shouttanの日記

この時季、健康管理に気をつけましょう。

寺社と風景

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全7ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7]

[ 前のページ | 次のページ ]

大学通りから天満宮へ

東京・国立市の大学通りはJR中央線国立駅から南へ向かう広い道路でその先、甲州街道を渡ると谷保天満宮(ヤボテンー野暮天ーの呼び名でも親しまれている)がある。大学通りはいま、桜とイチョウの紅葉(黄葉)の時季を迎えている。春は爛漫の桜、秋は黄葉のイチョウの美しい景観でよく知られている。
駅から一キロ余南の歩道橋から駅の方向を望む。
イメージ 1

この日、国立市のシンボル一橋大学の兼松講堂(1927年建築、ロマネスク様式)では催しものが行われていた。
イメージ 2

大学通りを南へ、
やがてJR南武線をわたるとすぐに甲州街道沿いに大鳥居が見えてくる。駅から2キロほどの距離だ。
関東三大天神の一つである谷保天満宮(ほかに亀戸天神社、湯島天満宮)である。
イメージ 3

拝殿、本殿は一段と低いところにある。ともに市の有形文化財だ。亀戸、湯島は不幸にして戦災にあった。この社殿はこれを免れ歴史的な建造物となっている。

拝殿は入母屋造り江戸末期の造営、本殿は流造で宝永年間の造営と伝えられている。(国立市教育委員会)
丁度七五三のお参りの着飾った可愛い子どもさんや親御さんが沢山見えていた。
イメージ 4

谷保天満宮はなんと言っても菅原道真を祭る学問の神様だ。ここも受験シーズンを控え学校などへの合格祈願の絵馬が沢山かけられている。
イメージ 5

赤坂の氷川神社

東京・港区赤坂の氷川神社は天暦5年(951年)赤坂一ツ木に創建された。享保14年(1729年)8代将軍徳川吉宗が老中水野忠之に命じ現社殿を造営し、翌年、赤坂一ツ木から遷宮した。
イメージ 1

現社殿はこのときに造営されたものである。
イメージ 2

現社は「忠臣蔵(下記元禄赤穂事件参照)」の浅野内匠頭夫人遥泉院の実家である三次浅野土佐守下屋敷跡(同藩は1720年廃藩)に建てられたものである。遥泉院は浅野内匠頭切腹の後、実家に戻り亡くなるまでの15年間をこの地に隠棲した。
イメージ 3

イメージ 4

境内のこのイチョウは樹齢400年を越える巨木である。
イメージ 5

元禄15年(1702年)大石内蔵助が討ち入り前に遥泉院に別れを告げに訪れたとされている。雪の降る日、内蔵助が遥泉院が閉栖する頂上辺の下屋敷を目指して上ったとする南部坂は、地図の中心点の坂で米国大使館宿舎わきを西北に上り左折して氷川神社に至る。難歩坂ともいう。
イメージ 7

イメージ 6

12月は忠臣蔵の月だ。遥泉院は美人で賢夫人であったそうだ。浅野内匠頭長矩の切腹により実家に戻り、その後、赤穂浪士の討ち入り、浪士の切腹などがあったが15年間にわたっての隠棲生活をどのように送り、また日々何を考えて過ごしたかなど、イチョウの黄葉などを眺めながら思いを馳せてみた。このイチョウは400年を越える樹齢と言う、ならば遥泉院も黄葉を見たに違いない。

元禄赤穂事件
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
元禄赤穂事件(げんろくあこうじけん)とは江戸時代中期の元禄15年12月14日(1703年1月30日)に発生した主君仇討ち事件である。江戸城中で赤穂藩藩主の浅野内匠頭長矩が高家旗本の吉良上野介義央に対して遺恨有りとして殿中刃傷に及ぶも討ち漏らして切腹処分となり、その後、浅野の遺臣である大石内蔵助良雄以下赤穂浪士47士が吉良屋敷に討ち入り、主君に代わって吉良上野介を討ち果たし、その首を泉岳寺の主君の墓前に捧げたのち、幕命により切腹したという一連の事件を指す。一般には忠臣蔵の名称で特に知られる。
かつては曾我兄弟の仇討ち、伊賀越えの仇討ちと並んで“日本三大仇討ち”と称されていたが、最近はこの事件の知名度だけが群を抜いていることもあって、その語はあまり使用されなくなった。また忠臣蔵の名称は本来この事件を基に 脚色した物語ものの総称をいう。

東京・愛宕山

東京都区内で一番高い山、愛宕山(港区)は海抜26mである。JR山手線新橋駅から徒歩15分にある。
山上には愛宕神社(主祭神火産霊命−ほむすびのみこと)が鎮座する。
1603年(慶長8年)江戸幕府開府にあたり江戸の防火、防災の守り神として徳川の命により建立されたそうだ。
イメージ 1

