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			<title>おしゃべりさんから</title>
			<description>横着者で何時も投稿とは参らないおやじです。
出来るだけは勉強をしてご期待に沿えたいと思っております
 www.osyaberi.cc　も併せてご覧下さい= タイトル =</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/osyaberi1022</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>おしゃべりさんから</title>
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			<description>横着者で何時も投稿とは参らないおやじです。
出来るだけは勉強をしてご期待に沿えたいと思っております
 www.osyaberi.cc　も併せてご覧下さい= タイトル =</description>
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		<item>
			<title>参詣記録より ＮＯ-01</title>
			<description>私は今から６年前に事業を辞めるに際して何も目的が無くて、これからの時間を持て余しては勿体無いと思い、若い頃から寺社巡りに出掛け特に仏さんの顔を観る事が大好きでした。従って今までにどの位の寺社を廻ったか数知れません、大げさな話ですがこれまでの仕上げに、関西 四国 中部 関東の地域の&lt;br /&gt;
色々な寺社巡りのシリーズを組み合わせて、約６００ヶ寺を踏破しようと思い&lt;br /&gt;
立って実行に移しました。爾来５年間に４４０ヶ寺を済ませた所で、残りは後&lt;br /&gt;
２年位を目標に頑張っております。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今回、５月の２８～２９日の二日間で、北大阪～神戸市に掛けて１０ヶ寺を廻って来ました。そこで駆け足の文章になりますが次のようになりました。&lt;br /&gt;
又今回は、肝心のカメラを忘れて持参をしませんでしたので、映像はありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
２８日朝、東名阪道亀山から名阪国道を天理市に向かい、西名阪道～阪神高速&lt;br /&gt;
松原線から堺線に乗り換え住之江区の友人と一寸会い用事を済ました後、堺線から豊中池田線で豊中市桜塚町に有る「萩の寺で有名な東光院」に参詣する。&lt;br /&gt;
東光院は神戸震災で本堂などが倒壊して建替えられて、１５年前に出かけた時の面影が無くすっかり様替わりしてしまい、びっくりしました。参詣後は豊中市街地を北上、中国自動車道の下を潜り抜けて暫く行った所の住宅街の中に有る不動寺へ着く。不動寺は近畿３６不動尊巡りの８番札所、山の中腹斜面にコンクリート造りの二階に本堂が有り、本堂からの眺めは住宅街の屋根越しに箕生の山々が見渡せる。&lt;br /&gt;
お寺から街道に出て更に北上、箕生市役所前を通り箕生公園に向かう山道を登り、公園を通り越して勝持寺に至る。勝持寺は西国３３観音２３番札所、広大な敷地を有して箕生公園の一角で観光の名所でもある。参詣には駐車場の使用料と入山料も掛り、如何にも観光化されたお寺で参詣者もかなり賑やか。&lt;br /&gt;
参詣後は阪急箕生駅に戻り駅前を右折池田市に向かう。猪名川に突き当たりＲ-１７６線を右折北上、阪神高速道出口からＲ-４２３号線に右折して伏尾に&lt;br /&gt;
ある西国４９薬師１８番札所久安寺に参詣、郊外の静かなお寺で庭園堂宇も良く整備されている。楼門と阿弥陀如来が重要文化財の指定を受けており、見応えが有る。&lt;br /&gt;
第一日目は四ヶ寺これで終り、寺の直ぐ下にある伏尾温泉に宿をとり宿泊する&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
翌日は池田市の中央を貫いているＲ-１７６号線に至り宝塚方面に右折、猪名川を渡り川西市に入り、ＪＲ川西池田駅から右折花屋敷住宅街の奥にある、&lt;br /&gt;
新西国３３観音１３番札所「満願寺」に参詣する。万願寺は特徴の有るアーチ型の山門を潜り桜並木を通り抜けて、突き当たりの石段を上った所に有る本堂&lt;br /&gt;
に参詣をする。境内には本坊庭園のサツキ、山中のツツジなどが群生して、花&lt;br /&gt;
屋敷の呼び名の基になっている。&lt;br /&gt;
駅前のＲ-１７６号線に戻り宝塚方面に西進、阪急山中寺駅前に駐車して駅の構内を通り抜けると突き当たりに西国３３観音２４番札所「山中寺」の山門に&lt;br /&gt;
至り、暫く参道を歩くと石段があり其の上に本堂がある。石段の脇にはエスカレーターが設けられて、老若に関らず利用が出来る。全く便利になりました&lt;br /&gt;
次は寺から南下して伊丹市昆陽に至りＲ-１７１号線沿いの、４９薬師１９番札所「昆陽寺｣に参詣する。昆陽寺は行基寺とも言われ、伊丹市では最古の寺と言われ本尊が薬師如来をまつる名刹。&lt;br /&gt;
Ｒ-１７１号線を武庫川渡り阪急今津線の陸橋を下りた所を右折して北上、左折して山の中腹にある門戸厄神と呼ばれる東光寺に。珍しい厄神明王を祀るこの辺りでは有名なお寺で良く整備されている。&lt;br /&gt;
更に少し西進して右折北上して、六甲山系の東端に聳え立つ甲山の中腹にある&lt;br /&gt;
神呪寺に参詣、神呪寺は別名甲山太師といわれ厄神信仰で有名、境内からの眺めは大阪平野が一望できる雄大な展望台有る。寺の前を通る六甲山ドライブウエイで六甲山に登り六甲山頂ケーブル駅を通り越して、六甲山牧場の交差点を左折麻耶山天上寺へ。永い石段を登ってやっと本堂に着く、寺は佛母麻耶夫人&lt;br /&gt;
尊で安産腹帯のお寺として有名。&lt;br /&gt;
六甲山ドライブウエイの終点近くを左折して、再度山道に入り大龍寺に着く。&lt;br /&gt;
３６不動尊９番札所で再度山不動さんの名前で知られる山奥の寺、山門から本堂まで多くの石段を登ってやっと辿り着く難所。これもご利益と思い参詣をする。これで六甲山の中のお寺参りは終り神戸市内に急坂を下る。&lt;br /&gt;
市内を横断して阪神高速の柳原ランプの南側には入った所にある「能福寺」別名兵庫大仏といわれて、露座の大仏が境内にある。進西国３３観音２３番札所&lt;br /&gt;
になっておる。国道２号線を西進須磨区須磨海岸の北側にある須磨寺に。&lt;br /&gt;
真言宗の大本山でこの地域では境内も広く信仰の厚い有名なお寺、特に源平の戦の史跡があり、歌碑も多くある。&lt;br /&gt;
