以下のような投稿コメントがありました。
[ yam***** ]
2017/4/23(日) 午前 11:28
教授こんにちは。感じたことを書かせてください。
まず、AI社会化と学問の関係であります。
 2045年頃には人間の知能の100倍とか果
ては1兆の1兆倍とか何とかもう訳の分からない次元にま
でAIの知能が達すると。
ゆえに多くの知的労働はAIに取って代わられると。
さもありなん、という感じです。
 以前、中野信子先生が「AI社会化するのに少子化が問題
っていうのは意味不明」ということをどこかで書いておら
れました。
これもまたその通りだな、という感じでしたが、これは労
働に限らず実に様々な分野で起こりうる現象なのだろうな、
とも思います。
 福島原発の問題等も中野信子先生の視点に立つと、今巷が
騒いでいるよな年月をかけての人類による格闘等ではなく、
AIが解決してくれると考えるのが至極妥当に感じます。
 
  大槻からの回答
 つい先ごろ、日本の論文誌JOURNALに、AIに物
理学の研究をやらせた論文がでました。さまざまなトポロ
ジー的形状の物体のどのあたりが金属になり他のどの部分
が絶縁体になっているかをAIに解かせたものです。
 これまでなら博士課程の大学院生二人ぐらいに3,4年
かけて計算させたものです。それをそんなに巨大でもない
普通のコンピューターのAIソフトでディープラーニング
させることであっという間に解けてしまったのです。
 若手の研究者よ、さあ、どうする?--

この記事に

開く コメント(1)[NEW]

投稿コメントより

この3,4年間で国立学校教員への配分校費が急激に減額されています。そのため,国立大学や高専では,多くの教員が自分の研究経費の獲得はもちろんのこと,研究室の運営経費の維持にも苦しんでいます。 文科系はもちろん,理工学の基礎系でも、特に非実験系の分野の教員は、民間からの研究助成金も獲得できにくいらしく、かなり苦しんでいます。
その一方で、防衛省が募集する研究助成費は急増しています。日本に、「大学へ回すお金がない」わけではないのです。結局,これは「実用性のない研究は,もはや不要」とする国策なのでしょう。確か1,2年前に,大学における文系学部は不要だ,とする意見が文科省から出て,大学人から猛反発が出たことがありました。
この状態がこのまま続くとすれば、3,40年後くらいには,もはや日本からノーベル賞受賞者が出なくなるかもしれません。特に基礎学問分野の研究者の多くが,今まで以上に,アメリカなどへの脱出を選択することになるかもしれません。
https://mainichi.jp/articles/20160905/k00/00m/040/096000c 削除
2017/4/22(土) 午前 11:22 [ hir***** ]  

大槻からの回答  
 おっしゃるとうりですね。まったく同感です。しかし、ノーベル賞の将来は悲観していません。日本には『潜在的な底力』があります。大学、研究所のスタッフは世界一優秀です。しかも十分な蓄積もあります。
                                                                     

この記事に

開く コメント(7)[NEW]

カナダ在住Kさんからのメールの引用
科学技術週間の開催は結構なことなのですが、他方日本
の科学技術の現状を見ると、非常に心配な状態にあるよう
です。
 例えばここ10年の科学雑誌「ネイチャー」への投稿件
数の伸びが世界平均の80%を大きく下回って(20%以
下)いるとの報道があります。国の科学研究予算の伸びが
著しく低く、特に短期的成果主義が強まり基礎研究分野の
研究に支障を来しているとのことです。
 21世紀になってから17名のノーベル賞受賞が出てい
ますが、の何れもが随分過去の業績でこれからも同じ様に
ノーベル賞受賞者を排出できるかどうか些か心許ない限り
です。
 大槻からの回答の一部
 日本人科学者がNATUREへ投稿しなくなっているのは
(1)投稿料が高いこと。
(2)ほかに日本独自の投稿誌があること。
(3)NATUREは面倒な規定があること、で敬遠されています。
(2)について
日本には世界最高レベルの掲載誌が3種類あります。日本物理
学会のJOURNAL、京都湯川記念会館のプログレス(progress)
それに応用物理学会のJOURNALです。
 例えば私が出した160遍の論文のうちNATUREへの投稿は
たった1遍でした。また私の息子(上智大学理工学部)はNATU
Eへの投稿は0遍、孫もこれまでの4遍の論文はNATUREでは
ありません。
(3)について
NATUREが敬遠される『面倒な規定』とは例えば『NATURE
の発売日以前には会議、学会、マスコミなどにしゃべってはいけない』
とあります。また引用には特別な許可がいります。アメリカ、日本、
ドイツ、ロシアなどその国独自の投稿誌を持っている国はNATUR
Eには出さなくなっています。しかし、急速に論文数が拡大する中国
やインド、韓国などは自国の権威ある論文誌がないからNATURE
に投稿するのです。




