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私は今でもノーベル賞が取れなくなった恐怖の夢を見る。
私は何か、殺人事件に関係していて逃げ回っている。幸い 警察にはほとんどばれないで順調に研究が進んでいる。 ところが何年もそのようにまんまと逃げまわっていたの (下)逃げ回って海外の某市の『逃亡先』?
についに警察が私を狙い始めた。これで捕まってしまった ら研究がそこでおしまい。永久にノーベル賞の夢は無くな る。そのときの絶望は筆舌に尽くしがたい。 ドストエフスキーの罪と罰、ラスコーリニコフの恐怖と あせりとまったく同じ。今まさにノーベル賞発表の季節。 この季節がやってくるたびに、私はときたま見るこのよう な恐怖の夢を見て、溜息をつき、罪と罰を読み返す。 私は自分の研究がノーベル賞級だなどとうぬぼれてはい ない。ノーベル賞をもらった当の科学者も『え?本当です か?』とわが耳を疑う。つまりノーベル賞を自分がもらえ るとうぬぼれている人などいない。昨日今年の医学生理学 賞にきまった大隅教授も、最初の反応はそのようなものだっ たと本人が言っている。 そのようなうぬぼれがなくともノーベル賞級の研究をし たいというのが悲願なのだ。その悲願が警察につかまって しまって永久に放棄させられてしまうのが恐怖なのだ。恐 怖と言ってもその辺の、世間によくある恐怖ではない。絶 望的恐怖。 1960年代と言えばいまや何と56年前ではないか。 当時全学連の学生運動の下っ端として砂川事件に巻き込ま れた。あのときつかまっていたら物理学者への夢は永久に 断たれたかもしれない。このような学生運動と物理学者へ の夢のせめぎあいが当時の私にはあったのだ。私の悪夢は このような体験から生まれるものだろう。 私はこのようなせめぎあいを同時に解決した。それは学 生運動のデモに参加しながら勉強をすることだった。つま り警視庁の前をデモして、警視庁前の道路に座り込んだと き、私は数学と物理の本を読んだのだ。砂川の米軍基地の ゲート前に座り込んだときにも勉強した。そのときそこで 座り込んだ600名の学生で座り込みをやりながら物理学 の勉強をしたのは私以外にいなかった。 それなら警察につかまっても拘置所の中で物理学の勉強 や研究がやれるではないか。なぜ私の夢は絶望的になって しまうのか?それははっきりしている。警察に逮捕された なら物理学者の社会から葬られるのだ。これが恐怖の中心 だった。 この悪夢にはラスコーリニコフの恋人、シベリアの流刑 地までついて行ってくれる恋人ソーニアは出て来ない。私 の悪夢から私を救ってくれるソーニアが夢に現れるのが待 ちどうしい。 -- |

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