須磨寺から北上して北区の伊川谷に有る大山寺へ、本堂は鎌倉時代の遺稿が&lt;br /&gt;
良く残っており、国宝に指定されている有名なお寺。少し鄙びた所に有って&lt;br /&gt;
静かな佇まいがひときわ趣がある環境になっており、周辺もこのままの姿が&lt;br /&gt;
残ると良い。&lt;br /&gt;
これで二日かにわたって１０ヶ寺を参詣しました。夕方になって阪神高速北神戸線から中国自動車道、名神高速を利用して帰宅した。&lt;br /&gt;
長文をお読み頂き有難うございました。今後第二弾をいずれ掲載します。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/osyaberi1022/20625243.html</link>
			<pubDate>Fri, 01 Jun 2007 19:03:52 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>沖縄 奄美諸島 屋久島.種子島旅行記録 ＮＯ-03</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-e6-a8/osyaberi1022/folder/397088/55/19698855/img_0?1179138037&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
前回奄美諸島の喜界島迄の報告をしましたが、今回は奄美本島から始めます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
奄美本島の東側、太平洋に浮ぶ喜界島から奄美本島へは、小型飛行機の定期便でわずか約25分の空の旅。&lt;br /&gt;
奄美空港に到着する、空港は島の北部東海岸笠利町にあって、本島の中心地名瀬市からは車で約４０分位離れた所に位置しており、今回は空港の近くを拠点にして島を廻る事にして宿を探す。空港の北側宇宿部落にある民宿ハイビスカスに決める。&lt;br /&gt;
翌日は朝から小雨が降っており、とりあえず室内で観覧の出来る大島紬村へ出かけ、大島紬の工程を見学をする。沢山の人が色々な工程に携わり初めて出来上た布地を見て、これでは高価で販売をしなければ採算が合わない事が良く判った。少し土産を買って紬村を出て名瀬市に向かう、名瀬市に着いた頃雨も上がりかける。市内に入って港を突き抜ける行き止りに「奄美博物館」があって、約１時間半島の歴史と風土を勉強をする。&lt;br /&gt;
昼過ぎに名瀬の市街を少し見学をして引き返す、途中赤尾木の交差点から左折してＲ-58を本島西海岸を北上、赤木名港から更に北上して左仁部落から峠を越えて東海岸に出る、誰も居ない荒涼とした最北端笠利岬灯台に至る、引き返して宿に戻る。&lt;br /&gt;
翌日は晴天、南部古仁屋港を目指してドライブをする。空港前から赤尾木交差点からＲ-58に乗って名瀬市を通過して、幾つかのかなり永いトンネルを潜り住用村西中間にある道の駅マングローブ林を見学して&lt;br /&gt;
更に南下、網野峠から太平洋と対岸の岬を眼科に眺めて、勝浦から古仁屋港に到着。丁度古仁屋港から&lt;br /&gt;
海峡を隔てた対岸の島「加計呂麻島」へのフエリーに飛び乗って、瀬相港に渡る。&lt;br /&gt;
加計呂麻島を横断してもう一つの港、生間港までの乗り合いバスに乗る。今日は旧暦３月３日大潮で島ではお祭りの日、本島から帰ってくる人達で満員に近い賑わい。隣に同席した若い家族と馴染みになって、島の色々な話を聞いて楽しく過ぎる。バスは島の中を迂回しながら色々な部落を通って約一時間掛けて生間港に着く。バスはフエリーの時間合わせてあり１５分位の後出港する、約２０位で古仁屋港に到着する。駆け足でこの島を巡ったがこの島の人たちは、実に人懐こく親切で世話焼き人情の厚く心温まる気持ちになれる島で、一度改めてゆっくりと訪れたい。&lt;br /&gt;
古仁屋は南部の中心地だけに明るく賑わいのある落ち着いた町並み、港は対岸の島へ行く玄関口の風情が&lt;br /&gt;
有り、それらをが混然と溶け合って面白い町。帰路古仁屋から入り組んだ入り江と半島の西海岸を宇検村&lt;br /&gt;
まで約一時間半ドライブをする。役場のある湯湾から内陸部に入って峠を越えて住用村のＲ-５８へ出て、一路名瀬市に向かい宿に帰る。&lt;br /&gt;
奄美大島の紀行文はこれで終り。翌日飛行機で鹿児島空港経由で屋久島に向かう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
朝の鹿児島行きの飛行機でフライト、上天気で飛行機の窓から屋久島 硫黄島 開聞岳 桜島などが良く見えて４５分が短く感じた。鹿児島空港で乗り換える為に待合室に入ると屋久島行きの飛行機が故障をして&lt;br /&gt;
欠航の放送があって、代替の飛行機が間に合わず次の便も満員で、航空会社が用意した送迎バスで鹿児島港へ送り、高速船で屋久島に出かけて欲しいとの話で一時もめましたが、航空券お払い戻しをして空港からバスで鹿児島港に送って貰い、トッピーで３時間送れて屋久島宮之浦港に着く。&lt;br /&gt;
屋久島は宮之浦港の近く民宿八重岳で宿泊する。口永良部島に渡る船便は明後日朝８時発に決める。&lt;br /&gt;
翌日朝、レンタカーを借りて宮之浦から安房の市街を通過して、尾の間 栗生と周遊道路を西部林道入口にある大川の滝まで直行、大川の滝を見学した後引き返して栗生の近く中間果樹園に出かけてフルーツを&lt;br /&gt;
食べる。見学後平内海中温泉　尾の間の近く千尋の滝を見学。安房の町の手前から屋久杉ランドに登る、&lt;br /&gt;
標高８００Ｍ位まで登るとゆきさきにガスがかかり、間もなく雨が激しく降り出す。屋久杉ランドに着いたが車から降りるも大変な雨降り、諦めて下山する往路雨の降り出した所まで下りてくると、下界は晴天&lt;br /&gt;
全く屋久島名物の天気に振り回された様子。宿に帰り明日の口永良部島に渡る準備と休養をする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
翌日、８時１０分宮之浦港から上屋久町営のフエリー太陽で出港、６００トン級の小さなフエリーで船酔いが心配。屋久島の来た海岸を西に向かって永田岬灯台辺りまでの一時間強は、甲板で外気に当たりながら過す。波も静かで一安心だが永田岬を過ぎると急に波が荒くなって、甲板から船内に入る。口永良部島&lt;br /&gt;
が目の前に迫って本村港に向かう４０分、軽い船酔いに罹り一寸気分が悪いが何とか我慢して港に到着する。本村港まで迎えに来て貰った宿の主人の車で宿のある湯向温泉の部落まで、島の南回りで約２５分で&lt;br /&gt;
着く。&lt;br /&gt;
