根暗な私と日常等
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音痴なくせに人前で歌う私
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自分の目指すゴールがどこなのか。
疎まれて、しがみつく事はしたくない。
疎まれているかどうかを察知するアンテナだけは、
メンテナンスを怠らず、感度良好な状態でいたい。
その為に、必要な人間であるための努力は惜しむつもりはない。
24時間食べなくても、数日続けて3万歩くことになっても、
こちらに向けられる眼差しが好意的で、歓迎を物語っていれば、苦しいとは思わない。
食欲も、物欲も、きっと平均的な水準より低いのだと思う。
その代り、居心地の良い居場所という特等席を求めることについてはかなり欲張りだ。
努力できる状態が続くのなら、それは有り難いこと。
感謝して、労力は惜しまない。
誰かのためにではなく、自分自身の為に。
シワシワで、骨ばった姿になった私に、
ふかふかなのに沈み込まない、上等な居場所が待っていることを夢見て。
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築10年を超えた自宅のフローリングが傷だらけになっていた。
数年前に近所の工務店の人から、
「本当は、ワンちゃんにはフローリングじゃなくてクッションフロアーの方がいいんですよ」
と聞いたことがある。
それ以来、気になっていて工務店に見積を取ろうと思いながらも、
犬が吠えたら嫌だと思ったり、工務店の下見のためにスケジュールを調整するのが面倒だったり、
床暖房が入っていることもあり、クッションフロアーを貼っても大丈夫なものか悩んでみたり、
ずるずるそのままにしてきた。
これを、この週末貼ることができたので、床もすっきり。気分もすっきり。
結局、工務店に頼むのが面倒になってしまって、私と長女と次女の3人で貼った。
『消臭・抗菌作用があり、滑りにくく傷がつきにくい床暖房対応型ペット用クッションフロアー』
というのだから、もう買うしかないと思った。
木曜日、インターネットで、ペット用クッションフロアーに、クッションフロアー用両面テープと、継ぎ目処理剤、防水用のシリコンコーキング、端っこ処理の見切材を買っておいた。
全部揃ったら、ゆっくりやればいいと思っていた。
ところが、到着が早かった。
土曜日に次女の学校のイベントがあり、PTAの担当になっていたので、炎天下の中1日頑張った。
夕方帰宅すると、木曜日に買った材料が全部揃ってしまっていた。
「どうする?」
と長女に聞くと、
「細かい作業はやりたくないけど、家具の移動とか力仕事ならやるよ」
と頼もしい答え。
長女の気持ちが変わらないうちにと、始めてしまい、リビングからキッチンまでを結局8時間ぶっ通しで作業。
最初は、素人仕事で全然ダメだと思っていたのが、端っこの処理や、継ぎ目処理をしてみると、なかなかどうして、結構気持ちの良い仕上がりとなった。
床にかがみこんで採寸とクッションフロアーのカット作業は、肩と首と腰に来た。
しかし、せっかくの連休。
「海に行くっていったよね?」
次女の脅迫・・・いや、お願いを叶えるべきか・・・。
有言実行を座右の銘としたい私は、約束を守った。
海の日の海。
猛暑と言うが、水はとても冷たい・・・。
海水の温度は2か月遅れという。
5月半ばの温度ということになれば冷たいのも当然か。
長女は、海には行かないで留守番を希望した。
「海はクラゲが怖い」
と言うから、
「まだ7月だからクラゲいないよ」
と言っても、
「海は日焼けが痛い」
「砂が入るから嫌だ」
「海の水で目がしみるから嫌だ」
と次から次へと理屈をつけてくるので、本当に嫌いなのだと思う。
夫と次女と私の3人で海水浴場についた。
「俺は、近くのホテルで待ってるよ」
私こそ冷房の効いたホテルのロビーで待っていたいのに、
夫は水着を忘れたという。多分わざと。
しかも次女が
「パパだと全然見ててくれないから危ないし、ママがいい」
というので、また私は、水着を着ることになった。
クッションフロアー貼りで、体中が痛いというのに、
荷物を見張りながら、次女が危なくないように監視しながら、私は次女が満足するまで耐えた。
海が終わったらホテルの日帰り温泉に入ることにしていたので、
