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京阪の中之島線が10月19日に開業し 今迄の駅名が変更になりました 五条駅 → 清水五条駅
四条駅 → 祇園四条駅 丸太町駅 → 神宮丸太町駅 駅名変更した3駅は、いずれも京都の主要駅。 五条駅は京阪電鉄が運輸を始めた1910(明治43)年からの歴史を持つ。 これまでの駅名は、市民らに長く親しまれてきたが、地下鉄烏丸線に同じ名前の駅があるため、 混同する観光客も多かったという。 新駅名は観光客の認知度が高く、最寄りの平安神宮、祇園地区、清水寺からそれぞれ採用した。 今年は出題されなくとも来年は3級ぐらいで出るかも・・・・(^^;
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京都検定とか・・・
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院政を始めた白河上皇が住んだ京都市中京区の堀河院跡の発掘調査で、 平安後期のサイコロが出土していたことが17日までに分かった。 賭博に興じた貴族らの日常がうかがえる。 市立音楽高校移設に伴い、旧城巽中跡地を京都市埋蔵文化財研究所が昨年調査、 11世紀中ごろ−後半の池跡などが見つかっている。 サイコロは池跡近くの柱穴から出土。 素焼きの陶製で一辺1・6センチの立方体。 目は失われていたが、転がりやすいように、角は丸みを帯びていた。 平家物語によると、権勢を極めた白河上皇は「鴨川の水、双六(すごろく)の賽(さい)、山法師だけは思いのままにならない」と嘆いたとされる。 担当者は「上皇を悩ませた賽の一つだろうか」と話している。 |
京都の芸舞妓が日ごろの感謝を込め、踊りの師匠宅やお茶屋にあいさつ回りをする 恒例の「八朔(はっさく)」行事が1日、五花街で一斉に行われた。 午前中から30度を超える暑さの中、絽(ろ)の黒紋付きに身を包んだ芸舞妓が花街を行き交い 辺りは華やいだ風情に包まれた。 祇園甲部では午前10時ごろから、日傘をさし、手に扇子を持った芸舞妓が連れ立って歩き、 かいわいのお茶屋を訪問。 「おめでとうさんどす。相変わりませず、おたの申します」と、おかみにあいさつし、ねぎらいを受けた。 八朔はもともと旧暦の8月1日(朔日)を意味し、豊作を願って贈答を交わす習わし。 京の花街では、新暦の8月1日に、普段から世話になっている人の家を芸舞妓が訪ねる伝統行事になっている。京都新聞より |
浄土宗の宗祖・法然の800回忌(2011年)の記念事業として進められてきた 金戒光明寺(京都市左京区)の阿弥陀(あみだ)堂の修復がこのほど終わった。 南北、東西ともに15メートル、高さ13メートル。 応仁の乱で焼かれ、1605年に豊臣秀頼が方広寺大仏殿の余財で再建したと伝わる。 境内で最も古い建物。 お堂には胎内にのみが納められているといわれる本尊・阿弥陀如来像が安置され、 柔和な表情で西方を見つめる。 龍の天上画もある。 堂内には入れないが、正面からのぞくことができる。 |
祇園祭の南観音山(京都市中京区)を飾る天水引が150年ぶりに復元新調され、13日に公開された。 地元・百足屋町の刺繍(ししゅう)師が約5年かけて仕上げ、青龍や玄武など四神(ししん)が鮮やかに浮かび上がっている。 天水引「緋羅紗地(ひらしゃじ)四神図」は1858(安政5)年の制作。 長年の使用で糸が切れるなど傷みが激しかったため、南観音山保存会が同会の常任理事でもある木村正之さん(67)に制作を依頼した。 山の前後を飾る「朱雀(すざく)」「玄武」は横2・3メートル、 左右の「青龍」「白虎」は同3・1メートルで縦はいずれも66センチ。 朱雀や白虎などを刺繍で表現し、緋色(ひいろ)の羅紗地との間に化繊綿を入れて立体的に見せる。 雲の部分は金糸1本で細かく縫い上げ、強度を増した。 木村さんは「虎の表情や玄武の尾の曲線を出すのに苦労した。緊張の連続だったが、納得できるものができた」と話した。 4点で約4800万円。 7月13日の曳初(ひきぞ)めで披露する。 南観音山は直接で問題には出ませんが、この「四神」は平安京でも大切なところです。 東西南北のどこにあたるか・・・・
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