悲しくて悲しくて仕方が無い1ヶ月がたち、ようやくブログに向かい、自分自身もこの
悲しさから区切りをつけようという思いで今書いている。
実は今、書きながら涙が止まらない。
 
両親の子供への最後の教育は、「自分を子供に看取て貰うときにする」と言われているそうだ。
3ヶ月の間、母の最期の教育を受け、自分の30年あまりの残りの人生に、とても大きな
影響を与えてくれると信じている。
 
「親子関係が悪かったら良かったのに」と何度も思わされた1ヶ月が過ぎ、
「親子関係が良くてよかった」と思える日がいつか来るのだろう。
 
ただ、今はそれがいつ来るのかわからない。
 
 
 
 

またまた日本です。

タイトルには、「また帰ってきちゃったよ、疲れるよね」
の感じを込めてつけてのだが、わかっていただけるだろうか。
 
2010年も3月後半を迎えたが、ドイツの自宅で寝たのは3週間もあるだろうか。
そして、今回も5月22日までという2ヶ月以上の日本滞在生活を予定している。
 
ガンに侵され、その治療にと使った抗がん剤に完全に体を破壊されてしまった母の体は
ボロボロで、私のアロママッサージがたいそう気に入っている。
ほぼ毎日、1時間をかけてのマッサージがこの日本滞在中の日課だ。
 
昨日も20分間暖かい湯を入れたバケツで「足湯」をさせて、足のむくみの取れるアロマを
大量に両足に塗って30分近いマッサージ。
 
終わると、自分が充実感でいっぱいになる。
 
 
 
 

2ヶ月間日本滞在

春よ来い、早く来い。

と、やや上から目線の歌があるが、日本も春を迎えようとしているようだ。

その春に2ヶ月も日本に滞在する。
毎年3回から4回は日本に一時帰国はしていたが、こんなに長いのは久しぶりだ。

2002年の日本、韓国ワールドカップでドイツのキャンプ地宮崎に2ヶ月以上仕事で
滞在したことはあったが、今回は全くのプライベート。

BAK療法といって血液を採血し、その採取された血液に細菌を注入し、10億倍の白血球
に培養させてから再度本人の体に戻すという療法のために、仙台まで母と一緒に5回も往復する
予定だ。

かなりガン克服にはいい療法だが、仙台まで月に2回往復せねばならず、79歳の母一人では
どうにもならないからだ。
普通の状態ならば1人で日帰りできるだろうが、3年間の抗がん剤の影響が抜けない母は、
体がしびれてほとんど1人で歩くことが出来ないのだ。

ギャルの言葉に「為生き」という言葉があるそうだ。
もちろん、「溜め息がでちゃうよ」の意味もかねていのだが、「XXXさんの為生き」が
その意味で、今年2010年は、「母の為生き」になりそうである。

プライベート、仕事の両面で支障があることはわかっているが、最愛の母の為に
「為生き」出来る幸せ。

2ヶ月間、十分に味わってこようと思う。

タモリが好きだ

もちろん愛してはいない。

だけど、「あこがれの対象」「将来こうなりたいなの対象」
「象印大賞」なんて感じである。

ドイツでタモリの出演するテレビをほとんど観ているが、面白いのは、

ブラタモリーーNHK。地図が好きで、坂道が好きなタモリの趣味が見事に番組に表現されている。

タモリクラブーー民放 あまりにくだらないテーマを真剣に語るタモリの「オタク」感覚がよく
        現れている。

笑っていいともーーー毎日放送されて7000回を数える歴史的番組。1982年からの放送。
          長く続く番組はやはりそれなりの理由があるのが良くわかる。
          芸人たちに混ざって50歳を超えたタモリのギャグと間合いが一番面白い。

若い頃は、中村雅敏、

中年で、永島 敏行、

と、あこがれの対象が自分の人生の流れの中で
変化してきたが、今はタモリだな。

三谷 幸喜とちょっと競ってるけど。

       

人生で一番のショック

1月13日に母と東大病院に検診に行ったところ、「母の余命1年」と宣告される。

この日から、本日まで地獄の底を這いつくばるようなつらい日々を過ごしました。
抗がん剤の副作用でほとんど動くことの出来ない母の体調と比例するように
自分の精神状態も落ち込み、それでもランニングできていたのが不思議なくらい。

妻と私でインターネット、本、電話で医者に聞く、などなど2人で協力して必死に
ガンの治療法を調べ,良い治療方法が見つかった次の日に飛行機を取って、2月7日に再来日。

おかげさまで、ガンに対抗する治療法方を探し出し、今週から本格的に治療に
向かいます。抗がん剤などの旧態依然の治療方法を続けていたらまず、6ヶ月も
もたなかったと思うが、今はかなり希望が見えてきて、ガンを再発させない
免疫療法で本来の寿命をまっとうできるのではないかと思えるようになって来ました。

2月7日からの4週間日本滞在中に、治療方法、病院の選択とすべてを変更し、
それが軌道に乗ったので、気分も新たに3月2日にドイツに帰国します。

今後は通常通りの精神状態で、通常通りの生活が送れそうです。

1年宣言された日、母と2人で千葉の家まで2人で帰った1時間、一生忘れません。

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