これを楽しみに私は海で日差しと筋肉痛と闘い続けた。
「俺、もう温泉面倒になっちゃったから帰ろう」
やっと海から解放されたとき、ホテルでだいぶ涼んだ夫が車に乗り込もうとするのを阻止して、
ホテルの入浴受付へ私は直行した。
ミストサウナで火照った体を海が見える露天脇の椅子で冷ましていたら、
「ママ、ありがと。肩揉んであげる」
次女が背後に回って首と肩をマッサージし始めた。
色々頑張って良かったと、小さいけれど力強くなった手を肩に感じながら、私は海を眺めた。
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お酒を飲まなくなって1年以上が経つ。
しかも、1滴も飲んでいないのだから、我ながら見事な禁酒というほかない。
「今日ぐらい飲めば?」とか、「少しくらいいいんじゃない?」との誘いを固辞した。
一滴飲んだら終わりだと思っている。
一滴も飲まないからこそ続いている。
「あたし、一滴も飲んでないですよ」
この台詞あってこそ、周囲も今以上の誘いを躊躇するわけだし、
自分自身、完璧な禁酒になっているからこそ、達成感に溢れていられる。
これが、
「あたし、お酒やめたんですよね。ああ、でもこの間どうしても付き合わなければならない席で、
一杯だけ飲んだんですけど」
となれば、
「何?この間は飲めて俺との酒は飲めないのか!」
ということになる。
徹底することが大事だ。
飲まないことになれてしまって、飲まない生活が当たり前となった今は、
飲みたいと思わないのも不思議。
もちろん、この一年で「飲んでもいいんだよなあ」
と思った日はある。
すべての家事を終わらせた週末。
快晴のレジャー先でおなかが空いてきたころによく冷えたビールを売っていれば
つい手を伸ばしたくもなる。
「何?地酒の試飲?」
横にいたはずの夫がいつの間にか無料地酒の行列の一人と化していれば誘惑がないわけでもない。
しかし、せっかく開けたこのノンアルコールライフ。
いつでも運転できるし、アルコール臭と無縁のこの爽快で自由な生活。
これを手放すのは惜しいのだ。
今、数種類の豆から挽いたコーヒーと新茶を選んで楽しむ日々。
時々、父の作ってくれた梅ジュースを飲んだりもする。
どうしても欲しいものはないけれど、気持ちをアップさせるために最近はインテリアも少し楽しんでいる。
昨日は子供達にふられ、一人自由が丘散策。
何かを買う!とノルマを決めて行ったので雑貨を買って帰宅。
自由が丘の一人散歩は、また記事にさせて頂くだろう。
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幸せとは、自分でもまったく想定外の行為の最中に実感するから不思議である。 2日ほど前、切らしていただしの素を買った。 この2日間は、他にやることがあり、だしに手が回らなかったので、 放っておいたものだ。 それを今朝、使う分だけ小さめのタッパーに入れて冷蔵庫にしまおうと だしが入った箱の開封口に手をかけた時、ぞくぞくっと訪れたのが『幸せの実感』だと感じた。 気持ちがわくわくして、自然と嬉しさがこみ上げた、嬉しくなって少し足をじたばたしながら だしの素の箱を開封した。 確かに、料理に入れれば簡単にだしがとれるので、だしの素は便利だと思うが、 別に私は、『だしの素が大好物!』という少々変わった味覚の持ち主というわけでもない。 それなのに、だしの素を開ける瞬間に小躍りしたくなって、 タッパーにさらさらとだしの素を入れていたら我慢しきれずに 「ああ…幸せ」と言葉が漏れた。 おそらく、少しやることに追われていたここ数日、 仕事と日常の家事が精いっぱいだったのだと思う。 少しずつ家事をやりおえて、今朝資源ごみを出した。 家の中がすっきりして、特にやらなければならないこともない状態になっていたから、 だしの素でも冷蔵庫に準備しておこうと思った。 子供達も元気に登校したし、たまってしまった家事もなかった。 朝の出社前に、特別に今使うわけでもない、だしの素を小分けするという余裕が 幸せの実感につながったのだろうか。 今晩は、油揚げと豆腐の味噌汁を汁物にしよう。 小さなタッパーに入れただしの素を使って…。
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目覚ましにいいか。。。。。も?


