|
僕が往診の為に彼の元に着いたときには、彼はもう自らの命を絶ってしまった後だった。僕はルナと共に部屋に入り、何の変化にも気付くことなく診察を始めようとしたんだ。僕には眠っている彼の背中と、死んでいる彼の姿を見分けることが出来なかったんだ。急にルナが震えた声でおじいちゃんと問い掛けたんだ。勿論返事はない。情けないことに僕はその時点でもまだ彼の異変に気付くことなくあほ面を晒していたんだ。僕は彼の腕を取り、脈を探したんだ。あれ、おかしいな?そう思い、更に慎重に脈を探し、口に手を当て、胸に耳を押し当てたんだ。そこでやっとだよ、僕は医者でありながら漸く彼の死を知ったんだ。それから僕はやっと医者らしく、彼の死因を調べ始めたんだ。調べるまでもなく彼の枕元に置かれた空の睡眠薬と遺書と思われる封筒が置かれていて、僕は全てを察することが出来たんだ。後ろを振り返ればきっと涙を流すか、現実を把握することが出来ず呆然と立ち尽くすルナの姿があると思っていたんだ。今更自分には何も出来ないが、僕は彼女に慰めでしかないような言葉を掛けるために振り返ったんだ。
ルナの瞳からは確かに大粒の涙が流れ落ちていた。しかし、彼女の表情は穏やかで、笑顔を浮かべているようにも思えたんだ。僕は用意しておいた言葉を飲み込み、彼女に掛けるべき言葉を探したんだ。けれど、僕の中にはそんな言葉は存在していなかった。そんな僕に向かってルナはこう言ったんだ。 「おじいちゃんは今までずっと苦しんできたの。私にそのことを必死に隠すように、毎日笑顔を作っていたの。けど、おじいちゃん、不図したときに物凄く寂しそうで、悲しそうで、苦しげな顔になるの。私にとってそんなおじいちゃんを見ることは辛いことだった。それ以上に何の力にもなれない自分が情けなかった。おじいちゃんはずっと一人で戦い続けたの。もしかしたらおじいちゃんの人生で今が一番幸せな時なのかもしれない。全ての嘆きの種から逃れることが出来た今が・・・・」 僕には彼女の言葉の意味が分からなかった。僕にとって死は恐ろしく、そして人にとって最大で最期の悲しみであると言う思いは、彼女の言葉を簡単には受け入れることを許さなかった。 僕は彼の枕元に置かれた封筒をルナに手渡し、それを声に出し読み始めた彼女の瞳の奥に輝く涙を見詰め続けたんだ。 「自分を欺き続けることがこんなにも辛く苦しいことだとは知らなかった。もう一度赤く輝く太陽の光を浴びたいと言う願いは、自ら命を絶ちきるほかに捨てきることが出来そうにない。 愛する者へ 強き人であれ」 僕は本当に愚かな人間であると感じたよ。漸く彼女の例えようのない大きく深い悲しみを知ったんだ。 僕の中で彼女の声が繰り返された。 「愛する者へ 強き人であれ」 僕はその言葉を必死に自分に言い聞かせたんだ。 「強き人であれ」 確かに僕の中に何かが生まれ、そして僕は歩き出したんだ。 |
全体表示
[ リスト ]






