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前回沖縄本島に続き与論島からの記録
沖縄新港を朝7時出港した鹿児島行きフエリーは、本島北部本部港に寄って沖縄本島を離れ北上、約5時間かけて正午少し前与論島茶花港に着く。天気も良かったがさすが6500トンの中型船船酔いも無く安心して乗船が出来た。
船内で同じ与論で下船する地元の方と知り合い、近所で気心の知れた宿だからと勧められて「晴海荘ホテル」を紹介して貰い、其処にご厄介になることにする。港に着いて下船をすると息子が迎えに来ているからと言って、同乗して晴海荘まで送って貰う。
晴海荘は茶花の商店街の中心に建つ、ビジネスホテルと民宿を併せたような施設で、各室バストイレ付の20室位あるこざっぱりとしたまずまずの旅館。宿泊費は二食付きで¥7500-、食事は新鮮な島の魚と野菜を充分い食べさせてくれてお値打ちの宿でした。
宿に着いて今日は何処にも出かけず、宿のコインランドリーで早速3日分の洗濯をする。洗濯の間昼寝をする事にして約一時間ほど寝てしまい、洗濯場に降りて行くと、宿の女将さんが洗濯物を乾燥機に入れ替えて、乾燥が終った所で冷ましておきましたよ、といっていただき恐縮をしました。洗濯物を部屋に持ち帰りベットの上に並べて更に乾燥をさせている間、外に出て先程の宿をご紹介くださった薬屋さんで目薬を買い、礼を言いながらながら暫く立ち話をする。20分くらい話して次のお客さんが見えたので、店を
出て町の中を散歩しながら町外れの漁港に向かう。防波堤の先端で三組の釣り人を見つけて其の横で一時間位見物をする、3種類の小さな魚が程ほどに釣れて結構楽しい。この旅行で初めて時間を気にしないで
のんびりと時の流れに島時間を楽しむ。
翌日レンタカーを借りて島巡りに出かける。先ず茶花の町から左回りに回遊道路を東地区に向かう、町外れにある「ゆんぬ楽園」に入場、与論島の亜熱帯植物と島の生活の歴史を体験見学、東地区の手前にある
島では一番標高の高い所の近くにある、「サザンクロスセンター展望台」から島の外回りを見渡す。海の彼方に沖縄本島の島影を見ることが出来た。展望台を出て島の東端赤崎海岸ビーチに寄る、土産屋のおばさんの攻勢をかわして早々に立ち去り、東地区の外れから北に延びる島一番のビーチ百合が浜海岸に出て
海岸をしばらく散策する。潮が引いた沖合いにはサンゴ礁のリーフに波しぶきが当り、遠浅海岸の様子が手に取るように、又、反転して砂浜の奥には防風林が海岸に沿って約1.5KM位先まで延々と続いて、
今はシーズンオフ人影も殆ど無く波の音だけが一層静寂さを演出してくれる。
百合が浜から少し北上して古里部落で今度は丘の方に入ると、畑の中にある小さな集落でこの島の土を使って、焼き物と陶芸教室を開いて見える「ゆんぬあんどぅーる窯」を訪れて見学をする。釉薬はこの島の植物の灰や珊瑚などを使った焼き物で、花器食器などが展示され其の中でソテツ灰の釉薬で焼かれた、青味かかった中に白の釉薬の垂が、先程百合が葉まで見たさんご礁のリーフを思い出させる、茶碗が気に入って買い求める。品物は月末頃家に着く頃に贈って貰うようお願いして帰って来た。
島は半日有れば充分に観光は出来る。古里集落の隣「宇勝海岸にある味八郎」で遅い昼を食べて茶花の町に戻る、未だ時間が有ったので町を通り越して空港とフエリー岸壁に出かけてみる。丁度空港では奄美大島から飛んでくる小型の飛行機の到着時間で迎えの人がみえたので、飛行機の出発まで待合室で発着を見る事にする。ローカル空港の短い滑走路に対応する為、双発の38人乗りの小型飛行機を間近でみる。
約50分空港で人の賑わいを見てレンタカーを返して宿に帰る。
これで与論島の観光は終り、翌日正午出港のフエリーで次の島「沖之永良部島」へ渡る。
沖の永良部島和泊港まで約二時間の船旅、小雨が降っていたが波は比較的静かで無事到着。この島では港から少し外れた隣町の「知名町にある知名フローラホテル」に投宿する。フローラホテルは知名町が経営をしている国民宿舎で、役場近く海岸沿いの高台に5階建てのリゾート風ホテルで、最上階には展望大浴場があって、久しぶりに手足を伸ばして風呂に入れる喜びがありました。シングルタイプのバストイレ付ながら結局部屋の風呂には入らず仕舞い、食事は定番の料理で宿泊料金も、二食付き¥8400-で普通
4階に泊まって全面に広がる太平洋の眺めだけは抜群でした。
翌日、レンタカーを借りて島見物に出かける。知名は島の南部に属して和泊港まで自動車で約20分位かかる。港のターミナルで観光案内のパンフレットを貰い、和泊の町を通り抜けて空港方面に15分程北上
する。国頭小学校にある日本一のカジュマルの樹を見物に出かける。現存の小学校の校庭に有る為学校の職員室に赴き許可を貰って運動場に入って見学をする、テレビのコマーシャルで一躍有名になった樹で、
