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十年も、いや、それ以上も前に亡くなった友人は、末期の症状であっても、病室に古典を差し入れさせていた。わたしが差し入れたのは「ギリシャ神話」であった。なんでそう古典こだわる・・・と聞くと、この世に生まれてきて、人類の果実の一つを食べずに死するのは、残念。と言う。
これを今思い出しています。
『悪霊』を読むことは、古い小説・・・というより、思いがけない事件が続けざまに起きている世界理解のためにも資すること多大と思います。
長くかかりますが、ご一緒にどうぞ。
テキストは、新潮社版江川卓訳を使います。
扉にこんなプーシキンの詩をドストエフスキーは載せています。
どうあがいても わだちは見えぬ、
道踏み迷うたぞ なんとしょう?
悪霊(おに)めに憑かれて 荒野のなかを、
堂々めぐりする羽目か。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あまたの悪霊めは どこへといそぐ、
なんとて悲しく歌うたう?
かまどの神の葬いか、
それとも魔女の嫁入りか?
A・プーシキン
これまで平凡な町に過ぎなかった、この町で、最近、次々と起こった奇怪な事件について書くのに、私は才能が貧しいので、やや遠回りして、ステパン・・・氏の一代記の一部の細部から始めねばならない。
この名作巨編はこのように書き出されている。
ではまた明日。
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初めまして。新訳で挑戦しています。
また、寄せていただきます。
2013/12/9(月) 午後 7:36