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バンヤは規則正しく打ち寄せる波が運ぶ潮の香りと、波がぶつかり合い弾け飛ぶ音を聞きながら、浜辺に腰を下ろし時を過ごした。バンヤは自分の脳裏に浮かび上がる多くの思いを無視し、無心でいることに努めていた。
頭上に輝いていた太陽はいつの間にか姿を消し、辺りは闇に包まれ、波の音は消え去っていた。乾き始めた潮の鼻を突く臭いが断続的に吹き抜ける風によってバンヤの元に運ばれていた。 バンヤはいつの間にか自分の元に現れたピノという少年のことを考えていた。彼が自分と同様に強くなりたいという願いを持っていることは、彼が口にするまでもなくバンヤには伝わっていた。初めは自分を鏡写しに見詰めているような不快感を覚えたが、何の迷いもなくと言うよりは、迷い倦ねた末にも尚、強くあることを求めるその姿勢には自分もそうありたいと思わせる部分も存在していた。 「君は強いね」 ピノに対しバンヤが言った言葉の半分は、現実という事実を知らない幼さに対する皮肉と、純粋にバンヤが感じた思いが含まれていた。 そんな風に同じ思いを心の底に秘めているためか、バンヤにはピノの心の変化を敏感に捉えることが出来た。ピノは毎日のようにサカキを探し歩いているが、実際彼の心の中ではサカキという得体の知れない男に対する恐怖が大きく膨らみ、今ではサカキと出会うことが出来ぬまま時が過ぎていくのを望んでいることをバンヤは自然に感じ取ることが出来た。そしてバンヤはピノがサカキを探す手伝いをする振りだけをし続けていた。自分はピノのために偽りを演じ続けていると言う思いは、少しずつ崩れていった。 「彼が進むことによって自分が一人取り残されてしまうのを恐れているのではないか?」 バンヤは現にサカキの消息を知る為のもっと確実な方法を知っていた。それでも無駄骨と分かっていながらピノを導こうとしない理由は、バンヤ自身もサカキに対して恐れを抱いているという事実も絡んでいた。バンヤはサカキが自分の憧れとする強い人間であることを認め、同時にその強さに対して恐れを抱いていたのである。 バンヤはそんな風に自分を脅かすサカキから逃れるためにブルーポートタウンに移り住んだ。自分は苦しむ人を救うためにこの町に来たのだと自分に言い聞かせ、更には町の人々もそんな風にバンヤを褒め称えた。バンヤは直ぐに自分が優れた人間であると思い込み、神にでもなったような心地でいた。そして現実という壁に突き当たると、大きな失望を抱えるが、それらを自ら消し去り、また同じことを繰り返してきた。 「今度もまた同じだ」 バンヤは自嘲するかのように呟いた。 「そうだ、結局お前はいつでもそうだ。いつもと変わらない。お前が変わらないように」 バンヤ自身の声は、いつの間にかマツオの声に変わっていた。 「そんなことはないよ」 バンヤは姿の見えぬマツオの影に縋り付くように叫んだ。バンヤの声は闇の中に吸い込まれ、乾いた風に変わった。バンヤの脳裏には自分が救うことの出来なかった人々の死に顔と、死を悲しみ嘆く人々の顔が次々と浮かび上がり消えていった。 「ヤシマという男が抱えていた苦しみはいったいどんなものであったのか?」 バンヤの脳裏に考えまいとしていた事柄が鮮明に浮かび上がった。 「自ら命を絶つほどの苦しみ。結局自分は彼を救うことは出来なかった」 ヤシマの死しても尚、苦しみから逃れることの出来ない悲壮に満ちた死に顔を思い起こし、枕元に置かれた短い遺書の内容を思い出した。 「自分を欺き続けることがこんなにも辛く苦しいことだとは知らなかった。もう一度赤く輝く太陽の光を浴びたいと言う願いは、自ら命を絶ちきるほかに捨てきることが出来そうにない。 愛する者へ 強き人であれ 」 バンヤはヤシマの最期の言葉を何度も胸の中で繰り返し、ゆっくりと立ち上がった。 |
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