湯向温泉は１０軒の民家が有るだけの集落、その内に民宿も2軒だけの島の最奥の行き止まり。島内に三つ有る温泉の中では、一番設備の整った温泉小屋があり湯質も良いそうです。二十四時間掛け流しのかなりの湯量がある硫黄泉で、今日は観光客は自分ともう一人一月前から魚釣りに逗留をして見える方、集落の人だけが入るには勿体ない位の温泉、村の海岸には小型のフエリーが着けれる漁港があって、本村港の&lt;br /&gt;
非難港にもなっているそうです。今回は何もないこの島に来た目的は、温泉と島時間を楽しもうとしてやってきました。&lt;br /&gt;
午後は何もすることが無いので先ず温泉に入り体を休めて、港の突堤で魚釣りを楽しんで見える同宿の方&lt;br /&gt;
の脇で、魚釣りを見て楽しみながら時間を過す。シマ鯵二匹とクロと言われる黒鯛に似た魚が釣れた。今夜の夕食になるそうですから、首折れをして鮮度の落ちないようにしてアイスボックスに収めて見えました。夕食には釣った魚の刺身とあらを煮魚にして出されましたが、特にシマ鯵の刺身の美味しさは、昨年九州の大分県の関鯵に匹敵するくらい美味しく、ここに来た価値をひしひしと感じました。&lt;br /&gt;
翌日は午後の出港で昼前は何もする事無く、又小雨が昼頃まで降っており温泉に入ってのんびりと過す。&lt;br /&gt;
昼食はにはこの島の人口の何倍も居る野生の鹿肉料理が出た。罠で仕掛けて捕るのだそうですが良く捕れると宿の主人は言って見えました。昼食後帰支度をして今度は北周りの道を本村港に向かってもらい,途中海岸沿いにある西の湯の温泉を見る。山の斜面に屋根を掛けた簡単な小屋の中に一応男女に仕切られた&lt;br /&gt;
浴室があり、湯向の温泉と違って野性味があってよいかもしれないと思いました。本村港まで送って貰い&lt;br /&gt;
1セ料イ撚圧彭腟槐訓差舛傍△襦今度は酔い薬も飲んで準備をした所、海はなぎで心配する事も無く&lt;br /&gt;
無事到着する。港の観光案内のお姉さんが帰り支度の最中で、ご親切にも宿まで送って貰い恐縮しました&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
明朝、港の観光案内に立ち寄りお姉さんに昨日のお礼を言い、１０時のトッピーで種子島西之表港に渡る&lt;br /&gt;
港で宿を南種子町にある大和温泉ホテルに決めて、レンタカーを借りて西之表港を後にする。&lt;br /&gt;
空港に向かう島の中央道を南下、途中から東海岸立山港に出る。立山港から起伏のある東海岸沿いに南下&lt;br /&gt;
馬立の岩屋などの名所を眺めながら郡原から広域農道を中種町熊野海岸 茎永 竹崎宇宙科学技術館に到着&lt;br /&gt;
丁度見学バスの出た後で、諦めて館内の展示物を一時間位掛けて見学。明日午前中の見学予約をして退出&lt;br /&gt;
茎永に戻り島の南端門倉岬に向かう。茎永の集落にある赤米の歴史と現状を展示した赤米会館に立ち寄る&lt;br /&gt;
さらに南進を続けて門倉岬に至る。車を降りて展望台から下の海岸近くまで下りて、鉄砲伝来の記念碑を見る。岬を出て西海岸に沿って海沿いの道を北上島間港に着く、ロケットの基地の物流を一手に引き受ける港で、結構大型船が着けることが出来る設備のある港。港からＲ-５８に乗って中種子町の中心地上中&lt;br /&gt;
の町に入り宿の大和温泉ホテルに投宿する。&lt;br /&gt;
５．６日前から背中に吹出物が出来て化膿を仕掛けた、痛みは無いが傷口が心配になってきたので、明日で旅行を切り上げて帰ることを考えねばと思う。&lt;br /&gt;
翌日、１１時までにロケット見学をすればよいので、朝空港に出かけて切符を求めるが鹿児島行きは満席&lt;br /&gt;
引き返して上中町に戻る途中、本村の神社の境内にある大ソテツと近くの古市住宅（重文）を見学して、宇宙センターに出向き、広大な敷地内にある発射場をバス見学をする。先ずセンターから大崎の大型ロケット発射台と組み立て格納庫を間近で見学が出来る、丁度組み立て格納庫が作業中で大扉が開いて、中の&lt;br /&gt;
様子が観る事が出来ました。いずれにしても何でも桁外れに大きな設備で、近くで見ると圧倒されそうです。発射場から居尼は使われていない中型発射台を見て、近くの保管倉庫に一つ前のＨ２型の最後に製作されて、飛行しなかったロケットが分割されて保管している保管庫で、ロケットの内部の構造が良く見えるところに案内されて見学、最後にテレビに良く出てくる総合司令室を観て、センターに帰り解散。&lt;br /&gt;
センターを出て茎永殻上中の町に戻りＲ－５８を西之表港に向かう、途中西海岸にある住吉地区に種子島焼の窯を見学、焼き締め（常滑焼と同じ肌合い）花瓶を買い求める。西之表に戻りレンタカーを返して、&lt;br /&gt;
３時のトッピーで鹿児島港に向かい下船、タクシーで市役所前のバス停に出かけて空港行きのバスに乗車して、７時２０分の中部空港行きに乗って１０時ごろ家に帰る。&lt;br /&gt;
背中の吹出物は皮が破れてシャツを汚す、残念ながらこの事が無ければ後三日間先に帰る予定でした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
急ぎ足の旅行記です、最後までお付き合い有難うございました。又来年は少し角度を変えて最挑戦をする予定です。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/osyaberi1022/19698855.html</link>
			<pubDate>Mon, 14 May 2007 19:20:37 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>沖縄本島 奄美諸島 屋久島 種子島旅行記録 ＮＯ-02</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-e6-a8/osyaberi1022/folder/397088/41/19586841/img_1?1178960749&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
前回沖縄本島に続き与論島からの記録&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
沖縄新港を朝７時出港した鹿児島行きフエリーは、本島北部本部港に寄って沖縄本島を離れ北上、約５時間かけて正午少し前与論島茶花港に着く。天気も良かったがさすが６５００トンの中型船船酔いも無く安心して乗船が出来た。&lt;br /&gt;
船内で同じ与論で下船する地元の方と知り合い、近所で気心の知れた宿だからと勧められて「晴海荘ホテル」を紹介して貰い、其処にご厄介になることにする。港に着いて下船をすると息子が迎えに来ているからと言って、同乗して晴海荘まで送って貰う。&lt;br /&gt;