この記事に

開く コメント(3)

数年前のこと、ニュートリノが光の速さを超える実験結
果が発表されて、相対性理論が破れたと大騒ぎされた。と
くにマスコミの一部は『物理学の根底が崩れた』と『喜ん
でくれた』。
 これらのマスコミは常日頃科学文明の頂点に立つ物理学
の科学文明支配を苦々しく思っていたからだ。もちろん
オカルトや宗教者の一部は『それみたことか!』と大騒ぎ
したのだ。
 パリティ編集委員会でもこのことは話題になったが実
験結果に否定的な意見だった。物理学の結果にはそれ相
当のニオイとかカオリみたいなものがある。今回のニュー
トリノ実験には何かおかしなニオイがあった。もちろん、
私のブログではもっとはっきりと実験の誤りの可能性を
指摘した。
  しばらくして6月8日、この実験のグループOPER
Aは京都の国際会議でこの実験結果を撤回した。時刻を
精密に測定するGPSに取り付けた光ファイバーに1.
5mmもの接続不良が見つかった、というものだった。
なんともあっけない幕引きである。
 この実験グループOPERAには名古屋大学、神戸大
学の人たちが参加している。名古屋大学、神戸大学と言
えば私の尊敬する先輩、後輩が多数所属しており、彼ら
は素晴らしい研究を行ってきた。いわば物理学のメッカ
の代表ともいえる。このような伝統ある研究グループ内
の研究者が物理学の全体像を覆すような(さらに言えば
文明を否定するような)実験結果を発表し、それが単な
る接続不良の実験だったとは信じら れないではないか。
 このようなとんでもない実験結果が出れば通常は教室
内で話題になるし、教室のセミナーでも討論になって大
騒ぎとなるはずだ。当然のことながらこのようにして学
内、教室内で批判、疑問が提出され、また発表はしばら
く慎重になるように忠告されて検討がつづくはずだ。
 今回の実験結果にはこの種の教室内の討論がなかった
のだろうか。最近では『研究の自由』という過度な自由
主義がはびこり『隣は何をする人ぞ』という具合に相互
対話、相互批判が欠落していると言われる。これは教室
だけではない。学会でもしかり。専門の狭い分野以外に
は関心を示さず理解する努力もしない。今回のニュート
リノ騒動の背景にはこの種の『研究自由主義』があ った
ような気がするのは年寄の余計な気苦労だろうか。
 それはそうと今回のニュートリノ実験騒動を安易に、
否定的に見てはいけない。物理学の長い歴史を見ればほ
とんどの研究は間違いだった。ただ間違った研究は歴史
に残らないだけである。たとえば万有引力の原因を探る
研究論文は少なくとも200本以上発表されたそうだ。
 すべて間違っていたが、その間違いの基礎に新たな発見
がなされる。その意味でも若い物理学者が間違うことを
恐れず新な挑戦をすることがもっとも重要である。OP
ERAグループの再挑戦を期待したい。あれから数年たっ
た今、OPERAグループのその後、何の音沙汰もないが。
 (科学誌『パリティ』(丸善)より一部転載)
--

--
イメージ 1
                (哲学堂の春)

この記事に

開く コメント(2)

すでにお伝えしました那須塩原市民大学が始まりました。
来週第2回は相対性理論での時間の遅れを解説します。これ
に関する話題として、今や世界的なことばになっている
    『ウラシマ効果』
を取り上げます。亀に乗って竜宮城で暮らした浦島太郎は
あっと言う間に3年が過ぎました。窓を開けるごとに1年たっ
ていたのです。窓を繰り返し開けたのでその都度故郷では
100年以上になっていました。
  御伽草子
 「これは龍宮城と申すところなり、此所に四方に四季の草
木をあらはせり。入らせ給へ、見せ申さむ。」とて、引具
して出でにけり。まづ東の戸をあけて見ければ、春のけし
きと覺えて、梅や櫻の咲き亂れ、柳の絲も春風に、なびく
霞の中よりも、黄鳥の音も軒近く、いづれの木末も花なれ
や。南面をみてあれば、夏の景色とうちみえて、春を隔つ
る垣穗には、卯の花やまづ咲きぬらむ、池のはちすは露か
けて、汀涼しき漣に、水鳥あまた遊びけり。木々の梢も茂
りつゝ、空に鳴きぬる蝉の聲、夕立過ぐる雲間より、聲た
て通るほとゝぎす、鳴きて夏とは知らせけり。西は秋とう
ちみえて、四方の梢紅葉して、ませのうちなる白菊や、霧
たちこもる野べのすゑ、まさきが露をわけ\/て、聲もの
すごき鹿のねに、秋とのみこそ知られけれ。さて又北をな
がむれば、冬の景色とうちみえて、四方の木末も冬がれて、
枯葉における初霜や、山々や只白妙の雪にむもるゝ谷の戸
に、心細くも炭竃の、煙にしるき賤がわざ、冬としらする
景色かな。
 しかし竜宮城ではたった3年しか経過しませんでした。故
郷に帰還してみればそこは廃墟でした。100年以上も経っ
ていたから当然です。
 つまり御伽草子の世界は『時間は絶対的なものではない』
とアインシュタインよりはるか以前に主張したのです。御
伽草子の作者は今ならノーベル賞10個ぐらいの価値があ
るのですね。
--
イメージ 1

