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落語

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天国の小咄
「あのよー」'
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桂うらら

  1979年生。芦別市出身。芦別高校卒。
  1996年桂歌春に入門。
  2001年二ツ目昇進。
  NHKラジオ「サンデージョッキー」、NHK衛星「ふるさとみなさま劇場」にレギュラー出演。

 落語立川流家元・立川談志はまさに志を談ずる天才ではないか。
 「伝統を現代に」
 「落語とは人間の業の肯定」
 「落語はイリュージョンだ」
 言葉は鮮やかな記憶となり残る。

 「幸福の基準を決めろ」はここ数年、私の指針でもある。
 昭和41年の映画「クレージーだよ奇想天外」で谷啓が唄った主題歌「虹を渡ってきた男」の歌詞「あのね あんた知ってるかい どこにあるのか 幸せが ほら あんたの心の中にある」とともに、どう生きれば幸せなのか、折に触れて考える。

 九代林家正蔵の「幸福の基準」は何なのだろう。古典落語の進境著しいと最近よく見聞きするが、21日の襲名興行初日に演じた「子別れ」をテレビで断片的に観た限りでは、疑問符が付く。

 今まで通りテレビタレントに安住する、父・三平のように漫談に徹する、大名跡正蔵に恥じない古典落語演者になる、どの道が新正蔵にとっての幸福なのか。本人は「落語家」への道を選択した。第三者としては十年後、二十年後の正蔵を想い、期待するしかない。

 ややしばらく落語のCDを聴いていない。ラジオやテレビはたまに聴くが。生で観る時、寄席へ行く時に備えて感受性の棚を空けておいてあるのかもしれない。

 2年ほど前に落語講談浪曲のCD80枚セットを購入したが、聴いたのは志ん生、円生など落語7,8枚、浪曲は虎造1枚くらい。本でもそうなのだが、買ったら安心して見ない、ということもある。

 最初に買った落語CDは三木助の「芝浜/ざこ八」。その後文楽、志ん生、円生などその時の気分次第で購入していった。だが、未だに立川談志のCDだけは買っていない。この眼で観て感動した演目の印象を、なるたけ保ち続けたいからだろう。

 その談志の弟子・志らくのCD「志らくのピン」が今までに最も大笑いした一枚。本人曰く「ジェットコースター落語」には毀誉褒貶あるようだが、私は理屈抜きに笑った。特に「時そば」がお気に入り。志らくは5,6回しか観ていないのだが、生よりもCDの印象が強い。

 札幌での談志ひとり会に、2回ほど志らくが同行していた(前座は長らく談々=現嵐丸?が務めていた)ことがある。そのとき「皆さんほとんど私のことなんか知らないでしょうけど、東京じゃかなり知られた落語家なんですよ」と、2回とも喋った。ネタなのかもしれないが、ちょっと寂しく感じたことを覚えている。

 志の輔は年2,3回の北海道公演を10年以上続けている。「若手」では昇太、正雀、文我などが定期的に北海道で独演会を開催している。志らくにも札幌で演ってほしいな、と度々アンケートにも書いたが未だ実現せず。たしかにドサ廻りとか嫌いそうだが……。あの圧倒的な笑いの量は落語初心者に優しいと思う。

 個人的にはシネマ落語を生で観たい。本で読んだだけだから。思わず長くなってしまいました。

 林家こぶ平師匠が九代目林家正蔵襲名記念のパレードとお練りを行った。上野・鈴本演芸場から浅草までのパレード、浅草寺のお練りに計14万5千人が集まった。

 先日、「伝統芸能における襲名の効果」http://blogs.yahoo.co.jp/otaruhokkaidonippon/508940.html という私論を述べたが、昨日のイベントは想像以上の成功だった。中村勘三郎襲名お練りの倍の人数が詰め掛けたとの報道もあった。昨夜7時のNHKニュースでも取り上げられ、今朝は各局が大きく扱っている。

 三平没後24年経つ。二十七回忌か三十三回忌には弟・いっ平の「三平襲名」が予想される。その時も今回並みに世間の注目を集め、落語の存在を知らしめてほしい。逆に言えば、それだけ落語が忘れ去られている、ということなのだが……。

 落語界の大名跡を継ぐこぶ平師。「こぶ平下町感謝の日」と銘打ったイベントの締めくくりに「子別れ」を演じた。ここ数年の「古典」への取り組みは、周囲も目を見張るという。こぶ平師は「江戸時代までたどれる名前なので、代々やってきた『人情噺』『怪談噺』などに挑戦したい」と抱負を語っている。

 父・三平は、爆笑王として邪道を貫く努力と葛藤もあり若死にしたとも言える。九代目正蔵は従来の漫談路線を取っても、とりあえずはいいのではないか。漫談で客席を沸かせる腕はあるのだ。むしろ「三平門下のお家芸」とばかり開き直ってもよい。代々の正蔵に囚われる必要はまったくないのであって、時の流れが自然と九代目正蔵に古典の雰囲気を付けてくれれば、理想的に思う。

 ただ「正蔵」の古典を聴いてみたい興味はかなりある。なにせ、こぶ平時代に数回、生で観たいずれも漫談だったから……。

 歌舞伎役者の中村勘九郎が、18代目中村勘三郎を襲名したニュースの扱いは大きかった(息・七之助の騒動もあったが)。普段、歌舞伎にまったく興味がない人も、「中村勘三郎」の名が記憶の片隅には残ったはずだ。

 戦後の歌舞伎を守ってきたのは、良くも悪しくも松竹である。興行ノウハウがあったため、ニュース提供に長けていたことは、歌舞伎の命脈を保ち続けた一因とも言えよう。襲名興行とは耳目を集めやすく、パブリシティには最適の催しであり、最大限に活用するのは興行会社として当然の策だ。

 翻って落語の世界を見ると、これまで襲名興行はあるにはあったものの、極く慎ましやかに行われていた。むしろ真打披露を派手に行い、そのためいささかのニュース性を持つ場合もあった。例えば平成13年、大看板「柳亭左楽」6代目襲名興行があったが、左楽の名を目にした人はどれほどいただろうか。5代目引退興行に吉井勇が「左楽の名 長く残れと 祈りつつ 六十年の 高座思いぬ」の歌を贈ったが、残念ながら世間一般では長くは残らなかった。

 林家こぶ平が九代目林家正蔵を襲名する。弟・いっ平が浅草でお練りをするなど派手な真打披露をしたから、正蔵襲名興行には期待できる。これを嚆矢に落語界も「襲名」をプロデュースする感覚を持ってもらいたい。マスメディアとは基本的には常にニュースに飢えている。そこへちょっとした情報を提供し、「画になる」場面を創ってあげればよいのだ。

 落語界には「留め名」もあるが、歌舞伎の「団菊左」に匹敵する大名跡がまだまだ沢山あるではないか。小さん、柳橋、文治、円左、燕枝、円馬、今輔……。三遊亭の総帥・円生をそろそろ復活してもよいと思う(誰も継げないか?)。そう遠くはない将来、柳家花禄の6代目小さん襲名では、今回の勘三郎襲名並みの騒ぎにはなってほしい。

 蛇足だが、筆者は大角力も基本的には伝統芸能と考える(協会はスポーツ的見せ方を強めているが)。だからこそ四股名にも襲名がある。しかし、伝統ある名前の継承が極端に少なくなっている。最近で記憶に残るのは、夭折の横綱・玉の海の前名・玉乃島が復活したくらいか。十両で小緑という古い名も復活したが、幕下に落ち本名に戻した。琴○○、朝○○、○風といった定型の四股名には魅力も美学も感じられない。


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