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ピノはバンヤの帰りを待っていた。そのゆっくりとした時の流れはピノに充実した満足感を与えてくれた。実際ピノの抱える問題は一つも変わることなく存在していたが、ピノには自分の思い一つでその全てを変えられるような自信が不安を押し潰していた。父のことも、この世界のことも、ルナのことも、自分のこれからのことも。ピノの表情は自然と華やかな色に変わっていた。
そんなピノとは対照的な表情を浮かべ、バンヤが戻ってきたのは夜も深まった頃だった。ピノは疲れているであろうバンヤに暖かなお茶を出し、向かい合い腰を下ろした。バンヤはピノの出したお茶を一口飲むと、帰ってから初めての言葉を口にした。 「ありがとう」 ピノはそのいつもとは違うバンヤの表情と態度に、どうしたのかと尋ねかけた言葉が喉の奥に引っ掛かり、言葉にすることが出来なくなってしまった。喉の奥に絡み付いた思いを無理矢理噛み殺し、バンヤが次の言葉を口にするのを待った。二人の間には途方もなく長く思えてしまう重苦しい沈黙が入り込み、ゆっくりとした時を刻んだ。 「ヤシマさんが・・・・。死・・・・」 最初に二人の間に漂う沈黙を打ち砕いたのはバンヤだった。しかし、彼の言葉は何処かに吸い込まれていってしまうように消え、新たな沈黙を生んだ。 「ヤシマ・・・・。死・・・・」 ピノは耳に届いた言葉の断片を自分に聞かせるように呟いた。急激に喉が渇き、ピノの声は擦れてしまっていた。それでもその言葉の持つ意味は一つであり、ピノは早さを増した鼓動とは対照的に、ゆっくりとパズルをつなぎ合わせていくように、頭の中で複雑に砕け落ちた思考を繋ぎ合わせた。 バンヤはピノに対してではなく、自分に対し頷き、時間と共に熱を失ったお茶を一気に喉に流し込み、息を吐いた。 バンヤが意を決して言葉を口にしようと、口を開くと同時に、ピノはバンヤの言葉を遮った。 「待ってください」 ピノはそう言うと、バンヤと同じように緩くなったお茶を一息で飲み干した。 「お願いします」 お茶が喉を通り抜ける前にそう言うと、バンヤの言葉に耳を傾けた。バンヤは今度はピノに対し頷くと、話を始めた。 「人は生まれ必ず死ぬ。産まれると言うことが運命という偶然に左右されるとするならば、死ぬと言うことは運命に定められた必然と言うことになる。医者になるときに僕はその事実を受け入れたはずだった。僕の中に大きなエゴが存在するとすればそれは人々を救いたいと願い、心の片隅に置いてある死という事実に対して背を向けることだ。けれど僕がそのことに背を向けようとそれは一つの完全な事実として僕の横を通り抜け、僕の目の前に現れる。そして僕はいつの間にか慣れてしまっていたんだ。けれど、あの少女のお陰で僕はもう一度背を向けず、目を反らさずに見つめ直すことが出来たんだ。死という真実と自分を・・・・」 |
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