神社正面に86段の険しい男坂があるが寛永11年に四国丸亀藩の家臣曲垣平九郎が騎馬で昇り、馬の名手として世に名を馳せた故事があり出世の石段と呼ばれる。
今も多くの人が、急な石段(写真では急に見えない)を昇って参拝しており訪ねたときも丁度昼休み時間帯であったがサラリーマンとおぼしき人たちが懸命に昇っていた。男坂の隣に女坂があるがこちらも結構きつい石段だ。
イメージ 2

境内には幕末大老、井伊直弼を桜田門外に討った水戸藩士の集結の場所として記念碑が建つ
イメージ 3

山上の階段から下へ階段を望むとちょっと足がすくみ降りるには気合が要る。徳川時代は愛宕山の東一帯は愛宕の下と呼ばれ武家屋敷が広がっており、屋敷越しに芝浦の海が見渡せたという。いまは山上から眺めてもビル群ばかりだ。
イメージ 4

石段を下から上を見上げ、また上から下を見下ろし昔を偲んだ昼下がりだった。
イメージ 5

開く トラックバック(1)

武蔵国分寺跡周辺

東京・国分寺市の武蔵国分寺跡周辺の散策です。
お鷹の道から、真姿の池、現在の国分寺、広大な武蔵国分僧寺跡さらに国分尼寺跡へとぬけるコースです。

お鷹の道入り口、小川の流れ

イメージ 1
       
この付近はその昔、将軍が鷹狩りをしたことからこの名がついたそうです。
小川の流れにそった石畳の幅の狭い道です。
ちょろちょろと音をたてて流れています。とても澄んでいます。 
季節には蛍がとびかい輝くそうです。

崖線からきれいな水、真姿の池

イメージ 2イメージ 3        
少し行って真姿の池へ右に曲がります。
突き当たりの崖線からきれいな水が流れ落ち小川をつくっています。 
農家でとりたての新鮮な野菜が販売されています。 
落ちてくるおいしい水を汲みに何人かの人が来ていました。
       
真姿の池は昔、病にかかった美女があって、お告げによりこの水で洗ったところ治ったという伝説があるそうで弁財天が祭られています。

武蔵国分寺

イメージ 4
          
現在の国分寺です。 
境内には万葉植物を集めた万葉植物園があります。 
木々には和歌の短冊が下げられています。 
歌を読みながら植物を観賞します。 

武蔵国分寺跡

イメージ 5
       
武蔵国分寺跡です。 
広大な僧寺地域と尼寺地域がありましたが元弘3年(1333)の分倍河原の合戦で焼失したと伝えられており金堂、講堂、七重塔などのとてもスケールの大きい跡地になっています。
今も発掘が行われています。
ここから周囲を見渡すと気分が爽快になります。 
いまから1200年ほども前に朝な夕なにひたすら修行に励んでいた僧たちのことが思い浮かんできます

国分寺薬師堂

イメージ 6
       
昔を偲ぶ唯一の建物であるといわれているのが丘陵地にある国分寺薬師堂です。建武3年(1335)に新田義貞の寄進により僧寺金堂跡付近に建立されたと伝えられているものでその後享保元年(1716)に修復され宝暦年間(1751〜1763)に現在地で再建されたものです。

尼僧を偲ぶ

イメージ 7
       
西国分寺線のガード下を通り抜けると尼寺跡の入り口になっています。
金堂、尼坊跡などが見渡せます。尼坊は尼僧の住まいです。
 遠い昔、尼さんたちはどんなことを語り合いながら日々を送っていたのでしょうか。

往時の人馬や武士

イメージ 8
       
尼寺跡から北へ旧鎌倉街道です。 
切りとおしの細い道で古道の面影を十分残しています。
人馬や武士などが通ったといわれ、往時が偲ばれます。


この界隈にはこのほかにも寺院跡と伝えられているところも多々あり、遺跡も発掘されています。  
 いままで何度か訪れていますが、これから、夏が過ぎて秋、冬そして春、景観にそれぞれ変化があり豊かに楽しめます。

(画像6は7,5,7他は6,8,2撮影)

やまアジサイを観る

イメージ 1

東京・日野市高幡不動尊への参道は午前中の早い時間帯であったが早くも賑わい始めていた。ここはアジサイ寺とも呼ばれこの季節になると7,000株はあるといわれるアジサイが咲く。
車道を渡り仁王門をくぐる。人々は不動堂の方へ進む。
参拝が終わるとアジサイを求めて左手の山道に入る。多くの人のお目当ては山アジサイである。
ひっそりと咲いているのが一段と目を引くのだ。山道を上り下りしながら観賞するのも魅力である。山内八十八箇所巡りをしながらもまたよい。
イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

開く トラックバック(2)

全7ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
shouttan
shouttan
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

過去の記事一覧

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

Yahoo!からのお知らせ

検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事