晴海荘は茶花の商店街の中心に建つ、ビジネスホテルと民宿を併せたような施設で、各室バストイレ付の２０室位あるこざっぱりとしたまずまずの旅館。宿泊費は二食付きで￥７５００-、食事は新鮮な島の魚と野菜を充分い食べさせてくれてお値打ちの宿でした。&lt;br /&gt;
宿に着いて今日は何処にも出かけず、宿のコインランドリーで早速３日分の洗濯をする。洗濯の間昼寝をする事にして約一時間ほど寝てしまい、洗濯場に降りて行くと、宿の女将さんが洗濯物を乾燥機に入れ替えて、乾燥が終った所で冷ましておきましたよ、といっていただき恐縮をしました。洗濯物を部屋に持ち帰りベットの上に並べて更に乾燥をさせている間、外に出て先程の宿をご紹介くださった薬屋さんで目薬を買い、礼を言いながらながら暫く立ち話をする。２０分くらい話して次のお客さんが見えたので、店を&lt;br /&gt;
出て町の中を散歩しながら町外れの漁港に向かう。防波堤の先端で三組の釣り人を見つけて其の横で一時間位見物をする、３種類の小さな魚が程ほどに釣れて結構楽しい。この旅行で初めて時間を気にしないで&lt;br /&gt;
のんびりと時の流れに島時間を楽しむ。&lt;br /&gt;
翌日レンタカーを借りて島巡りに出かける。先ず茶花の町から左回りに回遊道路を東地区に向かう、町外れにある「ゆんぬ楽園」に入場、与論島の亜熱帯植物と島の生活の歴史を体験見学、東地区の手前にある&lt;br /&gt;
島では一番標高の高い所の近くにある、「サザンクロスセンター展望台」から島の外回りを見渡す。海の彼方に沖縄本島の島影を見ることが出来た。展望台を出て島の東端赤崎海岸ビーチに寄る、土産屋のおばさんの攻勢をかわして早々に立ち去り、東地区の外れから北に延びる島一番のビーチ百合が浜海岸に出て&lt;br /&gt;
海岸をしばらく散策する。潮が引いた沖合いにはサンゴ礁のリーフに波しぶきが当り、遠浅海岸の様子が手に取るように、又、反転して砂浜の奥には防風林が海岸に沿って約１．５ＫＭ位先まで延々と続いて、&lt;br /&gt;
今はシーズンオフ人影も殆ど無く波の音だけが一層静寂さを演出してくれる。&lt;br /&gt;
百合が浜から少し北上して古里部落で今度は丘の方に入ると、畑の中にある小さな集落でこの島の土を使って、焼き物と陶芸教室を開いて見える「ゆんぬあんどぅーる窯」を訪れて見学をする。釉薬はこの島の植物の灰や珊瑚などを使った焼き物で、花器食器などが展示され其の中でソテツ灰の釉薬で焼かれた、青味かかった中に白の釉薬の垂が、先程百合が葉まで見たさんご礁のリーフを思い出させる、茶碗が気に入って買い求める。品物は月末頃家に着く頃に贈って貰うようお願いして帰って来た。&lt;br /&gt;
島は半日有れば充分に観光は出来る。古里集落の隣「宇勝海岸にある味八郎」で遅い昼を食べて茶花の町に戻る、未だ時間が有ったので町を通り越して空港とフエリー岸壁に出かけてみる。丁度空港では奄美大島から飛んでくる小型の飛行機の到着時間で迎えの人がみえたので、飛行機の出発まで待合室で発着を見る事にする。ローカル空港の短い滑走路に対応する為、双発の３８人乗りの小型飛行機を間近でみる。&lt;br /&gt;
約５０分空港で人の賑わいを見てレンタカーを返して宿に帰る。&lt;br /&gt;
これで与論島の観光は終り、翌日正午出港のフエリーで次の島「沖之永良部島」へ渡る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
沖の永良部島和泊港まで約二時間の船旅、小雨が降っていたが波は比較的静かで無事到着。この島では港から少し外れた隣町の「知名町にある知名フローラホテル」に投宿する。フローラホテルは知名町が経営をしている国民宿舎で、役場近く海岸沿いの高台に５階建てのリゾート風ホテルで、最上階には展望大浴場があって、久しぶりに手足を伸ばして風呂に入れる喜びがありました。シングルタイプのバストイレ付ながら結局部屋の風呂には入らず仕舞い、食事は定番の料理で宿泊料金も、二食付き￥８４００-で普通&lt;br /&gt;
4階に泊まって全面に広がる太平洋の眺めだけは抜群でした。&lt;br /&gt;
翌日、レンタカーを借りて島見物に出かける。知名は島の南部に属して和泊港まで自動車で約２０分位かかる。港のターミナルで観光案内のパンフレットを貰い、和泊の町を通り抜けて空港方面に１５分程北上&lt;br /&gt;
する。国頭小学校にある日本一のカジュマルの樹を見物に出かける。現存の小学校の校庭に有る為学校の職員室に赴き許可を貰って運動場に入って見学をする、テレビのコマーシャルで一躍有名になった樹で、&lt;br /&gt;
今から１２０年前この学校の第一回卒業生の記念樹だそうですが、近くに立って眺めてみると大きさに圧倒させられる。写真を撮って学校を辞して空港前から島の最北端、国頭灯台の足元をとおり西海岸に回り&lt;br /&gt;
ヒューチャー（海岸侵食で出来た洞窟）を観光一路生み沿いに南下、島の中央部の越山資料館でこの島の&lt;br /&gt;
勉強をする。平坦地が多く農業が盛ん今は馬鈴薯の収穫期が終わったばかりで余り畑に人影はない。知名町に入ってこの島の特産芭蕉布の工房を見学に訪れるが、休刊日で残念ながら見ることが出来なかった。&lt;br /&gt;
西端の田皆岬に立ち寄り東シナ海の水平線と百合の自然生えを眺めて暫く休憩。回遊道路を東進、暫くして街道から山の中に入ってこの島の観光名所昇竜洞の鍾乳洞見学をする。西日本では秋吉台に次いで規模が大きいそうです。&lt;br /&gt;
この島も一巡しても半日強あればかなり詳しくあちらこちらを観る事が出来る。知名町は全体的に結構裕福な土地柄のようで、人情も厚く落ち着いた所で島を出た人が又帰って来て安住の地になるようです。&lt;br /&gt;
これで沖の永良部島の話は終り、翌日午後和泊港に出てフエリーで次の島「徳之島」に渡る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
夕方徳之島亀徳新港に上陸、亀津町の中「千歳旅館」で泊る。旅館は少し古いが食事接待は良く、値段も安く（二食付き￥６０００-）まずまず。&lt;br /&gt;
翌日、レンタカーを借りて島内を見学する。徳之島は徳之島町は島の東北部　南部は伊仙町 西部は天城町の三町に別れており、島の中央部には４００～６００Ｍ級の山々が聳え、島の外周部に集落が殆ど集まって、サトウキビと農業が中心のようです。観光は島の海岸に点在するビーチが主で、これと言った特別なものは無く、海釣りや素もぐりが目的で無いと余り印象には残らない島。島の一周は約８０ＫＭあって&lt;br /&gt;
一日充分かかる。&lt;br /&gt;
二日間の滞在で早々に今度は飛行機で奄美大島経由、喜界島に飛ぶ事にして徳之島空港からフライトをする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
