実家のこと
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「10時10分の新幹線に乗るから!」
母は、静岡に戻って行った。
慌ただしい3日間だった。
小競り合いを100回ほどした、2、3回は小競り合いの域を超えた。
「喧嘩になっちゃったけど、結局昨日の夕飯はあれで良かったね」
「うん、喧嘩しなければどっちかが我慢することになったと思うしね」
「結局色々と楽しかったし、全部良かったから、ま、いっか」
「かえって喧嘩して良かったってことになるんじゃない?」
「喧嘩するほど仲がいいっていうしね」
喧嘩した後悔を打ち消そうとする私と母の朝の会話である。
「また来月お父さんと一緒に来させてもらうから」
また来ると言って帰って行ったので、総じて楽しかったということだろう。
昨日もハードに動いた母。
麻雀は半チャンを2回やったが、結果は3位と2位。
疲れていたと言っても、麻雀は午前中開始だったので、疲れが言い訳にはならない。
「2位とれたからま、いっか。だけど、この娘っち本当強いね」
小学生のゲーム上達力に感心してるようでもあり、悔しそうでもあった。
「私が作るよ」
「いやいや、私が作る」
料理をしたい主婦が複数いるのも問題で、我が家の場合、
どちらが作るか、自分の好きな料理を作りたいことでもめたりする。
「もうあんたがうるさいから、あたしはコンビニ弁当でいい!」
いらいらした母がコンビニ弁当と言い出した。
久々に会った母が明日の朝には帰るというから、みんなで食べる夕食は楽しいものにしたいと、
色々と母が一番喜ぶメニューを考えていたのに。
問答しても私と母の意見がまとまらず、結局私は、夕食はみんなが食べたい物を全部買いに行くという暴挙に出た。
さきほどコンビニ弁当が例に上がってしまったので、しゃれのつもりで、一応弁当もいくつか買っておいた。
母は、ホタテ弁当を、長女はちらし寿司を、次女は刺身盛り合わせを選んだ。
自分用にはトウモロコシや枝豆など新鮮な野菜、エビやタコなどの海鮮素材を買ってきている。
デザートも、私と長女が嫌いで次女だけが好物のスイカ。
母が好きな羽二重餅。
長女にはアイス。
それぞれの好みのものを買ったので、最終的にはみんなが笑顔になった。
食事の終盤になって夫が帰宅した。
「あっどうもどうも、遅くなっちゃって!」
どこまでもマイペースで朗らかな様子の夫。
全員の残り物をミックスして出せば、
「うまい!これもっとある?」
上機嫌ですべて平らげた。
ぎこちない雰囲気も、一人血のつながらない夫が入ったことで丸くなったのには驚いた。
せっかちで頑張り屋、少々考えすぎの私達に、
のんびり屋でマイペース、いつも陽気な夫が入ることがこれだけ場の雰囲気を変えてくれるものらしい。
「子はかすがい」というが、我が家の場合、
これまで夫が私と私の両親の鎹になっていたのかもしれないと、
珍しく夫に感謝した。
昼、そろそろ静岡に着いたころかと母に連絡してみる。
「着いた?」
「着いた着いた」
「着いたばっかりでしょう?」
「ううん、そんなことない、結構前に着いてね。
おなかすいちゃったから今、弁当食べてる・・・」
「…結局、お母さんて、弁当が大好きなんじゃん」
「…うん、好きだね」
次回、母が帰る前の夕食メニューは、迷うことなく弁当を買うことにする。
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「あたしダイエットしてるんだよね」
という母がランチセット1人前のほかに、冷麺とチヂミを頼もうとしているのを制止し、
4人で4人前というごく当たり前の焼肉ランチを終えた。
母は胃腸の病気をしているので、一人で3人前は明らかに暴飲暴食である。
「少しずつ何回も食べたらいいじゃん」
と言ったものの、ライス大盛りスープのお代わりだから、まあまあ1人前以上食べていた筈である。
禁酒中の私と、禁酒必須の母、小学生二人なので金額も安いし、
食べるのが早いのでランチの後帰宅してから少し時間が取れた。
その間に母は洗っていたカーテンを各部屋にセットしていたが、
私はうとうと寝てしまった。
少しして、目覚めるとPTAの会合にぎりぎりの時間だった。
コーヒーを1杯だけ飲んでから出発しようと思ってコーヒーを入れた。
コーヒーを飲もうとしたところ、洗濯仕事を終えた母が来て、
