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『B29に乗ったサムライ』の校正が終わった。
来月、一月十二日に発刊の運びになる。
自家版なので周りの人々に配るだけで店頭には並ばない。
ご希望の方にさしあげたいが、叶わない。
もし、一月十三日から十七日まで行われる、三鷹駅北口三分の「武蔵野芸能劇場」の二階の展覧会場にお出でいただければ、差し上げことが出来ます。名簿に「小説カフェで見た」とお書き下さればお便りもいたします。
ここでは表紙と「あとがき」を投稿します。
この小説の主人公、寺岡毅は「あとがき」など書かない男だ。
毅のモデルの私の友人もそうだった。六、七年も前のたぶん夏、桜木町が終点の横浜線の電車で、五、六回も出掛けて行った。右に日本丸を見ながら移動し、大きなビルの入口近くのレストランで会った。昼飯を注文し、ビールの中をカチッと合わせると私は、直ぐにテープを回す。こういう取材には、雑談で何が飛び出すか分からないからだ。モデルの寺岡も作中の寺岡と同じで前へ前へと進んできた男で、日記はもちろん写真一枚残していない。ゼネラルモータースのエントランスや工場群、フィールドやテストロードなど……できればデトロイトの町並なども、写真一枚あれば……と思わぬでもなかったが、そういう男に惚れこんだからには仕方がない。しかし、彼は絵をよくした。彼の故郷の、子供の頃預けられていた寺の襖絵を頼まれていた。彼がそれを果たしたかどうかは知らない。彼は、彼岸へと旅立ってしまったからだ。彼の絵の中に、学生時代のストームを描いた一枚があって、私は密かに狙っていたが、今はどうなっているだろうか。そんな彼は、私の求めに応じて、記憶をスケッチしてくれた。フィールドの軍用トラック群、会社のエントランス、工場の建物など鉛筆で描いたものを取り出しては、その様子を話してくれた。
私はテープを再生しながらその総てを文字化して、次に会った時には二人のやりとりのプリントを渡していたし、何時本になるか分からぬインタビューであることに、友人とはいえ、負い目を感じないではいられなかったから、そのインタビュー記録を一冊の本に製本して、十部手渡した。十冊の本を手にした彼は、「男澤のおかげで、俺は自分の一生を初めて振り返ることができたよ。ありがとう」と言ってくれた。私にはそれで十分だった。
この小説の日立空襲のシーンの描写には、仙台工専(SKK)の同級生の勤労動員日立組のきわめて優れたレポートが役だった……と言うより、文章そのままを引いたところが多いことを、感謝をもって書き留めておく。
この小説は、私の小説集の七冊目になる。この本も、「小説・私家版」という出し方だ。「私家版」という断り書きなどの無い本を一冊くらいは出したいが、それが叶わない。
一年後には、今、半ばまで書き進めている震災小説をどんな形で出せるだろうか……。来年の事は何も約束出来ない年齢になっている。私家版小説を読んでくれる友人たちも、年々減って行く。
この本が出たら、この本を手に出来なかった彼の墓参りに行って、墓前で一杯やりたいと思っている。
最後に、この本を出せるまでの応援者の皆さん、『いっぼ座』同人の仲間たち、私のブログ『小説カフェ』の読者の皆さん、我儘な私を支えて下さった生々文献サービスの堀田典郷氏への謝意を表して、頭を垂れたいと思う。
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