徳之島空港からは３８人折の双発小型飛行機で奄美大島まで４０分、奄美大島から喜界島までは２５分のフライトで乗り継ぎ待ち時間を合わせても２時間で着く。空港の近くの民宿ぎなま荘に投宿、宿は新築後約２．３年の新しい部屋、食事もまずまず。（宿泊労金は￥５７５０-）宿の隣でレンタカーを２４時間契約で（￥４２００-）借りる　小さな島で半日でも良いがと言われたが、明日のこともあってとりあえず一日に決めて島巡りに出かける。&lt;br /&gt;
先ず役場近くこの島の歴史観光として唯一、僧俊寛の墓公園を見学、島の中心地港近くの赤連地区の商店街で、店先で魚を捌いている島袋鮮魚店のお母さんを見つけて立ち寄る。朝近くの海で獲れた赤鯛に似た魚で一匹を買い求めて刺身でここで食べたいがとお願いをすると、少し困ったような顔をして見えたが、何ですかとお聞きすると、ここには醤油とわさびが置いていないから、近くの知人から届けさせるまで&lt;br /&gt;
一寸待ってもらえればの話で、それは申し訳ないですねといえば、よいよいと言って何処かにＴＥＬを掛けて、お客さんの要望だから醤油が欲しいと段取りをしてくださった。暫くして自宅の隣家から自転車でわざわざ届けて下さり、その間に刺身に捌いて皿の上に並べてどうぞと言われて食べました。獲れたての&lt;br /&gt;
新鮮な魚は、久しぶりにわが胃袋に収まり満腹で昼御飯代わりになりました。島袋のおばさん曰く永年この店で直接食べたのは初めてと言って喜んでお見えでした。料金も要らないなどと言われたが、待っている間に魚を買って行かれた時に、￥１５００-支払っていかれた事を見ておりましたので、￥２０００-&lt;br /&gt;
を出して醤油代も含めて受け取って下いとお願いして、収めて貰いました。明日の昼にも刺身を用意しておくから立ち寄って食べに来てくださいと言われ、是非来ますからと言って店を出ました。&lt;br /&gt;
店の前の島の周遊道路を右回りに北上トンビ岬から東海岸早町港から更に南下、嘉鈍集落の大ソテツを見て其の隣の阿伝集落に入って、集落全体が珊瑚の石垣で囲われた珍しい典型的な奄美の集落、保存地域を見学する。夕立に見舞われて暫く休憩後周遊道路を宿のある空港方面に向かい観光は終了する。&lt;br /&gt;
翌日、島随一の高台「百合の台」に出かけて１８０度の太平洋を展望する。其の後宿に帰りレンタカーを返して、徒歩で赤連の商店街に出かけて、約束とおり島袋鮮魚転移寄って又新鮮な刺身をご馳走になり、&lt;br /&gt;
午後の便で奄美大島へ向かう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今回のたびで訪れた与論島 喜界島の人たちは、人懐こく親切なき風雅残っており旅の醍醐味を満喫できた。特に印象は食べ物も美味し伊ばかりでなく、子供達は見知らぬ私にもきちんと挨拶をする、都会の環境とは違うと言うけれど、都会の子供や親にに見せてやりたい。又小さな島ほどこの傾向が強い。&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（次回ＮＯ-３に続く）&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/osyaberi1022/19586841.html</link>
			<pubDate>Sat, 12 May 2007 18:05:49 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>沖縄 奄美諸島 屋久島 種子島に出かけた記録ＮＯ-０１</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-e6-a8/osyaberi1022/folder/397088/19/19527619/img_0?1178864753&quot; width=&quot;454&quot;&gt;&lt;br /&gt;
毎年春先になると花粉症に悩まされ、花粉症のない沖縄方面に今年も出かけることにして、四月六日から&lt;br /&gt;
二十五日迄の二十日間、沖縄本島から奄美の島々そして屋久島 口永良部島 種子島と回遊してきました。&lt;br /&gt;
其の旅行記録を駆け足で記録のご報告です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
先ず中部空港から那覇空港に飛行機で一飛び、那覇市に在住のＮ君が本島を二日に亘って案内を引き受けてくれて、観光地とは余り関係のない沖縄中部東海岸にある、海中道路を通って伊計島へ、翌日は北部の&lt;br /&gt;
「やんばる」原生林を観光しました。&lt;br /&gt;
伊計島へは那覇からＲ-５８を北上、浦添市西原Ｉ.Ｃ.から沖縄自動車道を北中城Ｉ.Ｃで下車、勝連町、&lt;br /&gt;
与那城町の北岸から海中道路に入って、対岸平安座島の国家石油備蓄基地外周を廻り隣の宮城島へ、宮城島を横断更に橋で結ばれた伊計島に入って、北岸の突き当たりにおあるビーチホテルまで走る。伊計島は&lt;br /&gt;
島の中央部が平坦で、サトウキビを始めとする農業が盛んな小さくて静かな島。ビーチホテルを反転して&lt;br /&gt;
宮城島へ、更に小さな川の程度しか離れていない殆ど陸続きの平安座島へ、元の島より大きく埋め立てられて、島の大部分が石油備蓄基地として巨大な石油タンクが林立をしている島。石油基地を通り越して再び海中道路を本島に向かう、丁度引き潮道路の両側が遠く迄サンゴ礁が水面よりも上に出て所々に水溜り&lt;br /&gt;
がある海岸の風景を見ることが出来た。&lt;br /&gt;
翌日、那覇Ｉ.Ｃ.から沖縄道に乗って終点許田Ｉ.Ｃで降りると直ぐ北部の中心地名護市街に入り、Ｒ-５８を西海岸に沿って北上、大宜味村 国頭村に入って直ぐ比地川キャンプ場で車を降りて、やんばるの原生林の中川沿いの遊歩道を約４０分登ると、約３０Ｍ位の落差のある比地の大滝に到着、沖縄随一の&lt;br /&gt;
大滝だそうです。上流の原生林から流れ出る水量の豊かな綺麗な水を手で掬って飲む。&lt;br /&gt;
瀧見物を終り国道に戻ると「道の駅ゆいゆい」で国頭定食を食べる。沖縄の家庭料理で薄味で美味、値段も結構お値打ち（￥１,000-）　食後さらに西海岸沿いＲ-５８を北上、本島最北端辺土岬に到着。岬の&lt;br /&gt;
展望台から海のかなたに次に訪れる与論島の島影を遠望、辺土岬からはやんばるの中を東海岸に沿って南下する。途中安田部落にあるヤンバルクイナの病院に立ち寄り、非公式に一寸の間だけ金網越しに絶滅の恐れのある飛べない鳥、ヤンバルクイナを間近で見せて貰う。&lt;br /&gt;
安田部落から更にやんばるの中を南下、東村に入り一昨年海水で揚水発電所のテストプラントを見学に来た事を思い出す。東村から山越えをして西海岸Ｒ-５８に出て那覇に帰る。今回はＮ君の骨折りで亜熱帯低潅木の沖縄本島の原生林を充分楽しむ事が出来た。&lt;br /&gt;