「ああコーヒー飲みたい」
という。
「それ飲んでもいいよ、もう時間ないから」
「そうだよね、あんたもう行かなきゃ。あたしのために入れてくれたってことだね」
遠慮することなく母はコーヒーを持って行った。
PTAの会合は、進行役がすんなりと進めてくれたので1時間足らずで終わった。
「早いじゃん、じゃあ、できちゃうね」
できちゃうとは、麻雀のことだ。
数年前から、両親の呆け防止に時々健康麻雀をしていたが、
最近は、子供達も覚えて一緒にやりたがる。
夫が用事でいなくても、私と母、子供達二人でメンツがそろうのだ。
考えてみれば、昨晩も半荘だけやった。
長女1位、私が2位、次女3位、母4位。
「あれじゃあ、終われないよね」
「うん」
昨日負けた母と次女が今日も麻雀ができると喜ぶ。
午前中に買った殻付カキと、うにといくら、手作り餃子等で夕食を済ませ、
麻雀が始まった。
今日の結果は、
私が1位、次女が2位、母が3位、長女が4位。
「あたし疲れてるから、本気でないんだ」
と母が言う。
確かに5時に起きてから、動き通しの母、私が昼寝をしていた時間も洗濯をしていたから、
疲れていてあたりまえだろう。
月曜日の朝には帰ると母が言っている。
4位と3位では、母は気持ちよく帰れないに違いない。
明日がラストゲームだろう。
私は幼児相手のトランプでも容赦しないタイプなので、
手加減などしない。
本気のゲーム結果は、果たしてどうなるだろう。
その前に、体力溢れる母のこと、明日も私が思いつかない場所を掃除し始めるだろう。
そして、せっかく東京に来たのだからと、お出かけを望むに違いない。
母がどこまでへとへとになっているかもゲームの勝敗を左右する要因となるに決まっている。
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「あたし今日免許の更新行ってきたんだけど、暇になったから今から行くことにした」
相変わらずタフな母。
昨日の昼休みに電話があったと思ったら、私が家に帰宅するともう居た。
あちこちピカピカに磨かれているところを見ると、静岡から東京に到着直後から掃除をしたようである。
「布団も干して掃除機もかけてあるから」
というので、午後でも日差しの当たる屋上にでも布団を干したのだろう。
母は去年の春大きな病気をしてから、
「あとどれだけ生きられるか分からないから後悔しないようにいろいろやりたいことやる!」
とタフに拍車がかかった。
友人関係を数十年ぶりに復活させ、先週も京都旅行に行って来たのだという。
2週連続の犬との留守番となった父がいい顔をしなかったというが、
お構いなしに新幹線に乗ってしまったらしい。
「明日どうする??」
会社から戻ったばかりの金曜日、かなりばてていた私は今日のことは何も考えたくなかった。
先週末私は忙しかったし、今週もPTAの会合があったりして忙しい週末だからだ。
ところが、目をきらきらさせてどこかに行きたがっているタフな母を無視してはかわいそうだし、
「あたしはいつまで生きてるか分からないのに・・・」
と言われては拒絶することもできない。
今日、母は5時半に犬の散歩に行ってくれた。
物音が早いので私はどうしても目が覚めてしまった。
6時から洗濯を始めた。
もう寝ていられない。
私は寝たふりをしながら、手元のスマホで母の行きたそうな東京観光を検索しておくことにした。
7時半に起きて、私はベランダの水拭きをすることにした。
とにかくずっとやりたいと思っていたし、これを終わらせないと義務になる気がした。
捨ててもいいタオルを3枚、半分に切って全部で6枚になったタオルで、
滅多に掃除をしていなかった、窓枠や、ベランダの床を拭いた。
タオルがすべて濃いグレーになるほど汚れていた。
ゴミ収集車が来る前に汚れたタオルを捨てることができ、
そこから私は風呂に入った。
風呂から上がると母が実家からの手土産に持ってきたウニといくらで丼を作って食べていた。
「今日、国立新美術館のルノワール展か、武蔵小山商店街だったらどっち行きたい?」
私が聞いたら母は嬉しそうに答える。
「どっちも行きたいけど、今日はどちらかと言えば武蔵小山に行きたい。靴が買いたいんだよ。
行ってくれるの?」
行かないわけにはいかないだろう。
母を連れて、武蔵小山と戸越銀座に行ってきた。