この記事に

開く コメント(5)

いつもブログを楽しく拝読しています。Kと申します。
エラーの為コメント欄に投稿できなかったので、メールに
て質問させていただきます。
量子力学については、光を観測して初めて状態が確定する、
という事で理解していますが、例えばですが、地球上で天
体望遠鏡等を使って、10億光年先からの光を観測した場
合、(その光は10億年前の光という事ですが)10億年
前がどういう状態であったかどうかに影響を及ぼす事にな
るのでしょうか?また、そうなると回りまわって今現在の
地球に多少なりとも影響がでる事にもなるのでしょうか?
--_________________________
_大槻からの回答
もちろんそのとおりです。観測した光子が10億年前にど
のような光源からどのようにして放出されたのかが分かり
ます。しかもそこから宇宙に広がっても別の10億年離れた
場所にはその光子は存在しない、という情報も得られます。
いいですか、『情報』ですよ。
 しかし10億年先の光源に影響を与えることではありませ
ん。現在の地球に対する影響はその光子がやってきたとい
う『影響』です。
 妙なテレポテーションの類はオカルト、インチキです。

この記事に

開く コメント(1)

怒さんからの投稿
2017/4/12(水) 午前 4:36

顔アイコン
まずお断りしておきますが、私は大槻先生を尊敬しております。
私のような無学なものでも、色んな事象を物理学で証明されることで納得させて頂いておりますので。
だから、こちらで質問させて頂いております。

「(現代では)」と入れていますように、もう「地球における科学の法則」は、現代知られているもので十分なのではないかと思っておりますので。
これ以上の法則が分かったとしても、人間には無用の長物じゃないんでしょうか?
人間が、光速飛行できるロケットを開発できるでしょうか?
火星に移住も無理でしょう?
惑星が地球に衝突する軌道を変えることも不可能でしょう?
だから、(現代では)天文学の方が、ナンセンスで無駄だと思うんです。

脳死から回復したというニュースが時々でていますけど、医師のミスなんでしょうか?
日本でも、女優の佳那晃子さんが、脳死宣告から回復したと。
米国のバイオテク企業バイオクオーク社(Bioquark)が、脳死蘇生する技術が開発されたとか。
メキシコサラマンダーの再生力を人間に生かす研究がされて、ambloxという固有の酵素によるものだと突き止めたとか。 削除 
_______________________________________
 怒さん、投稿ありがとうございます。
いつの時代にも、あなたのような『これ以上科学はやるな、もう十分だ』という
意見がありました。19世紀末には物理学者まで『もう物理学で研究すべき
ことはない』と考えました。
 しかしその直後から物理学、科学に大革命が起こりました。それがその後
の人類の繁栄(と戦争)につながりました。パソコンやメールもそうです。人工
知能も宇宙開発もそうです。驚異的な抗がん剤、がん放射線治療もそうです。
遺伝子の発見もそうです。
 火星に移住も可能ですし、微惑星の衝突回避も近く実現します。           
 

この記事に

開く コメント(4)

いくらお米が有り余って『白いオマンマ』は腹いっぱい
食べれても、赤とんぼを殺してまで白いオマンマをたらふ
く食べたいとは思いません。科学文明の進歩によってコメ
の収穫量は格段に上がりました。しかもアジアもアメリカ
もまったく追随できないおいしいお米です。それでも赤と
んぼと秋鳴く虫を殺してまで科学文明を進歩させるのは行
き過ぎでしょう。
 科学文明の発展による温暖化や公害は大きくとり上げ
られ、政治、経済、社会問題になっています。そ れどころ
か、東日本は今でも放射能汚染の只中にあります。その除
染もおもうようには進んでいません。
 このような科学文明の進歩に伴う大きな社会問題は、解
決の道が見えなくても、それでも政治、経済、社会問題と
して議論され、解決策が模索されています。しかし、赤と
んぼが飛ばなくなり、蝉も鳴かなくなるという『ささいな
出来事』は、政治の問題にも社会の問題にもなりません。
これらは単に年寄りのノスタルジア程度の笑い話なのでし
ょうか。
  (『パリティ』より部分
イメージ 1
転載)


 --

この記事に

開く コメント(4)

[ すべて表示 ]


.


みんなの更新記事