翌朝７時沖縄新港から鹿児島に向かう６０００トン級のフエリーで５時間、正午近くに到着する次の島「与論島」に向かった。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/osyaberi1022/19527619.html</link>
			<pubDate>Fri, 11 May 2007 15:25:53 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>コレクションシリーズ 2</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-e6-a8/osyaberi1022/folder/397086/15/16077615/img_0?1174179734&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-e6-a8/osyaberi1022/folder/397086/15/16077615/img_1?1174179734&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
久しぶりに又投稿致します。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
先月或る同好会のチャリティーがあって、半ば押し売りの格好で引き受けた品物が４点、写真を添えて&lt;br /&gt;
ご報告を致します。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
先ず常滑急須は常滑の作家、八井さんの作品で胴体にエジプトの古代絵文字が浮き彫りになった、標準&lt;br /&gt;
的なやや大きい使い易い急須。最近毎日使用しております。　右隣は中村さん（春日井市在住）は陶芸&lt;br /&gt;
作家ではありませんが、素人の領域を通り越した努力家の作品。一見黄瀬戸の地に全面釉薬の垂れがあ&lt;br /&gt;
り、伊羅保風に仕上がって面白い。&lt;br /&gt;
下段左は萩焼の一輪挿し花瓶で松野龍司さんの作品、萩焼きの白地と青鼠色のツートンで全体が構成され&lt;br /&gt;
た、小さな花器。　水指は典型的な大振りの志野焼、多治見の陶芸家正春作。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以上の４点、値段はオークションでしたから、品物の割には大した金額にならず諦めて引き受けました。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/osyaberi1022/16077615.html</link>
			<pubDate>Sun, 18 Mar 2007 10:02:14 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>猪と椿</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-e6-a8/osyaberi1022/folder/251609/03/11515103/img_0?1168733179&quot; width=&quot;300&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-e6-a8/osyaberi1022/folder/251609/03/11515103/img_1?1168733179&quot; width=&quot;300&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-e6-a8/osyaberi1022/folder/251609/03/11515103/img_2?1168733179&quot; width=&quot;300&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-e6-a8/osyaberi1022/folder/251609/03/11515103/img_3?1168733179&quot; width=&quot;300&quot;&gt;&lt;br /&gt;
今年の干「支亥と椿」何も関係ありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
手芸の好きな方から、毎年の干支の縫いぐるみを頂きます。今年は正月に間に合わず、５日の日にわざわざ届けて頂き大変恐縮をしました。其の作品と庭に咲いた五月姫の椿の花を組み合わせて、玄関横のカウンターの上に飾ってみました。&lt;br /&gt;
猪は米俵に足を掛けて（一寸行儀が悪いかな？）新年の叫びを誇示しております。敷物は牛皮でこれも手芸の一つ、靴屋の職人をしている友人が端切れで作って呉れた物を利用してみました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
去年の暖冬の所為か本来なら正月には未だ蕾が出来かかる時期に、遅咲きの椿が花を咲かし始めましたので、常滑焼ツウトーン柄をした焼締めの一輪差しに活けて組み合わせてみました。今年は猪が一年間カウンターの上で、来訪者の目を楽しませて呉れると思います。&lt;br /&gt;
ブログのタイトル写真は去年の戌が座布団の上で座っております、比較して頂くと趣旨が良く分ると思います。マスコットであり、厄逃れの役目をして貰っております。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今は庭には椿以外には、きいせんかの花が少し咲いておる以外は、実用的な大根と葱、餅菜位しかありません。全く花の無い時期ですが野菜の青さで何とか潤っております。&lt;br /&gt;
二月の終わりになれば、色々な花が芽吹いて咲きかけます。それまではじっと我慢の季節です。又花が咲いたら、花便りの記事を作ってお届けいたします。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/osyaberi1022/11515103.html</link>