途中、「私今日は肉って決めてるんだよね、あんたがいつも美味しい店があるって言ってたじゃん」
と言う。
ランチは焼肉に決まった。
帰宅するやいなやランチの予約をした。
子供達が土曜学校から帰ったら出発する。
そしてランチが終わったらPTAの行事だ。
私は合間に記事を書き、母は今日3度目の洗濯をしている。
ハードな母子だと我ながら思う。
戸越銀座で母の好物の殻付カキを買ったので、夕食はカキになることも決まっている。
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正月休みを外して、3連休となった週末に、 静岡の両親に新年の挨拶に顔を出した。 多くの人が渋滞の苦痛を乗り越えた翌週とあってか、 東名高速道路の往路は空いていた。 景色の良い海側を走った。 雲一つない青空のキャンバスに雪の少ない富士山が ただ圧倒的な迫力で描かれているような絶景が続いた。 突然視界が広がり、由井の海が現れる瞬間は、何度見ても胸が高鳴る。 静岡が近い。実家では両親が、ごちそう並べて待っていることだろう。 「いらっしゃい」 元気そうな父と母が迎えてくれた。 「どうも!どうも!明けましておめでとうございます・・・・!」 夫がやけに元気に挨拶をしている間、私はろくに挨拶もせず、 荷物を出してずかずかと実家に入り込む。 「高速空いてたよ」「おなかすいた」と自分勝手なことを言ったかもしれない。 何年経っても実家は実家、親は親、どうしても子供に戻ってしまう。 大きな蟹や、刺身の盛り合わせ、静岡おでん、ワサビ漬け、数の子などをむさぼるように食べた。 そしてここ近年、両親の呆け防止を兼ねての健康麻雀。 犬達も再会を喜び合い、娘達も「ずっとここに泊まりたい」と喜んでいた。 家事を一切せずに、過ごした。 「あたしはもう、本当に心底くたびれ果てたからね!」 という母に、 「まあいいじゃん、明日からゆっくり休んでよ、暇なんだから」 憎まれ口をたたく。 「まったく、よくいうよ」 とどつく母。 病気をして酒をやめたものの、元気でいてくれることに感謝しつつ、甘えた。 「あんた今日こそは昔の物整頓してもらうからね!」 私の高校生までの色々な物を処分しろと母に迫られる。 何十年も無視してきたが、今年は私も酒を飲まないため、余裕があった。 4歳の私が書いた絵、5歳の手形、小学生の夏休みの研究。 中学生の授業のノートから、女子校時代の友人たちとのたわいもない交換手紙。 中学生までの物は殆ど記憶にない。 「38年もよく取っといたね…、なんで捨てなかったの?」 落書きとしか思えない4歳の絵を母に見せると、母は言う。 「あたしは捨てられないから、あんた自分で捨てて」 「私は、自分の子供の絵もすぐ捨てちゃってるのに」 「あたしは捨てられないんだよ」 そんな風にとっておいてくれた物を捨てるのはどうかと思ったが、 「もういいよ、私に記憶がないんだもん」 とバサバサと袋に入れた。 悲しがると思った母は、「ああよかった、これで捨てられる!」と嬉しそう。 父も 「許可が下りたから、これで心置きなく捨てられるな」 とまた嬉しそうにしているところを見ると、別に感傷的になる必要もないようだ。 高校時代の交換手紙は、記憶がある。 恥ずかしくて顔から火が出そうになるものばかり。 「うおぉ!ああいやだ」「ぎゃあ、恥ずかしい」 一つ一つ確認すると赤面してしまう。 かといって、見ずに捨てることもできず、恥ずかしい記憶を確認して袋に詰めた。 恥ずかしい思い出は3重にして、誰かに見られることのないように封印。 「今日ゴミの日だぞ」父がいい、大きな袋5袋を捨ててくれた。 「あれだけあると持ってってくれるかな?」 心配したが、ちゃんと持って行ってくれたようだ。 思い出の品はゴミにしたが、思い出は胸に刻んだ気がした。 静岡からの復路は、海老名からの事故渋滞で往路より1時間多くかかった。 父自慢の白菜漬物をたっぷり土産に貰った。 「お父さんの漬物ある?」 自宅に戻ったばかりの食事に父の漬物を欲しがる夫は有難い。 「今日は事故もなく運転してくれたんだし、パパの見たい番組にしなよ」 漬物を食べる夫の姿が嬉しくて珍しく子供達より夫を優先しての夕食。 今年もまた平和な日々が続きますように…。
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目覚ましにいいか。。。。。も?


