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現在、僕が音楽をはじめてから今に至るまでの経緯を少しずつ更新中です。
その1 から続いてます。
今日はその26
活動場所を求め路上ライブを開始した僕らは、
紆余曲折ありながらも、新宿、上野と安定して演奏活動が出来る
場所を手に入れる【その1〜その23】
【その24】からは、
僕の音楽活動を通じて経験した
特別印象に残っている事を【歓喜編】と【修羅場編】に分けていくつか紹介
してみたいと思います。
今日は 【修羅場その1】 〜音更的バスキング道〜
路上や広場など、公共の場所でパフォーマンスをする事を
「バスキング」といいます。
海外では、ストリートライブという言い方よりも「バスキング」という
呼称の方が一般的です。
そして、バスキングをする人達のことを「バスカー」と言います。
さて、このバスキング・・・路上パフォーマンスで一番嫌な事、
しんどい事は何かと聞かれたら、
僕は「準備です!」と即答します。
仲間と一緒に行う場合、すなわち一人で行動していない場合は
まったく問題ありません。ノンプレッシャーです。
しかし、これが単独行動。自分ひとりのみでやらなければならない場合、
全然話が違ってきます。
実は僕、こう見えて自分なりの『バスキング道』みたいな信念を持って
おり(すみません!軽く読み飛ばして頂ければ・・・)
「一人で広げ(機材の入ったトランクを広げる。ようはパフォーマンスをする事です)られない
者は、本物のバスカーにあらず。」
と思っております。パフォーマンスを一人でするのはもちろんですが、
観客や準備の手伝いに友達、スタッフ、ファンなどの協力者を連れてくるのもNGです。
正真正銘、自分以外の誰もが見知らぬ人。その場所の誰も、これから自分が
演奏をするとは思っていない・・・・そんな状態から
パフォーマンスを開始して成功させる・・・これが出来る人こそが、
真のバスカーであると思っています。
バスカーはフリーランスのペンペン草です(笑)
社会情勢に激しく左右されます。
例えば、何年か前のことです。、新宿東南口にある日突然、
「道を極めた人」が現れはじめ、
その日を境に以後半年ほど、まったく演奏が出来なくなった事がありました。
また、ある時はテロ対策で、公の方の管理が厳しくなり
やはり演奏出来なくなった事がありました。
こんな時、バスカーは稼げる都市を目指して世界中を渡り歩きます。
「今、シドニーが熱いぜ!」と業界(狭いです。バスカー業界。知り合いの知り合いまでで
世界一周出来ます)で話題になれば、オーストラリアへ飛び、
「今、ひとまわりしてやっぱN.Y.?」となれば、
例え松井がもうヤンキースにいなくても(黒田がいるしね)N.Y.を目指さねば
なりません。
新宿に友達連れて行けても、シドニーやN.Y.じゃ無理です。
だから、一人で動けないバスカーは食いっぱぐれます。
そこで、冒頭の準備の話です。
仮にその場所がちょっとした広場だったら・・・
待ち合わせの人。
休憩している人。
通行人。
色々な人がいて、その場所の空気が出来あがっています。
そこに突然ひとりで機材を拡げ、パフォーマンスを開始する。
ゲリラ的にその場の空気を壊して、自分の演奏のための空気・雰囲気に
作りかえねばなりません。
最初、場の空気はなかなか自分に同調してはくれません。
「あいつ何はじめんだ?」 「ギター?」
「一人でよくやるね〜」
等など、ありとあらゆる好奇の視線をしのぎきって、
徐々に聴衆を増やして空気を作っていきます。
ある地点を境に一気にオーディエンスが増えて
人の輪が出来あがる・・・・
と、ようやく音楽の時間が、フェスがはじまります。
そうなってからのストリートライブは最高に楽しいものです。
逆に言えば、その境界線までもっていくのが途方もなく難しく
大変で、骨の折れる作業なのです。
見知らぬ人、街の雑踏の中で機材を拡げる時のドキドキ
そして、音を出したものの、誰一人止まらぬ時の焦り。恥ずかしさ。
頼れるものは自分のみ。とにかく一人でなんとかするしかない。
覆いかぶさるような孤独感。
そんなものをすべて乗り越えて
その場所を楽しい音楽の時間・空間にかえられた時の
充実感。達成感。
これぞバスキングの醍醐味であります(微笑)
・・・あ〜なんか書いてたら路に出たくなってきた。
でも、機材重いしな・・・手伝ってもらっちゃおう(ボソ)
まあ、そういう覚悟が大事という事で(笑)
それが出来なくなったら引退と、
私は心に決めております。
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