			<pubDate>Sun, 14 Jan 2007 09:06:19 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>元旦豊川稲荷に参詣した</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-e6-a8/osyaberi1022/folder/397088/83/10637783/img_0?1167791330&quot; width=&quot;186&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-e6-a8/osyaberi1022/folder/397088/83/10637783/img_1?1167791330&quot; width=&quot;300&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-e6-a8/osyaberi1022/folder/397088/83/10637783/img_2?1167791330&quot; width=&quot;300&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-e6-a8/osyaberi1022/folder/397088/83/10637783/img_3?1167791330&quot; width=&quot;300&quot;&gt;&lt;br /&gt;
新年明けましてお目出度う御座います。&lt;br /&gt;
本年も相変わらずの下手な投稿にお付き合いを、お願いいたします。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
元旦は５０年来朝から豊川稲荷に参詣をする事が、永年の習慣になっておりますので。今年も朝８時半過ぎに家を出て名駅から、名鉄電車で１１時少し前に豊川まで出掛けて参詣して参りました。&lt;br /&gt;
電車を降りて稲荷まで歩いて５～６分、宮前商店街に入ると参詣の人達でにぎわっており、正門を入る頃には歩く事に少し不便を感じる位混んでおりました。　正門を潜り突き当たりにある妙巌寺に参詣、其の脇にある記帳所に昨年のお札を返して、今年一年分の祈願料を収め本殿に向かう。本殿参拝には焼く５０Ｍくらいの行列が出来ており、最後尾に並び約２０分後にやっと本殿前に到着参拝をする。参拝を終わると本殿横にあるおみくじ所で、本年の運勢を試しにひいてみると（吉）と出た。吉は一番無難で先ずは本年無事に波風も無く行ける行けると思う事にした。&lt;br /&gt;
おみくじを縄に結び付けて石段を下りて、渡り廊下の下を潜り奥の院に向かう。途中幾つかの分社やお寺に参詣をしながら、奥の院に到着して全部の参詣を終わる。奥の院脇にある幟旗の祈願所で幟旗を買い取り、筆で祈願文｛家内安全、交通安全）二項目だけにして、名前と共に記帳する。記帳をした旗に竿を取り付けて貰い、参道に戻り幟旗を立てて全行事は終わり約一時間半、一時少し前でした。&lt;br /&gt;
これが毎年元旦に豊川稲荷を参詣をする手順です。なんせ一年正月以外には滅多に来た事のない不信者ですが、若い頃から毎年家中から笑われながらも、今年で約５０年続けた者だと感心をしております。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
参詣を済ますと門前前にあるヤマサのちくわで、豆かまぼこや、野菜入りのはんぺんと、隣の店屋で生せんべいを土産に買って商店街の賑わいを見ながら豊川駅に戻り、電車に乗って三時少し前に帰宅しました&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
毎年、これが私の元旦の日記です。&lt;br /&gt;
写真は豊川さん参拝風景と幟旗を撮ってきましたので掲載しました。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/osyaberi1022/10637783.html</link>
			<pubDate>Wed, 03 Jan 2007 11:28:50 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>白菜を漬ける</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-e6-a8/osyaberi1022/folder/251609/59/9556959/img_0?1166667876&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
一昨日近くの中村公園で九の市があって、見事な白菜を見つけて￥２００-で買った。今年の野菜は気候の温暖化で百姓さんには気の毒な位、豊作貧乏のようです。&lt;br /&gt;
早速白菜を八きりにして二昼夜天日に干して、今朝塩漬けにした。&lt;br /&gt;
先ず大き目のポリバケツを用意、日干しした白菜をポリバケツに並べながら、細かく砕いた鷹の爪５個程度と、５MM／MM角位に小さく切った昆布を２０～２５片白菜の間に蒔きながら漬け込み、最後にみかんの皮をも細かく刻んだで白菜の上に振り掛ける。一方小鍋に塩３５Ｇ程度に水４００ＣＣを、沸騰寸前まで&lt;br /&gt;
煮込み漬け終わった白菜の上から満遍なく蒔き、押し蓋に重石を載せて外部の日陰に置いて漬け終る。&lt;br /&gt;
明日一度下積になった白菜を上部の白菜と入れ替えて更に、明後日水の揚がり具合によっては、もう一度&lt;br /&gt;
ひっくり返す。　３日目位になると様子を見て、良く漬かった部分から食べる事が出来る。&lt;br /&gt;
食べるだけ出したら白菜の塩分を良く水洗いしてから、水を切って皿に盛り付ける。　大体漬けてから３～４日で水が白菜の上まで上り、一番食べ心地の美味しくなるはずです。その時には二三日分を残して他の容器に移して、冷蔵庫で底温保管をすると永く美味しく食べる事が出来ます。又５～６日経つと醗酵をして酸味が出ます、酸味の嫌な方は食べる前に味の素を少し振り掛けると、酸味が消えて甘味のある白菜漬けを最後まで食べる事が出来ます。&lt;br /&gt;
漬物の重石は出来るだけ重い物を使うと、早くむらなく漬かります。重石の軽いときは少し上から塩をそのまま振り掛けてみて下さい。　この方法は私の住んでおる名古屋地区の気温を基に、お話をしております。皆さんの土地の気温で調整をして下さい。&lt;br /&gt;
今から漬けると正月頃には、美味しい白菜漬けが食べれます。頑張って挑戦をして下さい。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/osyaberi1022/9556959.html</link>
			<pubDate>Thu, 21 Dec 2006 11:24:36 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>コレクションシリーズ01</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-e6-a8/osyaberi1022/folder/397086/37/8247237/img_0?1165377542&quot; width=&quot;501&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-e6-a8/osyaberi1022/folder/397086/37/8247237/img_1?1165377542&quot; width=&quot;501&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-e6-a8/osyaberi1022/folder/397086/37/8247237/img_2?1165377542&quot; width=&quot;504&quot;&gt;&lt;br /&gt;