今から120年前この学校の第一回卒業生の記念樹だそうですが、近くに立って眺めてみると大きさに圧倒させられる。写真を撮って学校を辞して空港前から島の最北端、国頭灯台の足元をとおり西海岸に回り
ヒューチャー(海岸侵食で出来た洞窟)を観光一路生み沿いに南下、島の中央部の越山資料館でこの島の
勉強をする。平坦地が多く農業が盛ん今は馬鈴薯の収穫期が終わったばかりで余り畑に人影はない。知名町に入ってこの島の特産芭蕉布の工房を見学に訪れるが、休刊日で残念ながら見ることが出来なかった。
西端の田皆岬に立ち寄り東シナ海の水平線と百合の自然生えを眺めて暫く休憩。回遊道路を東進、暫くして街道から山の中に入ってこの島の観光名所昇竜洞の鍾乳洞見学をする。西日本では秋吉台に次いで規模が大きいそうです。
この島も一巡しても半日強あればかなり詳しくあちらこちらを観る事が出来る。知名町は全体的に結構裕福な土地柄のようで、人情も厚く落ち着いた所で島を出た人が又帰って来て安住の地になるようです。
これで沖の永良部島の話は終り、翌日午後和泊港に出てフエリーで次の島「徳之島」に渡る。
夕方徳之島亀徳新港に上陸、亀津町の中「千歳旅館」で泊る。旅館は少し古いが食事接待は良く、値段も安く(二食付き¥6000-)まずまず。
翌日、レンタカーを借りて島内を見学する。徳之島は徳之島町は島の東北部 南部は伊仙町 西部は天城町の三町に別れており、島の中央部には400〜600M級の山々が聳え、島の外周部に集落が殆ど集まって、サトウキビと農業が中心のようです。観光は島の海岸に点在するビーチが主で、これと言った特別なものは無く、海釣りや素もぐりが目的で無いと余り印象には残らない島。島の一周は約80KMあって
一日充分かかる。
二日間の滞在で早々に今度は飛行機で奄美大島経由、喜界島に飛ぶ事にして徳之島空港からフライトをする。
徳之島空港からは38人折の双発小型飛行機で奄美大島まで40分、奄美大島から喜界島までは25分のフライトで乗り継ぎ待ち時間を合わせても2時間で着く。空港の近くの民宿ぎなま荘に投宿、宿は新築後約2.3年の新しい部屋、食事もまずまず。(宿泊労金は¥5750-)宿の隣でレンタカーを24時間契約で(¥4200-)借りる 小さな島で半日でも良いがと言われたが、明日のこともあってとりあえず一日に決めて島巡りに出かける。
先ず役場近くこの島の歴史観光として唯一、僧俊寛の墓公園を見学、島の中心地港近くの赤連地区の商店街で、店先で魚を捌いている島袋鮮魚店のお母さんを見つけて立ち寄る。朝近くの海で獲れた赤鯛に似た魚で一匹を買い求めて刺身でここで食べたいがとお願いをすると、少し困ったような顔をして見えたが、何ですかとお聞きすると、ここには醤油とわさびが置いていないから、近くの知人から届けさせるまで
一寸待ってもらえればの話で、それは申し訳ないですねといえば、よいよいと言って何処かにTELを掛けて、お客さんの要望だから醤油が欲しいと段取りをしてくださった。暫くして自宅の隣家から自転車でわざわざ届けて下さり、その間に刺身に捌いて皿の上に並べてどうぞと言われて食べました。獲れたての
新鮮な魚は、久しぶりにわが胃袋に収まり満腹で昼御飯代わりになりました。島袋のおばさん曰く永年この店で直接食べたのは初めてと言って喜んでお見えでした。料金も要らないなどと言われたが、待っている間に魚を買って行かれた時に、¥1500-支払っていかれた事を見ておりましたので、¥2000-
を出して醤油代も含めて受け取って下いとお願いして、収めて貰いました。明日の昼にも刺身を用意しておくから立ち寄って食べに来てくださいと言われ、是非来ますからと言って店を出ました。
店の前の島の周遊道路を右回りに北上トンビ岬から東海岸早町港から更に南下、嘉鈍集落の大ソテツを見て其の隣の阿伝集落に入って、集落全体が珊瑚の石垣で囲われた珍しい典型的な奄美の集落、保存地域を見学する。夕立に見舞われて暫く休憩後周遊道路を宿のある空港方面に向かい観光は終了する。
翌日、島随一の高台「百合の台」に出かけて180度の太平洋を展望する。其の後宿に帰りレンタカーを返して、徒歩で赤連の商店街に出かけて、約束とおり島袋鮮魚転移寄って又新鮮な刺身をご馳走になり、
午後の便で奄美大島へ向かう。
今回のたびで訪れた与論島 喜界島の人たちは、人懐こく親切なき風雅残っており旅の醍醐味を満喫できた。特に印象は食べ物も美味し伊ばかりでなく、子供達は見知らぬ私にもきちんと挨拶をする、都会の環境とは違うと言うけれど、都会の子供や親にに見せてやりたい。又小さな島ほどこの傾向が強い。
(次回NO-3に続く)
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