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 (朝日新聞からの引用)
国立民族学博物館(大阪府吹田市)名誉教授で民族・
考古学者の加藤九祚(かとう・きゅうぞう)さんが日本時
間の12日未明、調査のために訪れていたウズベキスタン
南部・テルメズの病院で死去した。94歳だった。葬儀の
日取りは未定。1922年、現在の韓国慶尚北道生まれ。
陸軍士官として中国東北部で終戦を迎え、5年間のシベリ
ア抑留を経験した。その際に身につけたロシア語を生かし、
国立民族学博物館の創設期メンバーとして活躍。旧ソ連の
一部だった中央アジアの民族学、歴史学などの紹介に努め
た。相愛大教授、創価大教授も歴任。65歳から考古学に
取り組み、シルクロード上にあるウズベキスタン南部で仏
教遺跡の発掘調査を進めてきた。
   (引用終わり)
 シベリア抑留もの語りは繰り返し話に聞き、本でも読み、
テレビの特集でも語られた。中には上の加藤名誉教授のよ
うに抑留されロシア語を学んだ人の話や日本共産党に入党
して政治家になった人の話も聞いた。
 しかしこの記事の加藤さんのような、現地、ロシアやウ
ズベキスタンなどの民俗学、考古学を研究できるほどロシ
ア語、またはその近傍の国の言葉をマスターした人の話は
なかった。
 シベリア抑留は厳寒地、食料不足、非人道的な過酷労働
などで抑留者の半分は死亡か重い病となった。だから日本
に生きて帰ることすら『奇跡』だったのだ。それが加藤さ 
んの場合は『学者になるほどロシア語と民俗学を自習』し
たのだ。なんとも頭が下がる。
 加藤さんにとってはシベリア抑留は逆境ではなく好機だっ
たのだ。いやいや、逆境だったがそれを好機に変えたのだ。
多くの日本人が食うや食わずで死んでいく中、ロシア語の
勉強に明け暮れた。
 今、家庭的にも恵まれ、才能もあり、教育も十分贅沢に
受けながら、大学、大学院に入り、結局それでもなおいま
だに『何をやったらいいのか』と右往左往する若者。加藤
名誉教授の爪の垢でも飲むがいい。
    (下)はるか東シベリア
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