陶磁器のコレクションを始めて３０年が経ち、色々な陶磁器が約７００点、倉庫の棚を大きく占領しております。&lt;br /&gt;
２年ほど前から少しずつ整理をしてきましたが、今年夏にやっと整理が終わりました。&lt;br /&gt;
自分の好みで大した物はは有りませんが、折角ですから少しずつ暇を見つけて掲載しようと思っております。余り期待をしないで気長に眺めてお付き合い下さい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今回は最近名古屋ドームで陶器の即売会があって出かけた時に、四日市萬古焼松月窯の作品と本州最北端&lt;br /&gt;
北海道知床焼の斜里窯　中村二夫作の２点、知り合いのＫさんから遺贈された楽焼の茶碗を、合計３点の写真を掲載しました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
萬古焼はご存知のように土鍋が有名ですが、土鍋と同じような焼き方で白の刷毛目が渦巻きの様な文様が特徴の模様をした松月窯のオリジナル新作品。&lt;br /&gt;
北海道知床斜里町にある　斜里窯中村二夫作品で白粉挽きの平凡な作品ですけれど、産地が珍しかったので買ってみた。使い込むと程陶器特有の上&amp;#31198;に割れが出来て、景色の具合が面白く出ることを期待しています。&lt;br /&gt;
Ｋさんから頂いた楽焼は良く使い込まれており、無銘で作られて年代は一寸分りませんが、お父さんの時代に購入されたそうですから、多分大正の初め以前に焼かれた茶碗と推定されます。Ｋさんの生前茶会に招待された時に経緯を伺っており、ご本人お気に入りの茶碗で二代にわたって愛用された物を、今年夏に&lt;br /&gt;
其の辺りの話を伺ってご遺族の方から頂戴しました。大切に保存をしなければと思っております。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
とりあえず今回は初回ですから、手近な所に置いてある茶碗から掲載する事にしました。&lt;br /&gt;
ご意見、質疑などがありましたら、何時なりとお知らせ下さい。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/osyaberi1022/8247237.html</link>
			<pubDate>Wed, 06 Dec 2006 12:59:02 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>「御清水に泉」に美味しい水を汲みに出かけました</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-e6-a8/osyaberi1022/folder/251609/88/7820588/img_0?1164963596&quot; width=&quot;400&quot;&gt;&lt;br /&gt;
美味しい水を求めて岐阜県揖斐川町まで行って来ました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私の贅沢でお茶（煎茶）を毎朝起きると食事前に必ずお茶を点てて飲みます。其のお茶の水は水道水では、如何しても消毒の匂いがしますので、名水と言われる水を求めて時々６７KM離れた揖斐川町にある「御清水の泉」迄、片道１時間４０分を掛けて汲みに出かけます。&lt;br /&gt;
此処の泉に到着する前には、あちらこちらの名水を試飲しましたが、汲みに出かける時間と距離などを考慮した結果、５年前位に此処に決まりました。お茶ばかりでなくご飯の水にも使いますので、１８Ｌポリ缶を１０缶で約４０日～４５日間位利用できます。この泉は伊吹山系の石灰岩の地層を潜って湧き上がる為、無味無臭で水が非常に滑らかな味をしており、お茶を点てるとお茶本来の味が出る事は勿論、普通は&lt;br /&gt;
３煎目で味が局単に落ちますが、もう1煎余分に美味しく飲む事が出来ます。&lt;br /&gt;
夏場は２５～３０日位の保存しか出来ませんが、今の気温の低いときは５０日位経っても、水は悪くなりません。勿論、一定の温度と光を当てない場所の倉庫中で、注意をしながら保存をしております。生水でも飲めますが、原則的に９０度前後の沸騰前位の温度で一度沸かして飲むようにしております。&lt;br /&gt;
泉は街道端に３～５台の駐車場がついており、何方でも自由に組んでも差し支えありませんので、近所の方は勿論、結構遠方から汲みに来られており、何時行っても大抵２～３台位の待ち時間を覚悟して、出かけなければなりません。水汲みは無料です。しかし心付けで１００円位置いてきます。それらは近くの方々で、泉の周りの清掃道具の費用に充当して見えるようです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
お出かけになるなら、大垣市内から揖斐川町に向かって北上、近鉄揖斐川駅を通り過ぎるとすぐ、揖斐川支流粕川に架かる橋を渡り、初めての信号を左折旧春日村の方向に約５ＫＭ先、山の麓に水汲み場があり&lt;br /&gt;
ます。水汲み場には記念碑が建っており、屋根が架かり岩の間から絶え間なく水がわいております。&lt;br /&gt;
日照りが続いても水は絶える事のない泉の名所になっております。&lt;br /&gt;
とにかく、お茶を飲んでみると何かが違います。ペットボトルの買う水でもこれだけの味は出ません。&lt;br /&gt;
おそらく身近な所に探してみると、もっと良い名水が有ると思います。皆さんも気を付けて探してお茶を&lt;br /&gt;
飲んで見ると、（コーヒーでも同じです）気持ちが変ってきます。お試し下さい、お勧めします。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/osyaberi1022/7820588.html</link>
			<pubDate>Fri, 01 Dec 2006 17:59:56 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		</channel>
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