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ボブ ディランがノーベル文学賞をもらって喜んでいる。
彼の代表作『風に吹かれて』を読んでみた。 壺齋散人による歌詞の日本語訳 どれほどの道を歩かねばならぬのか 男と呼ばれるために どれほど鳩は飛び続けねばならぬのか 砂の上で安らげるために どれほどの弾がうたれねばならぬのか 殺戮をやめさせるために その答えは 風に吹かれて 誰にもつかめない 何とも単純、明快であっけない。この詩のどこが世界に かんたる文学作品なのか。冒頭から意味が陳腐だ。『男と 呼ばれるため』だと?男と呼ばれるのにそんなに努力がい るのか?そもそも『男と呼ばれる』などという発想はやく ざかフーテンの寅のようだ。 私の大好きなロシア文学とつい比較してしまう。トルス トイの『アンナカレーニナ』やドストエフスキーの『罪と 罰』トルストイは女と男の宿命的な愛と憎しみを深くとり あげそれを死と結びつける。 一方『罪と罰』は 『一般には、正当化された殺人、貧困に喘ぐ民衆、有神論 と無神論の対決などの普遍的かつ哲学的なテーマを扱い、 現実と理想との乖離や論理の矛盾・崩壊などを描いた。』 (ウィキペディアより) 文学とは『風に吹かれて』あやふやになり消えて無くな るのではない。人生や思想を命をかけて追及するものだ。 したがって『風に吹かれて』は文学ではない。お金儲けと 世界支配に狂奔してきたアメリカに文学は育たない。 |

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