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「風が通って、爽やかね」
「夕べ来客があって、玄関の小窓をつい閉め忘れたのね。涼しい風がカーテンを揺らせていたわ」
「旦那、怒ったでしょ。うちだと、不用心じゃないか、と怒鳴るわね」
「わたし先を越して、こんな細窓を入れる男なら、私でも縛りあげられるわらよ、と言ったわ。それでお終い」
千尋とたまきのそんな話を聞きながら、otokoさんがコーヒーを淹れている。階段をきしませて、梶野がやってきた。
「南小泉村が届いたそうだな。岩波文庫の絶版本に真山青果のそんなのがあるとは、知らなかった。所ろでどんな小説だい」
「昨日の今日だから、まだ読んでない」
「臭いぐらい嗅がせてくれ」
傍らにいたママが下から持ってきた。
「書き出しは、百姓ほどみじめなものはない・・・か。最後のページは、馬鹿、本当に主にゃ手が付けられない。と呆れて口を噤んでしまった。冬三はけろりとして居る」
otokoが口を出した。
「冬三は停車場まで、兄貴の嗜好品のカレー粉を買いにやらされたのに、豚の餌になるフスマ(麦偏に夫と書く)が俵四十三銭だったので、それを背負ってきた、んだよ」
「カレー粉か、時代もおよそのことは分かる。真山はこれらの短編を明治末から大正初めに書いた。自然主義の作家ということだが、のちには松竹の座付き戯曲家となった。
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