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坂本龍馬の妻、お龍の命日の15日、京都市東山区の京都霊山護国神社に眠る龍馬の御霊が
霊璽(れいじ)に移され、お龍の墓がある神奈川県横須賀市の信楽寺へ墓参りに訪れた。 神社と寺という宗教の壁も越え、龍馬没後143年の時を経て、ようやく二人は「再会」を果たした。 二人が夫婦だった期間は2年にも満たないが、お龍は寺田屋事件で
幕府の追っ手から龍馬の窮地を救ったことでも知られる。 九州への温泉旅行が日本初の新婚旅行ともされる。 お龍は、龍馬の死後、高知、京都と移り住み、1906年1月15日、横須賀で生涯を終えた。 別の男性と再婚したが、信楽寺の墓には「坂本龍馬の妻龍子」としっかりと刻まれている。 二人の再会を長年夢見ていた同神社の木村隆比古宮司(44)が信楽寺に持ちかけ、実現した。
この日は、早朝に京都霊山護国神社で分霊式があり、霊璽に移された龍馬の御霊を、 木村宮司が新幹線で神奈川県へ運んだ。 信楽寺でお龍の命日の法要に参列した後、お龍の墓参りをし、夜には京都へ帰った。 木村宮司は「天国で二人は出会っているとは思いますが、
きっと龍馬はお龍さんの墓にも参りたかったはず。 天で喜んでいるでしょう」と、二人の再会を喜んでいた。 |
あんな事こんな事
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広島の原子爆弾投下直後の火災から採火された「原爆の火」を灯ろうに移し、 水に浮かべて先祖の霊を慰め、平和を願う「ひこね万灯流し」が「原爆の日」の6日夜、 滋賀県彦根市の芹川の芹橋周辺で行われた。 彦根の商店街連盟や商工会議所などでつくる実行委主催。 午後7時ごろ、市民らが先祖の名や願い事を書いた六角柱の形の灯ろう(高さ20センチ)約800個に火がともされ、河原などから次々と川に浮かべられた。 灯ろうは、雨で速くなった流れを列になったり、寄り添うなどして下り、家族連れらが見守った。 点火に先だって、近くの浄願寺で彦根市仏教会の僧侶による法要が営まれた。 原爆の火は、同市日夏町の本覚寺に1992年、分火先から伝えられた。 万灯流しは2007年からこの火を用いている。 |
全国高校野球京都大会最終日は27日午後、 わかさスタジアム京都で龍谷大平安−福知山成美の決勝を行い、 龍谷大平安が5−4で福知山成美に逆転サヨナラ勝ちし、6年ぶり30度目の夏の甲子園出場を決めた。 龍谷大平安は1点を追う九回、1死一、三塁から前田が右前へ同点打。 さらに一死満塁から中の右犠飛でサヨナラ勝ちした。 龍谷大平安は四回に縄田の左前適時打で3−2と勝ち越したものの、 六、八回に1点ずつを失い逆転されていた。 【わかさ】▽決勝 福知山成美 200 001 010=4 龍谷大平安 020 100 002=5 |
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<26日の試合速報> ◇わかさスタジアム球場/準決勝第1試合 龍谷大平安 011 006 01=9 鳥 羽 002 000 00=2(8回コールド) 【評】打線が一気に畳み掛けた龍谷大平安が鳥羽に八回コールド勝ちした。 龍谷大平安は2−2で迎えた六回一死満塁から青木の左前適時打で2点を勝ち越し、 さらに二死満塁から橋本の右中間二塁打と中の右翼線二塁打で加点した。 左腕縄田は切れのある直球とスライダーを織り交ぜて要所を締めた。 鳥羽は三回、小寺の2点適時打で一時は同点に追いついたが、エース西川が最後に力尽きた。 ◇わかさスタジアム球場/準決勝第2試合 福知山成美 000 201 003 =6 京都外大西 001 000 010 =2 |



