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根津神社のツツジ祭り

根津神社表参道
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ツツジ祭りの東京・根津神社へ行った。

毎日新聞4月8日付朝刊は根津神社のツツジ祭りについて次のように報じている。(概略)
根津神社は徳川5代将軍綱吉が1706年に造営し、権現造りの本殿等がそのまま現存し重要文化財に指定されいる。同神社のツツジ苑は境内地となる以前、綱吉の兄綱重がツツジを植えたことに始まる。現在は約50種、3000株のツツジが咲き、日本有数のツツジの名所となった。
今年の見ごろは4月中旬以降だが、同神社の場合、種類が多いうえ、早咲きから遅咲きのツツジへ移り変わる間、様々なツツジが楽しめる。

ツツジ苑の丘から楼門(重文)を見る。正面右側の随身は水戸光圀がモデルと伝えられる。
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色とりどりに咲いてはいるが盛りにはちょっと早いようだ。
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筝曲の演奏が行われておりその音色が苑内に流れていた。
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徳川6代将軍家宣公の胎盤が納められている胞衣塚。
10数個の割り石が雑然と積み重ねられている。ここ根津神社の建設前は綱吉の兄綱重の別邸でその長子家宣は寛文2年(1662)ここで生まれている。
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(4月19日)
きょうの東京は雨だ。強い風が加わってまさに嵐である。
これで散るを惜しまれていた桜の花も、とどめをさされている感じだ。
ところで毎日新聞8日付朝刊によれば東京・文京区の根津神社ではツツジまつりが開かれているそうだ。
早くも桜からツツジへ季節は移ることになる。
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同紙によると(概略)
同神社は徳川5代将軍綱吉が1706年に造営し、権現造りの本殿等がそのまま現存し重要文化財に指定されいる。

ツツジ苑は境内地となる以前、綱吉の兄綱重がツツジを植えたことに始まる。現在は約50種、3000株のツツジが咲き、日本有数のツツジの名所となった。

今年の見ごろは4月中旬以降だが、同神社の場合、種類が多いうえ、早咲きから遅咲きのツツジへ移り変わる間、様々なツツジが楽しめる。

また5月6日までの祭りの期間中は、甘酒茶屋などが境内に並び、土、日、祭日には和太鼓などの催しも予定されている。
去年4月、初めて根津神社へ来ているが、今年は再訪し、じっくり見たいと思う。
(以下7年4月撮影)
唐門から拝殿を望む
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色とりどりに咲き誇るツツジ
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湯島の白梅

総檜木造りの東京・湯島天神の社殿である。
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学問の神様、湯島天満宮は大学入試センター試験が終わり
本格的受験シーズンに入っているせいか
大寒の底冷えのする日にもかかわらず
参拝客で賑わっていた。
屋台も沢山出ていた。
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絵馬も夥しい数だ。
受験生の母親と思われる人が
絵馬を奉納している姿が見受けられた。
受験シーズンが終わり首尾よく目的を達し
お礼に参る人々の多いことを祈りたいものである。
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「湯島の白梅」は2〜3本の木が寒空に咲いていた。
300本に及ぶと言われる梅園の木々はまだつぼみが固い感じだ。
2月8日〜3月8日まで梅祭りが開催されるが
そのころには決して広いとは言えない
この天神内にその香りが漂い一層の賑わいを見せるだろう。
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表鳥居は銅製で寛文7年(1667)、8年の刻銘がありこの時期に寄進されたものと思われる。都指定の有形文化財に指定されている。
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38段の男坂、昔からの参拝のための坂だ。どれだけ多くの人々がそれぞれの思いを抱いて上ったのだろうか。

湯島天神略記
湯島神社は湯島天満宮、湯島天神として全国津々浦々まで知られている。雄略天皇の勅命により御宇2年(458)1月創建と伝えられ、天之手力雄命を奉斎したのがはじまりで、降って正平10年(1355)2月郷民が菅公の御遺徳を慕い、文道の大祖と崇め本社に勘請しあわせて奉祀し、文明10年(1478)10月太田道灌これを再建し、天正18年(1590)徳川家康公が江戸城に入るにおよび、特に当社を崇敬すること篤く、翌19年11月豊島群湯島郷の内5石の朱印地を寄進し、もって祭祀の料にあて、泰平永き世が続き、文教大いに賑わうようにと菅公の遺風を仰ぎ奉ったのである。その後、学者・文人の崇拝もたえることなく続き、林道春・松永尺五・堀杏庵・僧堯恵・新井白石などの名がみえる。将軍徳川綱吉公が湯島聖堂を昌平坂に移すにおよび、この地を久しく文教の中心としていよいよ湯島天満宮を崇敬したのである。明治18年に改築された社殿も老朽化が進み、平成7年12月、後世に残る総檜木造りで造営された。
(湯島天神のパンフレットから)

清正井

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明治神宮御苑には清正井がある。

この井戸はこの地に下屋敷を構えていた加藤清正が掘ったと伝えられ、掘り方が巧妙でいまもなお一年中絶えることなくこんこんと湧き出る清水は、水質の優秀なことで早くから知られていたそうだ。

靖国神社の晩秋

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東京・九段の靖国神社である。紺碧の空、黄葉のイチョウを背景にすっくと立つ大村益次郎の銅像、明治26年わが国最初の西洋式銅像として建設以来、ここ靖国を訪れる人はこの像を仰ぎ見てきたに違いない。靖国のシンボルとなっているようだ。(一番下の画像を参照)

12月8日は太平洋戦争の開戦記念日である。昭和16年のこの日、日本は不幸にして戦争を始めてしまった。靖国神社ではこの日、慰霊祭等が予定されている。
遊就館前に建つ特別攻撃隊勇士を讃える像
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晩秋の風景に日の丸の旗
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若いお母さんが小さいお子さんを連れて参拝、守衛さんが暖かく見守っている
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新春の靖国大絵馬の絵が可愛い
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銅像の説明版
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朝の早い時間で静かな境内である。美しい風景の中、ひたすら平和であることを祈るのみであった。
(撮影は12月7日)

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