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(いらっしゃいませ 開店が遅れました 昨日もそうでしたが、どんよりですね 珈琲でございますね いつものでよろしいですか ごゆるりとどうぞ)
「首相は、民間会社を利用して、二度も、靖国参拝の賛否の世論調査をしているそうだね」
「あんがい、細かいね。ワン・フレーズはそこから生まれるのかな」
「それで、思い出したんだが、江戸の幕府も、お庭番という隠密を使って、世論調査をしているよ。遊郭の場所を移動させるのに、移動することで、遊郭門前の多くの店の商売にどんな影響が出るかを、調べさせている。それも、遊客数の一年の月毎の変化など、数字的というか、統計的というか、細かく調査させているね」
「十五日が近づくと、いろんな意見を聞かされたが、かみ合わないね」
「保阪正康というノンフィクション作家の本は、勉強になるのだが、今朝の読売での発言は、どう?」
「合祀の時の、宮司が、講和条約までは、法的には戦争状態で、軍事裁判の処刑者は、敵に殺されたも同然と言っていたらしいが、それを、戦前の歴史認識と断じ、それなら、吉田内閣は占領下の傀儡政権と言うことになる、と、占領期間の全否定か、と決め付けている」
「こういう議論をする人とは、思えなかったね」
「占領期間というのは、多面的で、極めて多面的であって、江藤淳の「閉ざされた言語空間」のような占領軍による言論弾圧、日本社会の根本からの変革、占領軍の慰安施設・・・等々、軍事占領であることも確かだし、民主改革である面もあり、多面的だ。松平宮司は、国際法的には、と限定して言っているのだし、占領期間のすべてに、法的戦争状態を当て嵌めようとしているのではなく、東京裁判と言う戦争状態と直接繋がることについて、それを当て嵌めて意見を述べている。それを保阪は、わざと拡大して、それならこうなるのかと、極端な例を持ち出して、人を説得しようとしている、こういう議論の仕方では、水掛け論、単なる罵りあい、になる」
「東京裁判の正式名称は、極東国際軍事裁判、だったろう。保阪は、そんなことを忘れているわけではないだろうにね」
「僕は、前のブログで、軍事裁判の処刑者は、戦地で銃弾に倒れても、縄で絞首刑にされても、敵に殺されたのは全部、戦死だ、と書いた。日本は、戦争責任裁判を自らの手でやりたいと申し出たが、占領軍に拒否された。日本の手でやっても、東京裁判の結果と、重なる人もあるだろうし、重ならない人もいるだろう。
日本人の手で、戦争責任を問えば、その責任者とされた人は、合祀などされるわけはない。しかし、敵の手で、軍事裁判が行われたのだから、合祀という結果を生むのは、当然だ。保阪さんがこのプログを読むはずもないが、一言、言っておきたい」
(ありがとうございました 明日のお出でをお待ちしております)
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