明治維新の元勲であり当時、政府の参議兼内務卿(現在の内閣総理大臣に匹敵する)であった大久保利通は、現在の千代田区紀尾井町清水谷公園付近の路上において待ち伏せの兇漢により殺害された。(紀尾井坂の変)
明治11年(1878年)5月14日朝、赤坂御所へ馬車で出仕の途中であった。
いまはホテルニューオオタニなどのホテルやオフィスビルなどが立ち並んで賑やかなビジネス通りとなっているが
当時は旧大名屋敷に面し人通りもなく叢林となっていた。
今から130年前、大久保49歳のときであった。
明治21年に建てられた巨大なその哀悼碑が清水谷公園にある。
青山墓地に大久保利通の墓が立っている。墓の竿石の高さは5メートルとこちらも巨大である。
明治11年5月17日青山墓地に葬られ神葬祭の式が行われた。
大久保の功績、その人柄などが朝野、万余の人々を集めたと言われている。
この後政府の実権を握ることになる伊藤博文をはじめ多くの顕官が折りにふれ参ったであろう。
墓域には巨大な顕彰碑も建つ。都指定の旧跡に指定され文化財として保護されている。
いま放映のNHK大河ドラマ篤姫では大久保も篤姫(天璋院1835〜1883年)と青春を一緒に過ごした友人として登場する。
天璋院も青山墓地を訪れることはあったろうか。
春は桜並木が南北1,7kmにわった続き多くの花見客を集める青山墓地のメイン通りである。
両側に広大な墓域を持ちふだんは静かで散策には格好のところである
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