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約1か月もかけて島崎藤村の『破戒』を読んだ。やはりこの小説はすごい。
若いころ読んだときにはほとんど何も考えなかったが、82歳になって世の
さまざまな不条理に嫌と言うほど遭遇した経験を積んだ今日、『破戒』は
まったく質の違った感動をもたらしてくれた。
私がもっとも偉大な作家と考える芥川龍之介が絶えず島崎藤村を意識
していたこは十分にうなづける。批評するのにも皮肉まじりに口ごもった
態度だったではないか。芥川龍之介は情景描写も抜群にうまいが、やはり
それは机上の創造であり、東京のエリートの夢の描写であった。
藤村の描写は片田舎の生活に根ざした人と自然が貧困につながる描写
で何の美辞麗句もない、そのままの情景である。しかのその情景は常に
人との関係で表現される。
『町々の軒は秋雨あがりの後の夕日に輝いて、人々が濡れた道路に群がって
いた。中には立ちとどまって丑松の通るところを眺めるもあり、何かひそひそ
立ち話をしているのもある。。。。。。』
さて破戒のテーマは今で言う
差別問題
である。いわゆる『え多』である。明治政府はこの『え多』を解消、すべて平民
と呼ぶことを決定した。しかしこの平民が曲者で『え多』からきた平民を区別、
差別して『新平民』と呼んだ。名前は変わっても差別は温存された。
師範学校出身の優秀な丑松は実はこの新平民だった。このことが知れる
と学校の教員もクビ、町にも居られない。丑松の父は臨終の枕もとでも、新
平民であることを決して言うな、隠し通せ、秘密を守れと教えた。
信州の山間、千曲川のほとり。自然は北アルプスまでみはらせて風光明媚。
しかし藤村はその自然をきらびやかには描かない。いつも陰鬱な
涙にくもる自然であった。丑松が父の教えを守って新平民を隠しとおす
のが如何に苦痛だったか。
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先生、お元気そうで何よりです。私の周囲にいる80代なんか、読書はおろかこういう真面目な話には乗ってこない人ばかりで、ほんとにつまんないです。70代、60代だってそう。(私は60代です)
若いころにこの本を読んで、感動したのだけど、その気持ちを共有できる人が周りに居なくて、寂しい思いをしたのを思い出しました。今はネットでこうして語り合える場があって、いい時代になったものだと思います。
先生は昔左翼だったそうですからご存知だと思いますが、橋のない川という小説がありますよね。私は古本屋さんで買い求めて、夢中で読みました。作者の住井さんが亡くなったときには、一度お会いしたかったなと残念でなりませんでした。
なつかしくなってつい書き込んでしまいました。今の、戦中戦後を知る世代の人がすっかりいなくなったら、この国はいったいどうなってしまうのだろうとホントに心配です。
2018/11/24(土) 午前 11:51 [ dashi ]
破戒です。
2018/11/24(土) 午後 9:32 [ has***** ]
正義は難しいですね。コペルニクス、ガリレイ。正義が必ずしも
正当な評価を得られるとは限らない。正義を残すためにやはり書物
でも書きますか。
2018/11/25(日) 午前 1:02 [ かものはし ]