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明治の 初め 西洋式の 学問を 広げようと したのが 福沢諭吉でした
古い 社会の 不公正を 改め 文明で 国を 強めたいと 考え そのために
教育は 「数と理」 が 基本だと 考えたのです
学問は 諭吉に よれば 「物事の 道理を わきまえ 人たる者の 職分を
知ること」 で あり 同じ 視点から 富の力で 弱いものの 権利を
奪う 世の中の あり方を 批判しました
その 心構えを 故郷の 友に 示そうと 書いたのが みなさん ご存知の
あの有名な 「学問のすすめ」 です
それから130年余り経ち 今 諭吉を 生んだ 大分県は 大揺れです
教員採用で 県教委ぐるみの 汚職が 発覚したからです
上層部の 口利きにより 受権者の 点数に げたを 履かせ 点数を上げ
逆に 一般受験者の 点を 減らすと いう あっては ならぬことが
起きたのです
ある試験では 合格者の 半分ほどに 不正が あったと いいます
点まで 操作しては 「数と理」 どころでは ないでしょう
もし 諭吉が 生きていたなら 目を むき 激怒すると 思います
金品のやり取りもありました。。。 校長や 教頭の 昇格にも 疑惑が
でています
「先生」 の 世界が 上から 下まで 汚れていては 子どもは 何を
信じて 学校に 行けば いいのでしょうか。。。
フランス人の 詩人アラゴンには < 教えることは 希望を語ること/
学ぶとは 誠実さを 胸に刻むこと > という 詩句があります
かつて 教育を 学ぶ 学生たちに 広まりました
汚職に 関わった人たちが 若かった 時代の ことです
この人たちにも 教室で 希望を 語った日が あったと 思います
いつの間にか 忘れて しまうから 「初心」 なのです
どこかで 誠実さを 刻み 直せれば よかったのでしょうね
今の時代 その誠実さが 刻むこと も育てることも 出来ない 社会だとは
思いたくないです 残念!!
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こんばんは!内緒さん☆ ご訪問・コメントありがとうございます♪
一部の心無い教育現場の関係者の都合で 合否で人生を狂わせられた人・慣れ親しんだ
教師たちの資格の取消・翻弄される子ども達のことを考えると心が痛みますね。。。
大分だけではなく教育部門だけではなく日本中に蔓延している難病と言ったところでしょうか。。。
心が貧しい行為ですし見本になる大人がこれじゃ育つ子どもが事件を起こしても
不思議ではないという極論にまで発展するかも。。。せめてこの事件で不愉快だと思った
私たちだけでも 諭吉の思い、フランスのアラゴンの言葉をもう一度、考えてみましょうよ〜☆
d(*⌒▽⌒*)b ニコニコッ
2008/7/11(金) 午後 7:53
日本の国は、一体どうなってしまったのか?
食料の不正、教師の不正、どこか狂ってしまっていませんか?もう一度原点にもどって見つめる必要
があります。
2008/7/11(金) 午後 8:41 [ ittakaoka ]
おはようございます!ittakaokaさん☆ ご訪問・コメントありがとうございます♪
公務員試験、教員採用試験の人たちは 上級の試験制度の中から選ばれています。。
ここに問題点があるような気がします。。。(学歴など)
頭がいいということの意味、受験資格の基準の曖昧さ、全て国民の代表が作り上げたもので
内部告発がなければこのような事件は発覚しなかっただろうし他の都道府県でも
ありうることです。。。なぜならこれも長期に渡る社会背景があったからです。。。
現役の国家公務員・地方公務員などの人格検査で適切な人を選び出し原石のこども達を
輝かせて育てる大人を増やしてほしいです。今の子どもを持つ親は形が違えど同じ発想が出来る
時代の教師に育てられ 自己中そのものの親に育てられ子どもの悲鳴も聞こえず
その子どもは声を出すことさえ分からなくなってきて人の話を聞かなくなる・・・
教育の現場ではなく教育者を育てることから始めないと・・・親になる人も親になれないと
思うのです。。。この事件は豊かな社会が生み出した「汚点」です〜☆
d(*⌒▽⌒*)b ニコニコッ
2008/7/12(土) 午前 8:19